11 ストーカーではない
いや、ストーカー冤罪にするの早過ぎない? とティティスあたりに呆れられそうだけれど、僕なりにちゃんと考えている。
ストーカーなら紳士的判断なんてできないはず。欲望が抑えられないからストーカーなんてするのだから。
その点、セレネはきちんと線引きできているのだ。
「君が可愛くて、つい見ていただけなんだよ。怖がらせてしまってごめんね」
セレネが眉尻を下げて、心底申し訳なさそうに言った。
つまり、猫動画とかを毎日見てしまうようなものなんじゃないかな。
やたら可愛い可愛い言ってくるし。
猫好きな人って、毎日でも、同じ動作にも可愛いって言ってるイメージがある。
はたして中学生男子だった僕が猫のように可愛らしいのかは疑問が残るが、それは蓼食う虫も好き好きというやつだ。
僕の何かが、セレネには刺さってしまったのだろう。
何が刺さってしまったのかは、訊くとまたセレネが挙動不審になりそうだから訊かないでおこう。
「ううん。僕も誤解してごめん! セレネのことストーカーかと思っちゃって」
えへへ、と右手で頭をかきながら僕が謝ると、セレネはきょとんとした。
「ストーカー?」
「セレネはストーカーなんかじゃないもんね?」
僕は後ろのガラス面に張り付いて縮こまっていた体を伸ばす。といっても、狭いから伸ばしきれない。
とりあえず、セレネの方に顔を寄せた。
セレネもおでこをこつりとガラスに当てて近づく。
彼はなぜか、ちょっと考えてから、
「もちろん、僕はストーカーじゃないよ。誰だって可愛いものを愛でずにはいられない。僕も例外ではないというだけのことだよ」
と力強く頷いた。
「僕が君を助けに来たってこと信じてくれる?」
セレネに訊かれてとりあえず「うん」と頷く。でも気になることが一つ。
「どうして今だったの? 僕がこっちの世界に来たときなんですぐ会いに来なかったの?」
僕は単純に疑問に思って口にしただけだった。そこに彼を責める意図なんて一ミリもなかった。
しかしセレネの顔は見る見る青褪め、悲壮に満ちた表情になった。
「ああ……! ごめんね! すぐに駆けつけなくて! 君への想いを疑われても仕方がないよね……」
「え? え? 違っ」
「実は君がこちらに来てすぐ鏡を失ってしまったんだ。この世界での君を見守れなくてごめんね……」
だから、僕がセレネに見守ってほしがっているみたいに言うのをやめてほしい。
というか、思ったよりずっと見られていたわけじゃないんだ、と安心したくらいだ。
それに、海は陸と違って僕たち魔物にとっては圧倒的に安全だ。
なんといっても人間がいないからだ。
僕らは自分たちのことを積極的に"魔物"と呼ぶわけではないけれど、人間にとって僕らは"魔物"で排除すべきものらしいのだ。
彼らにとってみたら異形だし、自分たちより魔力と関わりが深い存在だから恐ろしく思うのは無理もない。
落ち込むセレネを宥めるように僕は言う。
「海の中では人魚姫のお世話係になって、結構楽しく暮らしてたよ」
「……そう、良かった。海での暮らしも詳しく聞きたいな。でもその前にここを出よう?」
そうだった。セレネは僕を助けに来てくれたのだった。
なんでこんなに脱線してしまったのか。
「さ、この城の奴ら全員皆殺しにして出ていこうね」
にっこり笑ってセレネは言った。
「それだー!! セレネがめちゃくちゃ怖いこと言うから混乱するはめになったんじゃん!」
思わず叫ぶ僕を見て、首をかしげるセレネ。
「怖いこと言ったかな?」
「言ったよ! しかも最初は僕に酷いことした奴ら、ぐらいだったのにグレードアップしてない!? 城に住んでる人全員になってる!?」
「連帯責任だよ」
「連帯責任!?」
つ、疲れてきた。狭い水槽の中の海水に含まれる魔力なんて微々たるものだし、もう体力が尽きそう。
「あ、あの仕返しとかしなくていいから。ここから出して、海にぽーいってしてくれたらいいから」
「アイツらは君に酷いことをしたのに?」
不満そう、というより悲しげにセレネが言う。
そういえばセレネは鏡をなくして、こっちの世界での僕のことは見守れてないって言ってなかっただろうか。
何故、僕がされたことを知っているのだろう。疑問に思って訊くと、
「君が受けた痛みは自分のことのように感じるんだ」
胸に手を当ててしみじみと言うセレネ。
「な、なんで!?」
「愛の力だよね」
「愛の力!?」
僕が知らない何かの比喩だろうか。
「セレネはテレパシーが使えるの? 人間じゃないの?」
というか、どこからどう見ても人間だったから疑問に思っていなかったけれど、よく考えたらネーレ様だって見た目は人間だ。娘は下半身魚なのに。
「僕? 僕は魔族だよ」
何でもない風にセレネが答えた。
魔族!?
