6歳 「大丈夫」と言い続ければ本当に「大丈夫」になる
今回は少し勇希のトラウマにふれる話になります。
いつもよりシリアス色が強くなります、ご了承ください。
6歳の誕生日が過ぎ、小学校に入学出来る年齢になったので、早速飛び級の試験を受けにいった。両親もじぃちゃんばあちゃんずも、のんびり小学校生活をおくればいいじゃないかと言ってきたけど流石に今更たし算ひき算から学び直す気はない。
文官学校医学部を目指す為、4歳から毎日かかさず勉強してきた。めげそうになった時もあったけど、やれるだけの事はやった。もし駄目だったらまた来年、なんて甘い考えで臨むつもりはない。
「勇希、あまり気負わんようにな」
「勇希、別にそこまで無理しなくてもいいのよ」
「大丈夫だよ。ありがとう、父さん、母さん。」
ラストスパートでみっちり追い込みをかけ、試験当日。
全ての問題を解き終った俺の前ですぐに試験の採点をしてくれた事務員さんが、顔をあげて微笑んでくれた。
「この学力でしたら、授業についていけるでしょう。文官学校医学部への入学を許可します」
「あ、ありがとうございます!」
勉強してきた甲斐があった……!!
入学許可証を貰い、明日から授業にくわわっていいと言われ、俺は超浮かれた。両親もじぃちゃんばあちゃんずも大喜びしてお祝いしてくれ、更に浮かれた。
医学部の勉強は難しく、高卒でしかない俺はついていくのがやっとだった。大人の中に混ざり、大人の扱いをされ、必死に授業に食らいついた。
毎日毎日、朝早く起きて畑の世話をして学校に行き、授業が終わったら判らない箇所を即座に先生の元に駆け寄って聞き、家に帰って夕飯を作り家事をおこない予習復習して寝る。
正直、本当に大変だった。でも、判らない事が判るようになるのは、凄く楽しかった。
俺は忘れていた。
たとえトラックにひかれても死なないような身体でも、思考は大人でも、この身体は6歳児なんだって事を。
入学して、だいたい一ヶ月が経った頃だった。
買い込んできた食材の下ごしらえをしていると、いきなり景色が回った。慌てて流しに手をつき、目を閉じて呼吸を整え脈を測る。
「……やらかした」
少し熱が出ている。自己管理も出来ないなんて、本当に情けない。浮かれ過ぎだ俺の馬鹿。
「きゅぅん……」
「あー、心配しないでいいよ、幸。大丈夫だから」
よろけた俺を気遣って、幸が足にすりよってくる。
フェンリルの幸は、たとえ見た目が完全に子犬でも知能は人間の子供位はある、と父さんが言っていた。確かにうちの子賢い。最初は凄く警戒されていたけど、最近ではだいぶ慣れてくれて畑の雑草を集める手伝いをしてくれたり、買い出しのお供にぽてぽてと歩いてついてきてくれたりする。うちの子超賢くて超可愛い。
「きゅぅんきゅぅん」
「ほんと、大丈夫だから。な?」
「きゃぅん」
ゆっくり目をあけ、下ごしらえの済んだ食材を仕舞いこみ夕食の支度を始める。
これ位なら寝てしまえば、明日には落ち着いている筈だ。知らせる必要はない。
『ゆーきにーにー!なんでそんなに無理するの!?ばかじゃないの!?』
そう考えた時、愛良ちゃんの声が聞こえた気がした。
俺を育てる為に一生懸命な両親に、心配をかけたくない。何より俺の事なんかで手を煩わせたくない。
……でも。
苦笑しつつ、足元にすりよってくる幸の相手をしながら、小さな土鍋でおかゆを作り始める。別に食べなくてもいいけど、食べないと薬が飲めない。
「隠したら愛良ちゃんに怒られるし」
俺が死ぬ2ヶ月くらい前の事だった。
インフルエンザで寝込んでしまい、飲まず食わずの状態で三日ほど過ごしていたら、愛良ちゃんがうちに来た。
たまたま夕飯の御裾分けに来た愛良ちゃんに、大丈夫大丈夫と言って笑って礼を言って帰そうとしたら、凄まじく怒られた。愛良ちゃんが呼んできたにーにーやねーねーにも怒られて、にーにーに背負われ即座に連れ帰られた。
『だいじょーぶじゃないのにだいじょーぶって言わないで!家族なのになんでえんりょするの、ゆーきにーにーのばか!!!』
正直卑怯だと思う。弱っている時にそんな事言われたら泣くしかないじゃないか。
「俺も、随分と甘え癖がついたなぁ」
実父と共に暮らしていた時は、看病してくれる人なんていなかった。
父さん母さんと一緒に暮らし始めた頃には、ちょっとやそっとじゃ寝込むような柔な身体じゃなくなっていて、風邪すらひかなかった。
初めて心配して泣いてくれたのが、養父母でもなく結婚を約束した恋人でもなく愛良ちゃんなんだよって言ったら、彼女は泣くだろうか。
「いや、多分殴られるような気がする」
ゆーきにーにーのばかばかばかー、と、あのちっちゃい手で握り拳をつくってぱこぱこと殴ってくるに違いない。
「娘が出来るなら、愛良ちゃんみたいな子がいいな」
俺が結婚出来るとは思えないけど、万が一娘が出来たら超溺愛する。うちの娘は嫁にやらん!なんちゃって。
とりあえず夕食を温めるだけの状態まで仕上げ、軽くシャワーを浴びて着替える。
氷枕と水と薬、土鍋ごとおかゆも部屋に運んで、寒くなってきたので上着を着込んでキッチンのテーブルに両親あてに「少し疲れたので先に寝ます。起きて無くてごめんなさい」と手紙を書いた。
心配かけるって判っているのに、自分を優先する俺は本当に甘えている。ごめんなさい、父さん、母さん。
「幸、お前のご飯もおいておくから、お腹がすいたら食べるんだぞ」
