第42話:先発隊
先発隊は出発した後、予め分けられていた3つの隊ごとに分かれた。
純の所属は第3部隊。進んだ先は、懐かしくも嫌な思い出がたくさんある、”嘆きの森”の中である。
「おい坊主!前に出過ぎんな!」
「っ…!」
怒声が飛んですぐ、純は襟を掴まれて後ろに飛ばされた。衝撃による痛みに顔が歪むが、何とか声が出ないように歯を食いしばる。
森に入って三日。第3部隊は影に潜む生き物から狙われた。甲高い鳴き声を上げるのは、ウサギ型の魔物だ。小柄だが知能が高い彼らは、俊敏な動きと手の内に隠す石器の組み合わせで相手を屠る。相対するときに気を付けなければならないことは、彼らに背中を取られないこと。仲間同士で背中を守ることが大切なのだが、連携を嫌った者が一人、無謀にも飛び出した。次の瞬間には項に赤い線が入り、そこから血が噴き出す。
「無闇に飛び出すな!背後を取られないように注意しろ!」
「はっ!ウサギ畜生なんかに固まってんなよ!」
「注意された途端にこれだよ。死んでも知らないよー」
隊長の指示に見向きもしない男は、ウサギに背後を取られて死ぬこともなく、次々と俊敏な敵を殴り蹴り、そしてちぎり飛ばしていく。上がる歓声、手を挙げ答える男、それを笑う青年、ため息をつく隊長。口布を鼻まで上げた純は、緊張の息を吐いた。
無事に魔物の討伐を終えた一行は、夕食に取り掛かる。出発の際に積まれたハードタックやジャーキー。それらを味の薄いスープで流し込むように食べていく。日に食事は二回。毎日同じ食事でも、あるだけマシであると純は思う。しかし不服に思う者もおり、先程魔物討伐に一役買っていた男は筆頭であった。
「しけてんなー!こんなメシで隣国までの一か月をどう乗り切ろって言うんだよ~」
「ヴィンレー。つべこべ言わずに食え」
「アンタだっていやだろ?こんな硬くてマズイメシなんかよ。正直になろうぜ?」
「…………」
「はっ!ガン無視かよ」
立ち上がる男——ヴィンレーは気だるげにどこかへと足を向ける。
「待て。どこへ行く。隊を崩すことはするな」
「小便だよ小便。わざわざ言わせんな」
もう一人、青年が立ち上がる。「テディ」と咎められた彼は、妖艶に微笑む。
「ジャーキーの塩辛さがたまったもんじゃないからさ、野苺でも取ってくるね」
静止の声に耳を傾けず、テディは軽やかにヴィンレーとは逆の方へ歩いていく。隊長である男——アーロは深くため息を吐くと、隅でスープを啜っていた者の名を呼んだ。
「ジョン。話がある。こっちへこい」
バッカスが用意した純の名前であった。返事をすることなく、アーロの背を追う。隊の皆の声が僅かにしか聞こえないほど進むアーロ。一体何をするつもりなのか、と純も警戒を解くことはない。
(…光が、ほとんど届かなくなってきた)
ちらと横を見ても、木々の隙間は黒く塗りつぶされている。いつどこから、あの獰猛な魔物に襲われても可笑しくない。周囲に気を取られていた純は、目の前の男の動きから意識が逸れていた。近くの木に体を押さえつけられ、身動きができないようにされる。あっという間だった。
(力が、強い…!抜け出せない…!)
