13 地下室から出て
セレネは僕を抱いたまま、地下室の重たい鉄の扉を開いた。
後ろ暗い実験室だからか見張りはいなかった。
長く薄暗い階段を登っていく。
階段を登りきった先にある扉も、鍵も見張りもなく呆気なく開いた。
僕が分からなかっただけで、セレネが何かしたのかもしれない。
そう思って彼を見上げると、僕の疑問には答えずにこりと笑った。
「あとは僕に任せていてね。大丈夫。ユキがこんなに体を張ったんだもの。誰のことも傷つけずに上手くやるよ」
僕は話せないのでセレネにお任せするしかない。頼んだよ、という想いを込めて見つめると、セレネは頷いてくれた。
そのとき、
「お前、そこで何をしている!?」
声がした方を見ると、身なりの良い壮年の男が驚愕の眼差しで僕らを見ていた。
セレネは男の方に体を向けた。
「ああ、ちょうどよかった」
セレネ、頑張って。僕もジェスチャーとかで力になるからね。
「この国の王子が僕の最愛の恋人を攫って行ったのを取り戻したところなんです。このまま帰ってもよろしいですか?」
セレネはその美しい顔を歓びに紅潮させて言った。
「な、な、何を言っている!?」
男が混乱した様子で叫んだ。
僕も呆気に取られていた。恋人ってなんだよ。僕は兄って言ったはずだよ。
ここがどこなのかは分からないが、後ろ暗い地下室の実験室に繋がっていたのだ。
城の中でも端の方なのではと思うのだが、男の叫びを聞きつけて、侍従や女官、城を出入りする貴族らしき身なりの人、警備兵らしき人など、様々な人々が集まってきた。
セレネは集まった人々に語った――
自分の命よりも大切な愛する人が、彼女の美しさを妬んだ毒婦によって、下半身を蛸に変えられてしまったのだと。
自分は彼女がどんな姿になろうとも愛が尽きることはない。
しかし、己の姿を恥じた彼女は海に去ってしまった。
そうして恋人(セレネのこと……)を想い、時に涙しながらも、穏やかに海の世界で暮らしていた彼女をこの国の王子が陸に連れ去った。
彼女は魔物として閉じ込められ恐ろしい目にあわされ、ショックで声を失ってしまった。
「まあ……!」
女官らしき女性が、両手で口元をおおって痛ましげに僕を見た。
いや、僕が酷い目に遭わされたのは合ってるけど、恋人から健気に身をひいた女の子ではないです。
「そんな! レイン殿下が!?」
「いえ、確かに最近妙な連中を連れておられましたよ」
「宮廷魔術士以外の外部の無頼者どもを城に入れるから困っちゃいましたよ」
騒めく人々。
あの見た目だけは王子様らしい王子の名前はレインというらしい。僕はそんなことも知らなかった。
「して、貴殿はどのようにしてここへ辿り着いたのです?」
最初に僕らを見つけた身なりの良い男がセレネに問う。
人々の目がまたセレネに集中した。
それを受け止めたセレネは、腕に抱いた僕の頭のてっぺんに頬を擦り寄せて、夢見るように甘い声音で答えた。
「彼女を想う、愛の力です」
セレネは語った――
僕は彼女を愛しています。それは運命であり必然であり一方で運命などではなく必然でもなく何ものの力も介入しない僕自身が選んだ、いや、この心のうちから自然に、当然のように湧き上がった美しく澄み渡った泉のごとき感情でもあります。彼女のいない人生など考えられず、また彼女にもどうか僕を諦めないでほしいと愚かにも願わずにはいられない……そんな滑稽で身の程も知らない僕ですが、彼女を想う、その心の強さを恥ずかしげもなく誇らしく思ってもおります。であるならば、僕が彼女を見つけ出すのも当たり前のこと、火を見るより明らかであり――
滔々と語るセレネに僕は度肝を抜かれた。ドン引き、というのとも違う。
これはこの場を切り抜けるための演技なのか、それともセレネの本心なのか。
演技だとしたらアカデミー賞並みの名演だし、本心だとしたら当事者であるはずなのに、僕は「お、おう……」と感心するしかできないほどの謎の熱量があった。
これ、聞いている人たち、どう思うのかな。ちらり、と視線を向けると。
男も女も、老いも若きも関係なく、皆涙ぐんで真剣に耳を傾けていた――
い、いいんだ、これで……。
どうやって僕を見つけ出したのかっていう疑問に対してなんら論理的な回答ではないんだけど……。
でもここまできたら、僕もセレネの恋人設定に協力するしかない。
まだ淀み無く僕への熱き想いの語り部になっているセレネの首に腕を回して、彼の頬の辺りに擦り寄ってみた。
僕なりに恋人に甘えるムーブのつもりなのだが、未だかつて恋人がいたことがない。
これはどうだ? 違うか!? と人々の方を見るとなんだか優しい顔になって微笑ましく僕らを見ていたので上手くいったのだと思う。
と、セレネと触れ合っている辺りがめちゃくちゃ暑くなってきた。
急な温度上昇に何事かとセレネを見ると。
セレネは首まで真っ赤になって僕を見下ろして、
「あ、あ、かわ、かわい……」
とうわ言のように呟いていた。