「きゃぅぅん」
「大丈夫、寝ていれば落ち着くって」
心配して鳴く幸の頭を撫で、ひとくちふたくちおかゆを食べて薬を飲み、ベッドに入り氷枕を頭の下に置く。
少しぼうっとしてきた。
「幸、遊んでやれなくて、ごめんな」
「きゅぅん」
顔にすりよってくる幸を撫でていたら、いつの間にか意識がとんでいた。
目が覚めたら、ベッドの傍に母さんがいた。
「かぁさん……?」
「目が覚めたの?大丈夫?」
かすれて変な声が出た。
「ん……だいじょうぶだよ、ごめんね、もう、よる?ゆうはん、たべた?」
「夕飯ならちゃんと食べたわ」
おでこに乗せられた冷たいタオルが気持ちいい。
「ごめんね、勇希」
「……え?」
母さんに謝られた。
「お母さん、貴方に甘え過ぎていたわ。まだ6つなんだから、ちゃんと6つとして扱わなきゃいけなかったのに。何時の間にか、貴方を40歳の大人として扱っていた。本当に、ごめんなさい」
「どしたの、かあさん、いきなり」
「幸ちゃんがね、あちこち泥だらけになって、転んで、それでも一生懸命に走ってギルドまで来てくれたの。きゃんきゃんと吠える幸ちゃんに、これは何かあったんだって」
ここからギルドまで、幸の足じゃ相当の距離があったはずだ。
「ゆき、は」
「疲れて寝ちゃってるわ。そこでね」
俺の傍に寄り添うように、同じベッドの中で眠っている幸。
ああ、もう、何て。本当に、本当に、俺は。どれだけ、迷惑をかければ気が済むんだ。
こんなちっちゃな幸にまで、本当に、俺は、馬鹿で、どうしようもない愚図だ。
「ごめんなさい、だいじょうぶ、だいじょうぶだから、おれは、だいじょうぶだから」
「勇希?」
「めいわくかけて、ごめんなさい、だいじょうぶ、だいじょうぶ、いたくない、きつくない、くるしくない、だいじょうぶ、だいじょうぶ、おれは、だいじょうぶ」
「勇希っ……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、……おれは、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
必死に笑顔を作って、必死に何度も何度も大丈夫だって言い続ける。
だって大丈夫だから、これ位慣れているから、苦しくないから、つらくないから、痛くないから、慣れているから、大丈夫だから、大丈夫だから。
大丈夫って言い続ければ、必ず全部大丈夫になる。だって大丈夫だから、俺は、大丈夫だって、それでやってきたんだから。
「いいの、いいのよ、勇希、大丈夫じゃなくていいの!いいのよっ……辛いでいいの、苦しいでいいの、いいのっ!ごめんなさい、勇希、ごめんなさいっ」
「かぁさん、なかないで、おれ、だいじょうぶ、だいじょうぶだから、なかなぃで、ごめんなさぃ、ごめんなさぃ、かぁさん、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
母さんの泣き声に、様子がおかしいと飛び込んできた父さんも一緒に俺をぎゅうってしてくれた。二人に一生懸命大丈夫だって伝え続けたけど、途中で意識がまた飛んだ。
眠ってしまった勇希を前に、わしも母さんも何も話せずにいた。
「お父さん。私は、勇希の何を見て来たのかしら」
「それはわしも同じだ。……いったいどれ程無理をさせてしまっていたのか」
出来過ぎる息子に甘え過ぎていた。精神年齢は40歳だろうが、その体はまだ6歳だ。
わしも母さんも、その事を失念していた。
思い返せば、昔から勇希は滅多に甘えてくれない子だった。いつも笑顔で大丈夫と言って、どんな事でもやり遂げてしまう子だった。
「わしらは、とんだ勘違いをしていたのかもしれん」
この子は、大丈夫だと笑って何でも乗り越えてしまう強い子ではなく。
この子は、大丈夫だと自分に言い聞かせて、何でも我慢して無理矢理大丈夫にしてしまう子なのではないか。
「ええ。……ねぇ、お父さん。私、勇希の意識が統合してから一度も、勇希に甘えて貰った事がないわ」
「わしもだ」
この子は、甘え方が、きっと判らない。
そして、きっと。
「助けて欲しいと、言えん子なのだろうな」
「その分、私達が気付くべきだったのに……ごめんなさい、勇希。貴方を大人扱いし過ぎたのね、私達」
「……ああ、本当に、情けない」
翌日即座にギルドに行き、仕事量の調整をして貰い、週に3日は家にいる時間を作った。
畑も、家事も、さりげなく夫婦のどちらかが手伝うようにした。今までの罪滅ぼしにはとうていならんだろうが、傍にいる時間を増やした。
わしらの話を聞き、一也君もよく手伝いに来てくれるようになった。當間夫妻もちょくちょく勇希の様子を見てくれるようになった。本当にありがたいと思う。
「まだまだこれからだな、母さん」
「ええ、頑張りましょうね、お父さん」
わしらはまだまだ、本当の親子には程遠い。
だが、いつか必ず、そうなってみせる。
大丈夫って言葉、結構残酷だと私は思っています。
大丈夫?と聞かれたら大丈夫以外何て言えばいいのか判らないし、逆に大丈夫だから、と言われてしまうとじゃあこの心配する気持ちは必要ないのかなんて思ってしまう。良い言葉なのに使いどころひとつで負のスパイラルに落ちる言葉、それが「大丈夫」。
気軽に使っている「大丈夫」は本当に使って「大丈夫」なのか。考え出すととまらなくなります。




