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第9話-9・〜結び目理論

 ぽたりぽたりと手の中から雫が垂れ、腕を伝い袖を濡らした。

 氷の姿は溶けて無くなりそうになっていたにも関わらず私は椅子に座りながらそれを握り締め、もう片方の手で額を押さえ考え込んでいた。

「馬鹿だな、私」

 いつも同じ事の繰り返し。なのに学べきれないで同じような事を考えている。皆同じような状況なのに何か私だけ踏み出せないでいる。まだまだ経験不足、私は世間知らずのどっかのお嬢様って訳よね。

 私は開いていた何冊かの本を閉じ、目を瞑った。

 頭の中ではぐるぐるぐるぐる、色んな事が私の中を網羅する。

 アリシアの事、エドイスお兄さんの事、レイラの事、ジャイロの事。そして何よりも気になっていたのがサブリナの事。

「おい」

 私は声を聞いて一瞬目を閉じたが重い頭をあげた。 そこには紺色の髪に黄色い瞳、真っ黒な眼帯。ジャイロはマグカップにスープを飲みきれないくらい満たんに入れ、私の肘の横に乱暴に置く。

「ちょっと、零れたじゃない。てかあの……何?」

「いいから飲めって」

 私は珍しく優しいジャイロに怪訝そうな顔をして熱いマグカップを手に取った。

 そういえば一日くらい何も食べてないんだった。

 余りにも沢山の出来事があって、心も体も疲れる暇が無いくらい切羽詰まってたからな。

「さっ……さっきは悪かったな」

 私は熱いスープを啜りながらジャイロの言葉に耳を傾け、ちらりと目をやった。

 ジャイロは赤くなり、目を逸らしている。天の邪鬼な彼なりの精一杯の持て成しなんだろう。おかげで気付かぬ間に冷えきった体が内側から温かくなる。

「いいの、私が悪いの。何も分かってなかった」

「別にっ……あの」

 私は首を傾げて、何?と尋ねる。

「いっいいから冷やせよ! さっさと寝やがれ!」

 急に頬に冷たさを覚えて私は目を瞑った。

 そっと目を開けるとナイロンの袋に氷水が入っていて、さっきの氷一つよりだいぶ冷たく痛みが急に和らぐ。

 すると何を思ったかジャイロはタオルを取り出して、私の濡れた腕を拭いた。

「……悪かったな、ぶって」

「気にしてない、ありがとねジャイロ。貴方の真剣な思いは伝わったわ」

 そう、彼は悪くない。彼は何も。

 思わず微笑みが零れる。がジャイロは直ぐ様そっぽを向いて、ポケットに手を突っ込んだ。

「じゃあなっ」

「えぇ、ありがと」

 私はジャイロの後ろ姿が暗闇に溶けるまで見届け、ゆっくり椅子に座った。

「もう少し頑張るか」

 ちなみに私が開けていたのはこっちの言葉と私が使う言葉の辞書と……

「普通の人魚姫と変わらないじゃない……」

 そう人魚姫。

 関連があるかもって思って苦労して読んだというのに話は普通の人魚姫。王子に恋した人魚姫は魔女に声と足を交換してもらい、王子と生活するも気付いてもらえず姉達からもらったナイフで王子を刺せず自殺するあれ。

 サブリナはいや、殺戮の魔女は何をしたのだろう。どうして人魚姫の杖を使っているのだろう。

「意味分からないし……」

 もしかしてあの夕焼け色の人魚姫の挿し絵があったあの本かもしれない。あれに何らかの手がかりがあるのかしら。開いたままだったんだもの、サブリナも読んでたはずだわ。

 私はスープを更に一口啜って、氷の袋を頬に当て上を向く。

 人魚姫とはいえ、異国(異世界?)の本をまるまる一冊読み切るには今の私には少しこたえるものだった。辞書と本とずっとにらめっこ。私が知っている物とどこか違うかもって思ったのに……手掛かりさえも掴めず。

 天井には柔らかいオレンジ色のランプがついていて、影はぼんやりと伸び、私を優しく包む。長い羽の大きな換気扇はぐるぐる回り、羽が真上に来る度に私の体は影に包まれた。

 そういえばもうサブリナとエドイスお兄さん、アリシアと女の人どうなんだろ。いつになったら会えるのかな……、さすがに勝手に人魚姫っぽい本、書庫から持ち出しちゃダメよね。