「無駄な抵抗はやめろ。私の質問に簡潔に答えろ。なぜ、ここにいる」
「っ、先発隊に入れば、お金がもらえるって、」
「言葉不足だったな。なぜ、年齢だけではなく性別までもを偽り、ここにいる」
「!」
「答えろ」
(ばれてた)
いつから、どこで。純の見た目は傍から見れば青年に見えるように、髪を短く切り落とし、体の凹凸が出ないように大きめの服を着て、常に背を丸めていた。高い声で気づかれないよう、極力話さないように努めた。この三日間、誰にもばれていないと思っていたのにと、純は歯を食いしばる。
答えない純に痺れを切らしたアーロは、後ろ手に回した純の腕に力を込める。
「っ、わた、しは、ロッケンベノークに恨みがある!ここに無理やり連れて来たアイツらに、復習してやりたいって、その一心で、ただ、そのために、ここまで来た!」
「”嘆きの森”に入ることは死と同意だ。まだ若い君がなぜ、」
「死んだっていい。家族も友だちもいないこの世界で、生きてる方が死ぬことよりもずっと苦しい」
「……一体、なにがあった」
弱まった拘束に息を吐く。正面から見た隊長は、真面目な男に見えた。
今までの事の経緯を簡単に話した純に、アーロは何も言わず、手を口に持って行って唸る。彼が何か言葉を口にするより早く、近くの茂みが鳴り、体を揺らしながら男が現れた。
「聞ーちゃったー聞ーちゃったー。え、何、オマエ女だったんだ。やっば。気づかんかったわーくそー」
「ヴィンレー…。よりにもよって、聞いていた奴が碌でなしか」
にやけ顔で「ロクでなしとかひどー。ま、事実だけど」と笑うヴィンレーに、アーロは鋭い目を向ける。音もなく純の隣にいたのは、テディーだった。
「碌で無しじゃないけど、ボクも聞いちゃった。ごめんね。でもボクは気づいてたよ。君が女の子だってこと。だって骨格からして全くの別物だもの」
「テディ―まで。いや、2人ならまだ良い。まだ何とかできる。良いか、貴様ら。彼女は貴様らとは違い、ただの不幸な一般人だ。元の、安全な場所へ送り返す。今ならまだ、何とか間に合う」
「いや、もう間に合わんだろ。おら、見て見ろよ」
指し示す先にいるのは、他の隊員たちだ。
「大方戻ってこないのに痺れ切らしたって感じだろうな」
「おい、ヴィンレー。余計なことは何も言うなよ」
「余計なことがよく分かんねぇから、その命令は聞けねぇなぁ!おいお前ら!コイツ、女らしいぞ!」
ざわつく彼らが純を見る。一斉に向けられる、気持ちの悪い視線。下から上まで舐めるように見ては、純を物としか見ない目。思わず純は後退った。「女だ…」「女だ…!」「こんなところで女がいるなんて、おれらはついてる!」興奮し鼻息荒く近づいてくる彼らをどう対処しようか、唾を飲む純の前に、テディーが進み出る。
「女の子一人に寄ってたかるなんて。サイテー」
「邪魔すんな、テディー。いくらテメェの顔が綺麗だからって、なんでも許されると思ってちゃ痛い目見るぜ」
テディーよりもヴィンレーの方が明らかに高長身であり、筋肉も見て分かる通り、力の差は歴然だった。手をボキボキと鳴らして威圧してくるヴィンレーと男たち。
「ふふ。みーんな必死な顔で、目を血走らせてさ。そんなに溜まってるなら、ボクが相手しようか?」
ゆっくりと持ち上げた手で、テディ―はツ…とヴィンレーのシャツに触れる。そのまま滑らせた指は、彼の男らしい首をなぞった。身を寄せたテディーの艶やかさに皆見惚れ、ヴィンレーは「…いいねぇ」とテディーの腰を抱え、肩を掴んでそのまま地面に押し倒す。周囲の男たちも次々と彼に群がる様は、電灯に吸い寄せられる虫のようだ。一人、テディーではなく純の方へ向かってくる男がいた。
「女…女…女ぁ!」
「っ!」
