12 魔法
「セレネは自分の何かを代償に魔法を使うの禁止」
僕が睨みつけながら言うと、セレネはショックを受けたようによろけた。
「そ、そんな」
セレネには僕が彼の片目を犠牲にするのを喜ぶようなやつに見えているのだろうか。
だとしたら悲しい。
と思っていたら、顔に出ていたのだろうか。
「そ、そんな訳ないよ!!!!」
めちゃくちゃでかい声で叫ぶセレネ。
び、びっくりした……。
金色の目がカッ! と見開かれている。
「そ、そう。とにかく自分でやるよ。声を代償に、歩くたびにめちゃ痛む人間の足をゲットできるから」
声を失うのも不完全な足も困るが仕方ない。
穏便に城を出ていくにはこれしか思い浮かばなかったのだから。
「話せなくなるのかい!?」
焦ったようにセレネが言う。
「あれ、セレネなら僕が話せなくなっても、僕の言いたいこと分かるのかと思ったんだけど……」
「もちろんだよ!」
ならいいだろう。ただ、
「足が痛いのは困るけどね。気合いで頑張るっきゃないよね」
「いや、それは僕が抱っこしてどこへなりとも連れて行くから安心してくれ。僕が君のアッシーになるよ」
「アッシー?」
アッシーって何だっけ?
さて、何年かぶりの魔法だ。気合いをいれ、いざっというところで気づいた。
水槽の外にいた方がいいのではないだろうか。ここで人間になったら溺れる可能性がある。
「セレネ、ここから出たいんだけど……」
この水槽の蓋をはずせるだろうか。
「まかせて」
セレネが蓋に触れると何やら薄青いモヤのようなものが舞って、ぱかり、と簡単に蓋は開いた。
「抱えてくれる?」
僕は両腕をセレネに向かって伸ばした。
セレネは一瞬たじろいだかと思うと、すごい勢いで僕に向かって腕を伸ばした。
長い腕が僕の背中と蛸足にまわり、ざぶりと引き上げられる。
「……セレネ?」
そのまま、ぎゅうと抱きしめられた。
セレネの黒い服が、僕からの水分でどんどん湿っていく。
「……ずっと、こうしていたいけど。早くこんな所から出ていかないとね」
僕を抱きしめたまま、掠れた声でセレネはいった。
「う、うん」
本当にセレネは僕のことが大好きなんだ。
僕にとってはさっき会ったばかりでも、セレネにとっては何年も見守ってきた相手なのだ。
なんだか、同じ熱量を返せないのがもどかしく感じてしまう。
そっとセレネの灰青の髪を撫でてみた。
すると、僕の手が濡れているせいでセレネの髪まで濡れてしまった。
しまった、と思って手を離そうとしすると、セレネの方から手に擦り寄ってきた。
僕はしばらくセレネを撫で撫でしていた。
なんだか腕から降ろしてくれとは言いづらくて、セレネの腕の中で魔法を行使する。
目を閉じて、念じるだけでいい。特別な呪文もいらない。頭の中で、一本の小瓶を思い浮かべて両手を合わせる。
そっと合わせた手を開くと。
そこには紫色の薬液が閉じ込められた小瓶があった。
とても簡単だ。
こんなに簡単だからこそ、デメリットが大きいのかもしれない。
これを飲めば完了だ。
「いくよ」
「……うん」
セレネが僕を抱く腕に力を込めた。
僕は一息にあおった。
瞬間、下半身に激痛がはしる。
「……!!」
悲鳴もあげられない。
セレネに強くしがみつく。足が焼けるように痛い。いや、切り刻まれる痛みだろうか、分からない。とにかく痛い。
気づいたら、セレネに縋っていた両腕は力を失っていて、だらりと体の横にたれていた。
セレネが一度僕を腕から降ろした。着ていたコートを脱いで僕を包む。
そうして、またそっと抱き上げて立ち上がった。
「成功だよ。よく頑張ったね」
セレネは僕の頭に頬を擦りよせて、優しく囁いた。
「……」
めちゃくちゃ痛かったよ。と、言おうとして声にならなかった。
声が出ない。
覚悟の上だったはずなのに、背筋がひやりとした。
これから僕は、二度と誰とも喋ることができないのかな。
俯いていると、「ユキ」と甘く響く声で名前を呼ばれた。
見上げるとセレネが微笑っていた。
「大丈夫。僕がついているからね」
「僕はユキのことは何でも分かるんだ。だから今までと何も変わらないよ」
「でもね、ユキの可愛い声が聴けないのは、この世の損失だからね」
――ん?
「僕が君の声を取り戻してみせるからね」
――セレネ、ありがとう。
「いえいえ」
――セレネは本当に僕の言いたいこと分かるんだ。
「愛の力だよ」
――そ、そう……。