 アリシアと早くお喋りしたいなー、それにサブリナとエドイスお兄さんの誤解も解きたい。

「あーあ」

 でも何してんだろ、私。ノリでレイラにもあんな事言っちゃったし、やっぱサブリナとエドイスお兄さんは喋っていないっぽいし。

 サブリナとエドイスお兄さんどっちが正しいんだろう、でもやっぱりエドイスお兄さんはそんな悪い人に見えないのよね。

「もーっ、やだやだ」

「フツキ」

「ひぎゃっ」

 私はいきなり現われた顔に驚いて悲鳴をあげた。

「な、何クロウ!」

 するとクロウは漆黒の目をぱちくりさせて、にやりと笑った。

「お勉強好きなの? 俺は嫌いだけど」

「放っておいて、これは私の仕事なの! さ、もう一度読み直さなきゃ」

「ダメ、もう寝な」

 するとクロウは本を全て片腕に抱えて、もう片方の腕で私を抱えた。

「やっクロウちょ降ろしてー!」

「安心して、俺がベッドで添い寝するから」

「誰が要るっつったのよっ」

 私は俵担ぎされながらクロウの背中をぽこぽこ叩いた。

「ほんとお姫様は自分の管理出来ないんだからー」

「出来ます出来ます出来ます!」

「また痩せた? てかぶっちゃけちょっとバスト下がった?」

「下がってない!!」

 するとクロウは何処かの部屋のドアを開けて私をベッドに寝かせ、布団をかけた。

 柔らかく、良い匂いの布団は少しひんやりしていてさっきまで目眩がしそうなくらいまで逆上せていたのが気のせいみたい。

 しかもなんだかだんだん眠くなってきちゃった、疲れが溜まってたのかな。

「無理は禁物。君はまだ強くないんだからちゃんとしなきゃダメ」

「でも――」

 クロウは私の頭を一撫でして立ち上がった。

「いいから今は寝ること。体壊すよ、本は明日ゆっくり読んだら?」

「ん……、でも眠くない」

 私はそっぽを向いて無理矢理ベッドに連れられた腹いせに我儘を言った。

「我儘だね、君は。いいよ、ハーブティーいれてきてあげるよ。待ってて」

 そう言うとクロウは部屋の照明を少し暗くして、ドアを開けるとそのまま出ていってしまった。

 眠い……、悔しいけど眠たい。ものすごく疲れた。それもそうか一日でこんなに沢山の出来事が起きたんだから。

 コテージだから部屋は鮮やかなブラウンの木の壁で、柔らかく曲がった木目はなんだか生命を感じさせる。

 横には小さな木製の引き出しとシンプルなライト。紐を引っ張るとパチッと音を立てて電球が光った。

 反対側には大きな窓。ベージュ色のカーテンはガラスの顔を隠していた。

「よいしょっと」

 私は起き上がり、カーテンを留めると窓を開けた。

 青白い満月が妖しく光り、私を照らしている。その時、私の中でフラッシュバックしたのは――。

「青薔薇……城、叔父さん……」

 かつてこの月はただ弱っていく私をシニカルな笑みで見つめ、嘲笑った。

 あの頃は何か意味の分からない固定概念に捕われて、何かを知るのも、無くすのも、踏み出す勇気も無かった。

 何が良かったんだろう、そして叔父さんは私をどうしたかったのかな……?

 叔父さん、それでも貴方は私を一生懸命守ってくれた。私を本当の娘のように可愛がってくれて、大切に大切にしてくれた。

 ねぇ、叔父さん。貴方が正しいのか間違っているのか私は今でも分からない。きっとそれは私が皆と何かを得るまで。

 私は貴方の守りを振りほどき、新たな世界に飛び出した。やっと知りたいって思えるようになったから。


 私は――貴方を裏切った。


 でもまた、また逢った時は私を娘のように可愛がってくれますか? 何かが変わった私を受け入れてくれますか? 貴方は私の敵じゃないよね、私の大事な叔父さん、いえお父さんだもん。

 今もこの重たくて深い月を見て私を思ってくれてますか?

