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間違いで召喚された一般人女子高生はそれでも必死に生き続ける  作者: 三木 べじ子


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第43話:先発隊②

 倒せと指示されたのは、偶然近くにいた狼の魔物であった。数は五体。木に背を預け、目線を反らすテディー。額に手を置くアーロ。面白そうな目で見てくるヴィンレー。下卑た表情の男たち。誰も討伐達成など期待していないことは分かっていた。

 純はそんな中、一人懐かしさを感じていた。“嘆きの森”に投げ出され、最も命のやり取りをしたのが彼ら狼の魔物であった。


(死と隣り合わせだったのに…。死にかけたこと、一回どころじゃないのに、今じゃ彼らを見て懐かしく思うなんて、私、ちょっと可笑しいのかな)


「怖かったら逃げ出しても良いんだぜ~!」


 冷やかしの声を聞き流し、純は獲物へ向かって歩き出す。足踏みをしていた彼らは、純の明確な敵意に反応して振り向くと唸り牙を見せる。昼の明るさの中ですら、彼らの黒さも大きさも獰猛さも全て、恐怖の対象だ。夜の暗闇の中であればそれはより一層強まる。久しぶりの戦い。武者震いなんかしない、いつだって怖くて堪らない。震えて、明日を生きられるか分からない不安に逃げ出したくなる。しかし今日は、強く拳を握り締めて、その足取りにも迷いはない。懐かしいという気持ちが自分の中で大きいからか、数がそこまで多くないからか。それとも、女だからと蔑ろにされたことに腹を立てていたからか。


(よく分かんないや)


 迫りくる獣たちに、余計なことを考えるのは無粋だと思考を止めた。




 男たちは、思う感情は違えど考えることは同じだった。狼型の魔物はウサギほど俊敏ではないが、持ち前の体力と鋭い牙、そして何より仲間と連携する賢さがあり、一匹ならまだしも数匹から囲まれれば、普通であれば命を諦めるような相手だった。抵抗したところで無駄骨ならば、死を受け入れるべきだと考えるもの。

 女は少女だった。まだ十五にも満たないように見える若い娘。どれだけ肝が太くても、どれだけ復讐に燃えていても、本能には抗えない。禍々しい魔物を前に、当然泣き出すだろう。怖さに逃げて、助けてと縋りついてくるだろう。誰もがそう考えていた。


「な、んだよ、これ…」


 呆然と一人が呟くが、続く言葉は誰からも出てこない。目の前の光景はそれだけ衝撃的な物であった。

 柔らかい肉を求めて魔物は少女に鋭い牙を剥いた。少女はギリギリのところで躱すと、右から来ていた魔物の腹目掛けて蹴りを入れた。吹き飛ばされた魔物の奥から、もう一体飛びかかってくるが、体をひねり上手く躱す。しかし左から腕に噛みついてきた魔物。深く刺さり、痛みに顔を歪めたと思えば、腕を押し込んで口を外させて横面に拳を叩きこむ。だが十分な損傷だということは、腕から垂れる大量の赤い血で理解できた。血の匂いでより興奮した狼たちは再び少女へ襲い掛かる。

 躱して、噛まれて、殴って、蹴って、爪が肌を抉る。それの繰り返しだった。時折、離れた場所にいる彼らの元まで血の匂いが漂う。肉が抉れ、骨が折れる音が聞こえる。思わず鼻や目や耳を塞ぎたくなる光景。


「……普通人間は、力を出そうとした時、無意識に制御する。それは、体がそれ以上は危ないと危険信号を出しているからだ。しかし彼女は、その制限が、かかっていない…。あんな戦い方をするなんて、あんな…無茶苦茶だ…。まだ十代の少女がしていいものじゃないぞ…」


 だが何よりも、男たちに恐怖を抱かせたのは、狼でも何でもない。目の前で戦っている少女が、うっすらと笑っていることだった。

 しばらくの後、立っていたのは血まみれの少女だった。地に落ちた魔物たちは、やがてその姿を魔石へと変える。呆然と遠くを見ていた少女の顔は無表情。アーロが声をかけた次の瞬間、人形の糸が切れるように意識を失ったのだった。


 かくして純の同行は許された。しかしテディーとアーロ以外の、とくにヴィンレーを筆頭とした男たちは純を守るどころか、未だに手を出そうとしてくる始末である。彼女を男たちの魔の手から守ってくれるのは、テディーであった。


「ソイツが男娼だったからって気ぃ許さねぇ方がいいぞー」


 薪を集める純の近くで、ヴィンレーは近くの岩に座って言った。丁度良いサイズの石を手にとっては遠くに投げる。どこからか「石投げた奴誰だ!!!」と叫び声が聞こえ、腹を抱えて笑う男に純は白けた目を向けた。


「本人が近くにいるって言うのに、随分な物言いだねー。ボクに何か怨みでもあるのかな?」

「おぉおぉ。挑発されたってのにお預け食らったのは十分な理由だろうが。何ならその怨み、晴らさせてくれんのかよ?」

「血まみれの手で触れられたくないからお断りかな」

「はっ!つまんねーの」

「男娼?…って、何ですか?」

「男の下の相手をする男のことだ」


「下…?…?」と呟く純。あまり良い意味ではないことは分かるのだが、明確に想像ができずに首を傾げる。「想像しなくていいよ、というか聞かなくて良いよ」とテディー。


「はっ!んなこともしらないとか、箱入り娘アピールかよ!」

「そんなことは教えないだろ。平民は親から、貴族であれば家庭教師から教えられるんだから。というか、知ってたら逆に心配になっちゃうよ」

「なんでだよ、女も使うんだからやり方教えときゃ良いじゃねぇか。よし、優しい優しいオレが、しっかり教えてやるから安心しな!良いか。男娼ってのはな、男の性欲を解消する仕事のことだ。そんで男同士でセックスするときはな、ケツにこれを」