初めて見た。
こんな人間みたいな見た目なんだ。
いや、灰青色の髪も金色の瞳も、人間には珍しいし、セレネを初めて見たときはその妖しい美しさに恐怖すら感じたけれど。
話してみれば僕にでれでれな人で、恐怖はどっか行ってしまった。
僕ら魔物と呼ばれる存在とは一線を画すのが魔族だ。
この世界で唯一、魂を捕食できる存在。
ヴルスラさんのように禁術に頼るでもなく、魂を視認し、捕食できるらしい。
「あわわわわ!!」
魔族は人間の魂が大好物だとか。だからこの城の人間皆殺しとか言ったのだろうか。
「どうしたの?慌てふためくユキも可愛いね」
「セレネ、今お腹空いてる?」
「空いてないよ?」
なんでそんなこと聞くの? と言うセレネ。
では心の底から僕のために城の人間皆殺ししたがっているのか。
いや、絶対僕のための殺人とかしてほしくない。
王子にされたことは許せないが仕返しとか軽くでいい。毎日タンスの角に足の小指ぶつけるとかでいい。
僕が穏便に済ませたいのだと、どうにか説明するとセレネは、
「それだと禍根が残るよ? あの変態王子が人魚狩りとかしたらどうするんだい?」
と痛いところを突いてきた。
確かに。巡り巡ってティティスが危険に晒されてしまうかもしれない。
それは困る。絶対に許容できない。
だからといって、皆殺しはちょっと……と考えていると。
――突然、僕の脳裏に閃きはしる。
「人間になったらいいんじゃない?」
「え?」
「だから、僕が人間になるんだよ!」
困惑しているセレネに僕は閃きを語る。
「僕が人間に変身してさ、なんか悪い魔法使いとかに蛸の姿にされてたけど本当は人間だったんですってことにすれば良くない!?
同族には酷いことできないでしょ? セレネは僕をずっと探してくれてた兄とかってことにしてさ〜」
完璧な作戦だ……と思ってセレネを見るとぽかんとしている。
あれ、駄目だったな、と僕が自信を失いはじめた頃、急にセレネが立ち上がった。
「素晴らしい!! さすがユキ! それで行こう!」
どうやらよかったらしい。では善は急げだ。
「魔法久しぶりに使うなー。こっち来たばかりのときに確認で使ってみたとき以来だな」
基本的にデメリットが付随するのが僕、というかヴルスラさんの魔法だったので使い道がなかったのだ。
僕が蛸足をぐねぐねさせて準備運動をしているとセレネが驚いたように言った。
「え、ユキが魔法を使うの?」
そのつもりだったけれど、何かまずいのだろうか。
「セレネできるの?」
「うん、僕に任せてくれ」
言って徐ろに右目に手をかざすセレネに不穏なものを感じ「待って」と止める。
「もしかして、何か代償とかいる?」
僕がじっと見つめるとセレネはおろおろして口篭った。
「正直に言って」
「……僕はあまり強い魔族じゃないからね。ユキを人間に変身させるなら右目くらいが妥当かな。別に構わないよね?」
……構いますが!?