 例え私が青薔薇姫でもまた抱き締めて、頭を撫でてくれるよね?

「フツキ、冷えるよ。窓なんて開けたら」

「あ……いいの。しばらく見たいから」

「月かい?」

 私はこくりと頷き頬杖をついてそのままじっと月に魅入り、クロウもクロウで私の横に座り、窓枠に手を掛けると外を眺めた。

「クロウ」

「何?」

「初めて出会った時の私ってどんなだった?」

「ははっ、いきなり?」

「なっ何よぉ、いいじゃない!」

 クロウは再びにやけ顔でこちらを見ると私の頬を優しく擦りながらこう言い始めた。

「最初はね、なんか見た瞬間は正直綺麗な子だと思った。確かに君は今よりだいぶ痩せていたし哀れで綺麗とは言えなかったけれど」

 頬から手を離しクロウはハーブティーを口に含んで一つ息をついた。

「でもこの子は誰を思い、何を信じてここまで来たのだろう、そう思った瞬間俺は暗闇の中の青い瞳に隠れた純潔に魅せられた。触れば壊れそうな程、君は美しく、綺麗で、そして脆い」

「私が?」

「ああ。君は青薔薇さ、俺が保障する」

 カップの中のハーブティーに私の少し不安げな顔が映る。それはもう自分でも可哀想になるくらい悲しそうでもあった。

「何、不安なの? 最近どうしたわけ? 色々おかしいよね、自分」

「うーん……、うん」

「レイラにアリシア好きだろ発言とか……、なんかね」

「分かってる、あーやっぱ分かんない!」

 私はカップを置いて、くるっと巻いている髪の毛の先をいじってクロウの黒い瞳を見つめた。

 黒曜石のような黒い瞳もじっと私の目を見つめていて、優しく頬笑んでいる。

「大丈夫、皆君の事好きだから。青薔薇姫とか関係なくね。フツキ自身の事を大切にしたいと思ってる」

「うん」

「だからレイラにもあんな事言っちゃダメだよ? 意外とナイーブだからね、あの人。後で謝る事。そんでもって何か言うなら俺に言いな」

「じゃあ私どうしたらいい? どうしたら何か返せる?」

「強くなればいい。多分そうでしか君が満足する方向にいかないだろう」

「強く……か、んーやっぱり」

 私は三角座りして膝と胴の間に枕を挟んで顔を置いた。

 いつの間にか残り少ないハーブティーは冷たくなって、匂いも薄れている。月も雲に隠れて今では朧気、空を彷徨っているようだった。

「強くなったら私どうなるかな」

「何か見えてくるよ、自信もつくし」

「私、頑張ってみる。魔法を、出来れば魔女の里で出来るようになるわ。その時何か変わるよね」

「あぁ、応援してる」

「でもここではやらなきゃいけない事があり過ぎるわ……」

「そうか、ま気張りなよ。フツキ姫さん」

 するとクロウは立ち上がって背伸びをした。

「どうしたの?」

「もう寝なさい、落ち着いたでしょ」

「はぁい」

 私は窓を閉め、枕を置き直すと布団を目の下まで被った。

「おやすみ、本読んじゃダメだよ」

「ん」

 クロウは私の頬に軽く口唇をつけて、青薔薇のついた帽子をあげウインクしてから被り直すとにっこり笑い部屋を出ていった。

 クロウの口付けはなんだか優しくて、甘くて。ほんのちょっぴりだけれど頬に柔らかい感触と熱が残っている気がする。

 昔から彼が優しいとは知ってた、自分勝手で変態で腹立つ事も言う奴だけど。でもそんな彼だから皆好きなのかもしれない。

 クロウは何処かに行ったりしちゃわないでね……?


 そんな事を考えているうちにだんだん睡魔が襲ってきて目蓋が重くなる。

 私は耐え難い眠気に安らかな気持ちを抱きながら深い深い眠りと共に落ちていってしまった――。


いやぁ再び約1ヶ月放置すみませんでした;;、なんだかスランプで。でもなんとか脱出出来ました!これからもよろしくお願いします!

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