3 白い少女
「え?」
手をあげて、振ってみる。鏡の中の少女も同じように動く。二本指を立てて、ピースサイン。それも同じように写った。
自分の姿なのだろうとは思っても、なかなか飲み込めなかった。
腰まである髪も、肌も、どこまでも白い。
長い睫毛まで白で、その下の大きな瞳だけが凍りついたかのような玻璃色だった。
瞳以外に色らしい色がないので、一瞬、上半身が裸なのかと慌てたけれど、顔と首周りの白色と胸から下は色調が違った。
顔や首周りは少し、血の気を感じる白だったのでその辺りは肌で、上半身から蛸足にかけては青みがかった白い服のようなものを着ているのだ。きっとそうだ。僕は裸ではない……はずだ。
そして、写っているのが僕で間違いないのだとしたら、自画自賛で恥ずかしいのだが、信じられないくらい可愛らしい顔立ちだった。
小さな顔のなかに大きな瞳と、小さな鼻に、小さな桃色の唇。
特筆すべき点のなかった男の僕とは、似ても似つかない。
ただ、あまりに現実離れした色彩と、腰から下の蛸足で人間ではないイキモノであるのは確定だった。
ふと、恐ろしい考えが頭をよぎった。
もしかして。
僕は誰かの肉体に、元の魂を追い出して入り込んでしまったのではないだろうか。
だとしたら――
僕はどうしたら、いいのだろう?
この洞窟を出て、情報収集するべきなのか。しかしそれは、この誰のものともわからない体を、危険に晒すことにはならないだろうか。
とりあえず、外に出るのは最終手段にして、何か手掛かりはないだろうかと洞窟内をふよふよ泳ぎ回っていると、突然出入り口の方から、
「おい! 蛸女! いるんだろ、出てきやがれ!!」
と怒鳴り声が聞こえてきた。
男性の太い声だ。びくりとして思わず縮こまる。
この体の知り合いなのだろうか? でもあまり友好的には感じられない……。
「おい! いるのは分かってんだよ!」
こ、怖い。居留守は使えないらしい。そろそろと、近づいて、でも外には恐ろしくて行けず、出入り口近くの角に隠れて答えてみる。
「あ、あのう……。どちら様でしょうか」
声まで可愛らしかった。けれど、恐怖で引き攣った声になってしまった。
相手からの返答もない。聞こえなかったのかな?
そう思って、もっと大きな声を出そうと口を開いたとき、
「ヴルスラ? お前、声どうしたんだ? 気配も妙だな?」
男が訝しげに言った。
ここにいるはずの住人と、僕が発した声が違うのだろうか?
ということは僕は他人の体を乗っ取ったあげく、さらに誰かの住処に不法侵入までしていたのだろうか? 罪を重ねすぎでは?
僕が混乱していると、外の男が声を掛けてきた。
「おい、あんたが誰か知らないが、とりあえず出てこないか。俺はこんな小さな横穴入れねぇんだよ」
知り合いの住処に不法侵入した僕に怒っていないのだろうか。判断できなくて動けずにいると、
「あんたはヴルスラなのか? 違うのか?」
と男が聞いてきた。その口調は落ち着いていて、最初の怒鳴り声とは随分印象が違った。だから僕も、少しだけ落ち着いて答えることができた。
「ぼ、僕はヴルスラさんという人ではありません。……勝手に家に入ってごめんなさい。気がついたら、ここにいたんです」
「……気がついたらここにいた? ヴルスラはいないのか?」
「はい。僕以外、誰もいません」
男は考え込んでいるのか、少しの間をおいてから、
「やっぱり出てきちゃくれないか。俺はあんたに何もしない。海神に誓う!」
と言った。
海神に誓う、というのがどれくらい重たい意味を持つのか分からない。しかし、男の声には誠実な響きがあった。
「最初は怒鳴って悪かった。ヴルスラのやつはいつもなかなか穴蔵から出てきやがらねぇし、俺はあいつが大嫌いだからさ。誰にでもああじゃないんだ」
重ねて言われては、さすがに出て行かないわけにはいかなかった。
そろそろと、出入り口から顔を出すとそこにいたのは恐ろしい海のギャング、シャチだった。
それも、地球上のシャチよりも大きい。テレビでしか見たことがないとはいえ、勘違いしようがないほどに巨大だった。
僕は気を失った。