飛びかかってくる男から何とか逃げようと覚悟を決めた時、呻き声が聞こえる。どうしたのかとそちらを見れば、テディーを押し倒していたヴィンレーが腹を抑えて蹲っているではないか。周りの者たちも呆気に取られている隙に、彼らよりも細身の青年から次々となぎ倒されていく。手に着いた埃を払い、テディ―は綺麗な顔を歪ませて、まるで汚物を見るかのような目を彼らに向ける。
「汚い手でボクに触れるんじゃないよ。観劇、美術、そういった美しい物に囲まれ、見て、触れるには、相当の金を払うのが礼儀ってものでしょ?」
「その通りだな」
「ぐっ…あ、が…」
純を襲おうとしていた男もアローが首を絞めて動きを止めていた。ドサッと大きな音を出して倒れた男に純は思わず「死んだ?」と呟く。
「死んでない。気絶しただけだ。さぁ、君は早く森から出るべきだ。私が道案内を、」
「はっ!こんな夜も静まった時間に移動するのか?そりゃ悪手って奴だろ。三日も進んじまってるんじゃ、簡単に戻ることもできねぇ。それによぉ、ソイツはわざわざ復讐のために、無謀にもこんなとこまでやってくる奴なんだろ?撒かれて勝手に隣国にでも行きかねねえよな。ま、ソイツがどこで野垂れ死のうがオレには関係のない話だけどよ」
「……確かに。いや、しかし…………。……分かった。一先ず連れて行く。国境近くに物資の受け渡しがされる中継地点があるから、君はそこで受け渡し人たちと共に国へ帰れ。良いな。それまでは、私たちが君を守る」
「おい隊長さんよ。まさかその中にオレらも含まれてんのかよ?悪いがオレはごめんだぜ。何の役にも立たないガキのお守りなんか、冗談じゃねぇ」
「ボクは構わないよー。可愛い子、大好き」
ひらりと純の側に立つテディ―。一方で、男たちはヴィンレーの方に立つ。アーロが咎めるため名を呼ぶが、彼らは聞く耳を持たない。
「それとも何か、何か役に立ってくれんのか?あぁ、そういやテメェは女だったな!丁度良いじゃねぇか、体でも使って、オレらのこと癒してくれよ!オレらは守って、疲れたところをテメェが癒す。お互いwinwinの関係ってわけだ!…そうやってテディーや隊長さんに守って貰うってんなら、別に良いんじゃねぇの?ま、オレらはテメェが魔物に食われそうになっていようと、崖から落ちかけてようと、一切手は出さねぇよ。文字通りな。おら、選べよ。片っぽだけがなんでもかんでも全部手に入れられる、なんてクソみたいな都合の良い契約なんざ、この世に存在しねぇんだからよ」
賛同の声が上がる。「癒してくれよぉ!」「できないなら死ね!」汚い笑い声と共に浴びせられる言葉。隣で小さく「サイッテー」と呟く声が聞こえた。
「貴様ら!私の命令を聞かなければどうなるか、分かっているだろうな!」
「はっ!分かってるに決まってんだろうが。だが結局の結末なんざ大して変わんねぇだろ?だったら好き勝手やらなきゃもったいねぇじゃねぇか!なぁ!テメェら!!」
「分かりました。やります」
「なっ!おい君!きちんと意味が分かっているのか?!」
「おいおいおいおい嬢ちゃん!なんだ、ただの死にたがりのクソガキと思ってたけどよ、案外肝っ玉太いじゃねぇの!嫌いじゃねぇぜ、そういう女はよ!んじゃ、早速味見を…」
「魔物討伐、やります」
いそいそとズボンに手をかけていたヴィンレーは「…は?」と目を見開く。他の者も同様だった。
「ちょっと、ボクが言うのもなんだけど、自暴自棄は駄目だよ」
「足手まといじゃなければ良いんですよね。なら守っていただかなくて結構です。自分の身は、自分で守ります」
「それを自殺行為だと…。だぁ、くそ!」
アーロが進み出るよりも早く、呆けていたヴィンレーはにやりと笑って立ち上がり、純の前まで進みでる。面白がるような、挑むような目。
「いいぜ、やってみろよ。当然、オレらの手は借りねぇんだろ?」




