8-9 メス豚と、狂おしいほどの多重奏
道中。
街道を進んでいると、
突然、馬車が止まった。
「前方、魔物です」
御者の声。
剣士が外に出る。
「任せろ」
剣士が前に出た次の瞬間、
終わっていた。
「……え?」
「終わったのか?」
御者が唖然とする。
「魔物!!!」
後ろから声が聞こえてきた
「今の!今のをもう一度!」
「終わったんだよ」
「もう一度!もう一度お願いしますわ!!」
「魔物は一匹しかいなかったんだよ」
振り返るとそこに王女が居た
「え?」
「お、王女様!お召替えもせずに!」
付き人が慌てて追いかけてくる。
「っというか、なんでここに居るんだよ?」
「さっきテラスで見送ってたのに、」
「影武者ですわ!」
王女がキラキラした目で剣士を見る。
「実戦を拝見したのは初めてですわ!」
「そうか」
「もう一度!」
「魔物は呼べないんだよ」
「残念ですわ」
王女がすたすたと一台目の馬車へ向かっていく。
「それじゃ出発ですわ!」
誰に言うでもなく、自分で扉を開けて入っていった。
付き人が深くため息をつく。
「申し訳ありません」
そうして王女は一台目に居座ることになった。
――
「今日はこちらで一泊となります」
付き人が説明する。
王都にくる時に寄ったメス豚の料理の街。
前に寄った時と同じ宿が用意されていた。
「また来てくれたんだな」
「王都からの予約だったから誰がくるのかと思ってたが」
「お前らだったんだな!」
店主が顔を出した。
「またくる事になりました」
タイチが頭を下げる。
「メス豚食っていいかな」
剣士が付き人に聞く。
「もちろんです」
席に着くと、ロリ猫がすぐに口を開いた。
「タイチ、教えてやるにゃ」
「何ですの?」
王女が聞く。
「いいから見ててにゃ」
タイチが厨房へ向かう。
しばらくして、肉が運ばれてくる。
「何をしたんですの」
「大した事はしてないんですけど」
店主が続ける。
「言われた通りにやったんですが……」
半信半疑の顔で肉を見ている。
出来上がった肉を切り分ける。
口に入れる。
「なんですのこれ!!!」
王女が目を見開いた。
「仕上げにショーユソースを垂らして、休ませただけなんですけど」
タイチが言う。
店主が一口、肉をつまむ。
そして口を開いた。
「……そういう事か」
「焼き上げた直後の肉は、内側の肉汁が外に押し出されてる」
「すぐに切ると全部流れちまう」
「でも少し置けば、肉汁が繊維全体に再吸収されて」
「カットした時にジューシーで柔らかくなる……!」
「さらに余熱で中心までじんわり火が入ることで」
「しっとりと仕上がる……」
「そして何より決め手は一滴のショーユ!」
「ショーユは味が尖りすぎてるから合わないと思っていたが」
「たった一滴」
「たった一滴だけでこれだけ変わるとは!」
店主が目を見開く。
「この料理にまだ先があったとは……」
「でも、商人ギルドに登録しようとしたら断られたんですよ」
「なんでですの?」
「鳳凰印のショーユソースがあってこそ成り立つ料理なので」
「独自の発明とは認められないと」
王女がしばらく考える。
「バルキリーの食べ方として売り出しましょう」
「は?」
「アンバサダーとしての食べ方の提案ですわ」
「この店との提携も含めて」
「報酬は王家から」
「……本当ですか」
店主が目を丸くした。
そして付け合わせの豚バラ肉のスープを店主がよそおうとした時
剣士が店主の手を止めさせた。
「ミソペースト、あるか?」
「あー、アレだにゃ?」
ロリ猫はすぐに察して相槌を打つ
店主は訝しげに、
「あるにはありますが?」
「このスープにミソ溶かして入れてくれ」
「え、ミソをですか?スープに?」
「そうだ、やってくれ」
「言われたからやりますけど、どうなっても知りませんよ」
店主がスープにミソペーストを溶き入れる。
まずロリ猫がスープを啜る。
「うん、やっぱ合うにゃ」
「なんですのそれ」
王女が覗き込む。
「ミソスープだよ」
「いいから飲んでみるにゃ」
一口すすった王女が、固まった。
「これは……」
「これがミソスープだ」
店主も味見する。
「なんだこれは、」
「ミソの奥深い風味が、荒々しい豚の脂質を包み込み、驚くほどまろやかな味わいへと変貌させ、」
「それによって、平坦だったスープは、重厚な香りと旨味を放つ至高の液体へと昇華を遂げる」
「一杯の器の中に構築された、吟遊詩人の唄のような、いや、これはもう狂おしいほどの多重奏のようだ」
「まさにそれですわ!」
(大袈裟だなぁ)
付き人が再びメモを取り始める。
タイチも一口飲む。
「ミソスープと言うより、これ、豚汁だ…」
「トゥンジル…」
「これはトゥンジルという料理なのですね」
王女がゆっくりともう一度呟く。
「トゥンジル…」
「素敵な響きですわ」
「…」
「…そうですね」
タイチが答えた。




