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5 ヴルスラ

 シャチさん曰く、


 ヴルスラさんは、他者と契約して魔法を与える魔女だった。


 魔法とひきかえに大きな代償をともなう恐ろしい契約。


 それでも、叶えたい願いをもつ者は後をたたない。


 契約すればするだけヴルスラさんは力を得られる。


 ヴルスラさんは、着々と力を蓄えいつの日か。


 なんと、海の女王になるのだと野望を抱いていたのだという。

 

 しかし、契約を求める者はいくらでも現れるけれど、海神を凌駕するにはまだまだ何百年もかかる。


 だから、ヴルスラさんは禁術に手を出した。


 魂を喰らうという、禁じられた魔法。


 もともと、魂が主食の種族もいるらしい。つまりは食べ物になり得るということだ。さらに魂は肉体よりも、栄養が豊富。


 そうでない者でも喰らうことに成功すれば、ちまちま研鑽を積むよりも、圧倒的に効率よく能力が向上する。

 

 では力を求める者たちが皆、魂を求めるかというと、それは不可能だった。


 魂が主食ではない者に、魂は見えないからだ。


 見えないものを食べることはできない。


 しかし、その(ことわり)を超える手段が何者かによって編み出された。


 それが禁術だ。

 魂を食べられた存在は、二度と輪廻の流れにのれない。消滅してしまう。悍ましい術。


 それでも他者を顧みない者達が、こぞって手を出すかに思われたが。

 この術は発動が困難なだけではなく、大きなデメリットを抱えていた。


 喰らおうとした魂に逆に喰われる危険があるのだ。


 がりがりの賢者でも、はたまたか弱き聖女だったとしても。

 その魂がどれほど清らかで美しかったとしても。


 今、まさに捕食されようというなら、誰だって、死に物狂いで抵抗するにきまっている。


 返り討ちになった場合、術者側の魂が永遠に失われ身体を奪われるらしい。


 そんな危険な賭けに出る馬鹿はそうそういない。


 しかしヴルスラさんはその賭けにうってでた。




「なんか、変なこと言ってたんだよな、アイツ。魔族の遣り方を参考にすることで、魂の抵抗を抑制だとかなんとか」


 そのときは何を言っているか分からなかったが、今思えば禁術に手を出そうとしていたんだな、とシャチさんは頷いた。


 選ばれたのが僕だった?

 そして、魂の喰らい合いに勝って、今こんな姿になって、ここにいると? ヴルスラさんは何か対策をしていたようなのに?

 騒然とした教室で自分の身体を見下ろしていたとき、何に巻きつかれて引っ張られた記憶はあるが、それがヴルスラさんだったのだろうか。


 でも、ヴルスラさんと魂の生き残りを賭けた壮絶なバトルなんてした記憶はないのだが。

 それを聞いてもシャチさんもわからないとのことだった。

 

 もう一つ疑問があった。


「僕、別の世界にいた気がする……」


 どう考えても、僕の世界に蛸の魔女もこんなに大きなシャチもいない。

 いや、海にはまだまだ人類の知り得ない生物がいるらしいけれど……。


「うーん、ヴルスラが異世界に干渉まで出来たのかは知らん……。でもお前の話を聞いてるとそうとしか思えんよなぁ」


「僕の世界には魔法なんてありませんでした。僕が知らないだけかもしれないけど……」


 なんだか、頭がパンクしそうだ。


「いや、俺も陸のことには詳しくないが、魔法があるっていうのは共通認識だよ」


 ということは。


「お前は別の世界の人間だってことだな!」


 すごーい、初めて見た! とシャチさんがはしゃいでいる声がなんだか遠く聞こえる。


「……」

 

 やっぱり、そうなのか。


 もう帰れない。


 万が一帰ることができても、こんな身体じゃどんな目に遭うか。


 目眩がして、倒れそうだと思ったけれど深い海のなかではゆらゆら揺蕩うだけだった。



「わ、悪い。お前にしてみたら最悪の事態だよな」


 はしゃいでいるうちに、僕の気が遠のいていることに気づいたらしいシャチさんが気遣わしげに近づいてきた。


「……シャチさん!!」


 思わず穴から飛び出して、シャチさんの顔のあたりに抱きついた。人間の腕も蛸足も使って張り付く。


「うわ! なんだよ!?」


 シャチさんはびくりとして、嫌そうな声をあげたけれど、


「……お前、泣いてんのか?」


 僕が泣いてるのに気づいて、じっとしていてくれた。


 


 しばらくそうしていて――。


「ごめんなさい。なんだかいっぱいいっぱいになっちゃって……」


 泣いちゃって恥ずかしい。いや、今は女の子だから泣いても恥ずかしくないのかな。


 べつに泣くのに男も女も関係ないよね、とは思うけれど、カッコつけたいお年頃の男子だったから……今は違うけど……。

 ともかく、涙を流しきったら少し落ち着いた。僕はシャチさんから離れた。


「いや、しょうがないって。訳わかんないし、心細いよな」


 そう言って、シャチさんは僕の頬に優しく鼻先を擦り寄せてくれた。


 うわ、可愛いな。それに優しい。僕もそっとシャチさんに頬擦りしてみた。温度はわからないけれど、滑らかで気持ちよかった。


 そういえば、


「シャチさんはヴルスラさんの友達とかじゃないの?」


 と聞くと彼は怒りでぶるぶる震えた。


「んなわけねー!! あいつが俺の物盗みやがったから何度もこんなとこ来てんだよ!」


「ぬ、盗み!?」


 窃盗とは、だいぶ悪い蛸だった。

 いや、海の支配者になりたかったぐらいだ。

 でもそれは日本でいう、総理大臣になりたい、みたいな感覚なのかと思ったのだが。世界を牛耳りたいというそのままの意味だったらしい。


 そこではた、と気づいた。僕はヴルスラさんに魂を食べられるところだったのだ。


 ――悪い蛸だ! ヴルスラさんは悪い蛸の魔女だ!


 我ながら気づくの遅っ、とは思うけど、混乱していたのだ。


 まあ、それより今は盗まれたというシャチさんの物だ。


「どんな物? 僕、洞窟を探してくるよ」


「あ、ブツは使われてちまってもうないんだよ。でもありがとな。むかつくから近くまで来るたび怒鳴ってたんだ」


 そうなんだ、残念。

 しょんぼりしていたらシャチさんが、「そんなことより」と体を揺らした。


「お前、海神様のところに行ったほうがいい」


 海神様というと、この海の支配者で、ヴルスラさんが成り代わりたかった存在。


「え、そんな気軽に会えるの?」


 海の世界で一番偉いヒトらしいのに。

 簡単には会えなさそう……というか僕ことヴルスラさんは、色々悪どいことをしていた。シャチさんの物を盗んだり。

 僕がのこのこ出て行ったら捕まえられてしまうのでは。

 シャチさんにそう問うと、


「いやー、今のお前ヴルスラとは別人だから、その説明もせにゃいかんだろ」

 

 と言われた。

 そういえば、なんで見た目が変わったんだろう。

 

「とにかく詳しいことは俺にも分からんし、権力者に黙ってるほうが危ないだろ」


「そういうもの?」


「そうそう! 善は急げ! 俺にくっつきな。連れてってやるよ」


 なんと海神様のところまで送ってくれるらしい。本当にシャチさんは親切だ。


「ありがとう」


「いいってことよ!」


 こうして僕は親切なシャチさんにコバンザメよろしく張り付いて海神さまのお城に連れて行ってもらうことになった。

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