14 王子との対峙
――しっかりしろぉ!!
恋人っぽく見えるようにすりすりしていたのを、ごすごす頭突きに変え訴える。
どうやら通じたようだ。セレネはハッとして緩んでいた口元を引き締めてくれた。
とにかく聴衆を味方につけ、僕らは勢いに乗った。
人々に連れられていった謁見の間でも王と王妃の前で今世紀最大の悲劇のカップルを装った。
王子の親のはずなのに、彼らも最早僕らの味方だった。
「すまない……本当にすまない!!」
「あの子には罰を与えるわ! ええ必ず……!」
正直、僕はセレネにぴったりくっついているだけで何もしていない。
彼に恋人らしくすり寄るのも、なんか……恥ずっ、と思ってあの一回以降できていない。
とにかくセレネのおかげだった。
僕への想いを語りながら、感極まって、灰青色の髪がさらりと揺れる。
金色の瞳は、説明中であっても思わず、と言った様子で何度も何度も僕に向けらる。
その度、一見怜悧な印象のセレネの雰囲気が和らぐ。
途中から王妃の計らいで椅子を二脚用意されたのに、僕を腕から降ろしたくないのだと言って一つの椅子しか使わなかった。
妖しげな美しさをまとった男が、腕の中の少女を真綿で包むように大切にしている。
それは綺麗な絵画や、悲しくも美しい悲劇を鑑賞しているような感動を与えるようだった。
「罰など必要ありません」
セレネの言葉に王妃が驚愕して聞き返す。
「まあ、なぜ?」
セレネは悲しげに微笑んで言った。
「彼女にかけられた呪いを解くには、僕たちの間にあるのが紛れもなく真実の愛だと証明する必要がありました……。王子の凶行は、図らずもそれを証明する為の僕への試練となった。彼女の呪いが解け、人間に戻れたのは王子のおかげとも言えます」
「なんと……そのように言ってくださるなんて……」
セレネの謙虚な言葉に、王妃が目を潤ませる。
一方、王は難しい顔だ。
「しかし、魔物と誤解してしまったとはいえ、しでかした事を考えるとお咎めなしとはいかん」
王族といえども、息子といえども特別扱いはするべきではない、ということらしい。立派な王様だ。
こんなにしっかりした王様から、あんな恐ろしい王子が生まれるなんて。
いや、人間の魔物に対する扱いとしては妥当なのかもしれないけど。
いやいや、嬉々として僕を切り刻んでいたから、やっぱり猟奇趣味があると思う。
「僕たちの願いは、一つだけなのです」
「それは?」
「同じような思いを味わう人が現れないこと……王子が判断を誤らないよう、これからは皆さんであの方を見守ってさしあげてほしいのです」
「おお……おお……!もちろんだとも!」
王は涙を堪えつつ何度も頷いた。
と、そのとき、謁見の間の重厚な扉が先触れもなく荒々しく開いた。
そこにいたのは王子だった。青い瞳は驚愕に見開かれて、金の髪はくしゃくしゃになって汗みずくだった。
「何をしているのです!?」
「お前というやつは! 美しい恋人たちを引き裂き、このようなか弱き乙女に何ということを!!」
王が厳しく叱責する。それに王子は狼狽えることしかできないようだった。
「そ、そいつは蛸の魔物で……!」
「呪いの被害者だったのだ! それになぜ私に何の報告もしなかった!?」
王子が、信じられないものを見るような目を僕に向けた。
その視線を受け止めた瞬間、僕の体が強張った。
――薄汚れた実験台、刃物、熱した火かき棒。
脳裏に明滅するように現れたそれらに、僕は呆然として、体が冷たくなって――
「ユキ」
僕にだけ聞こえるように、小さく名前を呼ばれた。
セレネだった。
ぎゅっ、と抱きしめられている。椅子に座ったセレネの膝の上で。
セレネが身を屈めて深く深く僕を抱き込む。
見上げると金色の瞳と目が合った。
泣きそうだった。目が潤んでいるというのではなくて、眉間にぎゅっと皺が寄って、でも眉尻は下がっていて、薄い唇は戦慄いていた。
彼が何を思っているか、その表情を見て分かった。
セレネは王子を殺したいんだ。
一瞥されただけで震えて血の気がひいて、体を凍りつかせる。僕をそんな目にあわせた王子を、殺したくて殺したくて仕方がないのだ。
それを必死に我慢してくれている。
僕が嫌がったから。
僕のために。
やっぱり、僕は王子に復讐なんてしたくない。
意味があると思えないからだ。
復讐して、相手が反省してくれるなら意味があるけれど、この王子が僕にしたことを省みてくれるような人だとは僕は思えない。
だったら、僕は二度と王子と会わないようにしたいだけだ。
――セレネ、こんなとこ、早く出ていこう!
僕と同じか、 それ以上に苦しそうなセレネを、一秒でも早く連れ出したかった。
僕のために傷付いている彼を。
そう思うと体に熱がじわじわと戻ってきた。
僕の心の声を愛の力とやらで聞きとったセレネは、いつのまにか気力活力を取り戻した僕を見てびっくりしている。
僕は王子に見えるようにコートから出ているつま先をゆらゆら揺らしてみせた。
王子は僕の小さな人間の足を見ると目を見開く。
「そ、そんなはず……」
王子は見る見る青褪めて、「人間に化けているんだ!」「そいつは化け物なんだ!」「切った足が再生したんだ人間ではありえない!」と喚いた。
僕は黙れよ、と王子を睨みつけた。
王子の言葉を聞くとセレネがより苦しむのだから。
「ユ、ユキ……」
――セレネ、大丈夫? 僕がついてるからね。
「……ユキ格好良すぎ!!」
――うおっ。
感極まったようにセレネが叫んだ。
「僕のこと守ってくれているんだね……」
頬を薔薇色に染め、うっとりと僕を見るセレネ。
別に格好良いことは何もしていないと思う……。ちょっと薄々感じていたけれど、セレネって僕に対してチョロすぎて心配になるな……。




