小話①前編 失ったものはあまりにも大きくて(にーにー視点)
今回少々残酷な描写(主人公の前世死亡描写)が入ります。
苦手な方はスルーしてください。
金城の小父さん小母さんが遠縁の子供を引き取るって話を、家族全員で聞いた。もちろん事情も聞いた。まだ10歳だった俺にとって、その話は衝撃的だった。
母親に捨てられて、父親に虐待されて、更にその父親が目の前で車にひかれて、その死を目の当たりにし、挙げ句親戚中をたらいまわしにされ最終的に孤児院にぶちこまれた子供。
「ほぼ血が繋がっていないような遠縁だが、流石に哀れでな」
「出来れば慶次君に、お友達になって欲しいの」
近くに同い年くらいの子供は俺しかいないから、と、二人に頭を下げられた。
正直最初は面倒だと思った。でも、大好きな小父さん小母さんの願いなら、と、聞く事にした。
初めて会った日の事を、今でも覚えている。
まるでお面でもかぶっているようなぴくりとも動かない表情で、挨拶をした俺に「初めまして」と小さな声で返事をしてくれた。
その子は……勇希は、8つだって聞いたけど、見た目5~6歳位にしか見えなかった。でも本当によく働く奴だった。
朝5時に起きて家畜(鶏と牛と山羊)の世話をし、7時に風呂に入り朝ごはんを食べて俺と一緒に学校に行く。学校が終わったら真っ直ぐに帰宅し、畑の手伝いと家畜の世話をする。風呂に入り夕飯を食べて、授業の予習復習を終え図書館から借りてきた本を1冊読んで9時に寝る。
本当にこの繰り返しだ。いや俺も農家の子だからある程度手伝いはするけど、それでも時々遊びに行く事もあれば寝坊する事もある。勇希はそれが一切ない。
「お前、何でそんなに真面目なんだ?」
引き取られて一ヶ月。そこそこ話せるようになった時に聞いてみたら。
「ご飯があって、布団があって、服まで貰っているのに、更に学校にも行けます。働くのは、当たり前だと思います」
と返事が返ってきた。頭ぶん殴られたかと思った。
俺にとっての当たり前と、勇希の当たり前は違う。飯や布団、服なんて、あって当然だと思っていた。でもこいつにとっては違う。
そんなもんが「当たり前」じゃない状況で、こいつは生きていたんだ。
正直最初は同情だった。小父さん小母さんに頼まれたからだった。
それでも、こんな、こんなの、ない。
こんなのってない。
「勇希」
「はい、なんでしょう」
「今度小父さん達に許可貰うから、俺につき合ってくれ」
「はい、判りました」
働くのが当たり前なら、遊ぶのだって当たり前でいい。
うちの両親と小父さん達にかけあって、勇希の土曜日の時間全部を小父さん達から貰った。
最初は手伝いをしないと、と言って渋っていた勇希だけど、俺の相手も手伝いだと押し切った。
ほぼ無理矢理俺の友達を紹介した。みんな気のいい奴らで、勇希の事情を知りつつもそれに対しあれこれ言う事は無かった。
自転車の後ろに乗せて海に行った。泳ぎを教えた。釣りをした。虫取りをした。隠れ家を作った。
画用紙を持ち出して絵を描いた。たまには家の中でゲームをした。サトウキビをかじった。野性のバンシルー(グアバの沖縄方言読み)をもいで食べた。桑の実を大量に集めてジャムを作った。野球をした、サッカーをした、鬼ごっこをした、トランプをした。
友達皆と知恵を出し合い、思いつく限りの色んな遊びをした。もちろん嫌だったけど勉強だってした。それぞれの家(農家や小さい商店)の手伝いも順番に回ってやった。
半年くらい経って、ようやく勇希の表情が動いた時は皆で抱き合って喜んだ。
その頃には集落全体に勇希は受け入れられていた。まぁ、ちっちゃい集落だからみんな顔馴染で家族みたいなもんだ。あちこちで声をかけられる度に、少しびくっとする勇希の傍にいつもいた。
正直歳が離れた上の兄貴より、勇希と過ごした時間の方がずっと長い。
「勇希、俺の事、にーにーって呼んでいいんだぞ?」
真っ赤になり恥ずかしがって「慶次は慶次」って言って、絶対にーにーと呼んでくれなかった。いつか呼んで貰うと心に決めた。
だけど、あんな風に呼ばれるなんて、思ってもいなかった。
救急車が来た時、勇希はもう息をしていなかった。
身体が徐々に冷たくなっていって、必死にこすった。全身血まみれになりながら、必死に、勇希の身体から消えていく熱が戻るように、こすり続けた。