「ふんっ!」

「だぁ!!」


 後半、純の耳をテディーが塞いだかと思えば、いつの間にか現れていたアーロがヴィンレーの後頭部を思いっきり殴りつけた。騒がしさに他の隊員もやってきている。


「あにすんだよ!」

「こっちのセリフだ!石をぶつけるだけでは飽き足らず、真っ昼間からなんて話をしている!」


 ア―ロの顔を見れば、一筋の血が流れていた。


「んでだよ!知ってたって損はねぇじゃねぇか!それこそ、ここにいたらよ、使う機会なんてザラにあるだろうからなぁ!」


 笑うヴィンレーと男たち。しかしテディーの顔を見た彼らは、自身の顔を引き攣らせた。拠点まで戻ることになった時、アーロから殴られた後頭部を撫でながら、ヴィンレーは「でもよ」と続ける。


「元男娼ってだけじゃねぇ。アイツは、とある貴人様の、あろうことか正妻に手を出した。ばれて男にとって大事なもん取られて、その後の人生は罪滅ぼしとして生涯男の相手を命じられて。でもそれだけで、ここに来るとは思えねぇ。オレが聞いた話じゃ、その前は年若い女たちの花を売ってたって噂だ。ちょうど、テメェくらいの年のな。なぁ、実際の所どうなんだよ」

「…さぁ。火のない所に煙は立たぬって言うし、事実なんじゃないの?ほらジョン、行こ」

「はっ!反応ねぇ奴はホントつまんねぇなぁ。おい。じゃぁよ、これはどうだ?花売ってた女たちの中に、テディー、テメェの妹もいたってよ」

「…………」

「はっ!はははははは!アタリかよ!そうならテメェは、家族を食いもんにしてた底辺野郎ってことじゃねぇか!良いねぇ、そういう奴ぁオレ、大、好きだぜ」

「キミだって13人も殺した殺人鬼の癖に」

「その通りだ!」


 少し強めに純の腕を取り、先を歩くテディー。


「オレらは皆、国が持て余す犯罪者集団に過ぎない!そうだ、あのお綺麗なこと並べ立てる隊長さんもだ!全員どうしようもないど底辺のゴミクズだ。どうやったって、罪って奴からは逃げられねぇんだよ。その証拠に、オレらはここにいる。戦争の全線、第一発見人、あれこれ言われるがよ、要するにオレらは、木っ端になろうが捻じれて瞑れようがどうなっても良い使い捨ての鉄砲玉だ。処刑台の代わりが戦場なんて、流石貴人様方だ。随分と洒落が効いてやがる。鉄砲の先発隊。発射されちゃ戻れねぇ。生き延びれば救済を、なんて、んなこと微塵も叶える気なんざ無ぇくせによ。はっ!貴人どもなんざ、糞くらえだぜ」


 先発隊が国を出る時から、純は何となく気づいていた。第一、第二部隊との明確な差は、物資や武器で見て取れたし、他の隊からの蔑む目線も、第三部隊の異様な雰囲気も、全て合わさって納得した。まさか隊長までもとは思わなかったので驚いたが。

 皆から少し離れた場所で寝る準備をする純の隣に、布団を持ってやってくるテディー。今日の話を聞いたからというわけではない。ずっと、守ってくれていたとしても、純は誰に対しても警戒を緩めなかった。テディーは「当然のことだよ。逆にちゃんと出来てるの、とっても偉いね」と笑い、気にせず横で寝ていた。しかし今日は、直ぐに寝る準備をせず、腕に抱える寝具を抱きしめて顔を伏せていた。


「…別に隠そうってしてたわけじゃなんだ。聞かれなかったから…って、それはもう隠してるようなものか。ごめんね。ヴィンレーがした話は、本当なんだ。君からしたら、気持ちが悪い話だよね。許せないなって、感じると思う。ボクのこと、最低だって、近づきたくないって、思うよね」

「…………」

「でもね、ヴィンレーが言っていた通り、ボクは男性器がないんだ。だから君を襲う心配をしなくて良い。だから…どうか、ボクを側において。君を守るから」

「……貴方が、例え私を襲えないんだとしても、他の方と結託する可能性は?」

「ない…とは、完全に言えないね。もし心配なら、アーロに魔法をかけてもらおう」

「魔法を…?」

「魔法の契約でね、犯罪奴隷に身を落としたら契約者の命令を聞かなきゃいけない。裏切ることも、ボクらはできないようになってる。でも命令は簡単じゃなくて、より詳細に、より明確に、言葉にしなければいけないんだ。しかも魔法だから魔力を消費する、つまり日に沢山は使えないわけ。穴が多くて大変だよねー」


 ぺち、と自分の尻を叩くテディー。


「でも、君の不安を一つでも減らせるなら、必要なことだと思う。消費するのはアーロの魔力なわけだし!アーロもきっと、許してくれるだろうし」

「……大丈夫です。信用を、したわけじゃ、ない。でも貴方は、やろうと思えばいつだってできたはず。それを今までしなかった。魔法のことも、教えてくれた。なので、一先ず、大丈夫です」


 呆けていたテディーは、一拍あって笑う。


「その一先ずの間にもしもが起きたら、どうするのさ。あーもう。若さ故の甘すぎる考え…だけど、ありがとう。君の信用を得られるために、今後もボク、頑張るね!」


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