「慶次、場所を代わってください!」
「どけ、慶次っ!!」
駆けつけた診療所の医師、比嘉彰は、一緒に遊んだダチだった。
駆けつけた刑事、嘉数浩太も、一緒に遊んだダチだった。
必死に心臓マッサージを繰り返す浩太、腹の傷に包帯を巻いて圧迫し必死に人工呼吸を繰り返す彰。
医師と刑事がどっちも血まみれになって、必死に救命処置を繰り返している。
「勇希、しっかりしてください、勇希!!」
彰が呼びかける。
「まだお前これからだろ、戻ってこい、帰って来い勇希いいいい!!!!」
浩太が叫ぶ。
俺も心臓マッサージにくわわった。何度も何度も胸を押した、何度も何度も身体をさすった。周囲で農家やってるダチ達も駆けつけてくれた。皆で必死に交互に人工呼吸と心臓マッサージをし、身体をこすり続け、腹部を圧迫し続けた。
「嘉数、もうやめろ……、もう、無理だ」
「何言ってるんですか警部補!勇希はまだ生きてますっ!!!」
「もうやめなさい、彰……検死を」
「検死なんてする必要ありません父さん、勇希は、勇希は生きるんですからっ!!」
俺も含めてダチ全員が、集まった警官や彰の父親の手で勇希から引き剥がされ、勇希は連れて行かれた。その頃には、勇希が息を引き取って、1時間が経っていた。
普段冷静沈着であろうと努めている浩太が、上司の傍でうずくまり号泣している。周囲の警官達がそんな浩太を見てびっくりし、代わる代わる背をさすっている。
猛勉強の末医者になり、集落の診療所で父親と一緒に医師として働いている彰が、私は無力だと地面を殴っている。
俺は、そんな皆を見て、ただその場に突っ立っていた。
何も考えられなかった、何も感じられなかった。
勇希の死を、受け入れられなかった。
「申し訳ないが、状況を、聞かせてくれないでしょうか」
「は、はい……っ」
「判りました、私は後から駆け付けたのですが……」
百合と親父が、年配の警察官と何か話をしている。
百合の代わりに話してやらないといけないのに、それすら、出来なかった。
わめきながら集落の中を駆けて行く姿が目撃されていて、犯人はすぐに捕まった。凶器の包丁から指紋も出たし、そいつが最近集落内の家々に土地買収の話をしに来ているのは有名だったから何処の誰かもすぐに判明した。
面通しを頼まれ、そいつの顔をマジックミラー越しに見た。
「間違い、ないです……うちにも来ていた社員です」
「やはりそうですか、ありがとうございました」
そいつが。刑事に囲まれ、言っていた。
「あいつが、あいつが悪いんだ!ぼ、僕の仕事の邪魔をするから!
あいつが邪魔するから僕が怒られるんだ、あいつが悪いんだ、僕は何も悪くない、僕は何も悪くない!!!」
その瞬間。
目の前が真っ白になり、目の前のマジックミラーを蹴っていた。
バリイイイイイインっ、と、派手な音がして、マジックミラーが砕け散った。
「てめぇ、今、何て言った」
「長嶺さん、落ち着いてください!」
「おい、そいつを避難させろ!!」
「ひぃぃぃっ、僕は、僕は悪く」
「勇希を殺しておいて、僕は悪くないだと?ああ、そうか、なら今俺がお前を殺しても俺は悪くないよな?」
「嫌だああああっ、怖い、怖い、助けてええええっ」
周囲の警官達が押さえつけてきたんで、殴る事も出来なかった。マジックミラーの弁償はするので請求書を後で自宅に送って下さいと言い、そのままパトカーで家まで送って貰った。
「ごめん、百合、流石に我慢出来なかった」
「何言ってるの、むしろそこで我慢してたら私が貴方をぶん殴ってたわ」
誰一人俺を責めなかった。親父はでかしたと褒めてくれ、お袋はマジックミラー位こっちで払うと言ってくれた。
愛良に至っては何でその場で警官振り切って殴らなかったとキレた。流石俺の娘だ。
面通しの後、勇希が家に帰ってきて、葬式をやった。正直葬式の内容はほとんど覚えていない。座っていたら全部終わっていた、という感じだった。身内が誰もいないので、親父が喪主を務めた。
正直、ここで気付くべきだった。テレビのニュースでよく見ていた筈なのに、その違和感に気付く余裕が無かった。これだけの事件なのに、マスコミが1件も来ていない理由を、気付くべきだった。その、異様さに。




