5-12 尊い月と、通話
夜。
窓から空を見上げる。
夜に空を確認する習慣がついていた。
月が二つ。
(今日は二つか)
「ちょっと出てくる」
適当にそう言って、
タイチは部屋を出る。
娘が、
出て行く背中を見ながら首を傾げた。
「何アイツ、
何しに出て行ったの」
「さあのう」
エルフが適当に答える。
すると、
剣士がニヤッと笑った。
「こんな月夜の晩は、
吠えたくなるんじゃねーの?
オレみてーに」
「剣士さまって月夜に吠えるの?」
「やっぱり狼だから?」
「血が騒いじゃったりするわけ?」
思わぬ追撃に、
剣士が一瞬固まる。
「ごめん、
ウソだ。
吠えねーよ」
「剣士さまと月夜……」
「尊い…」
「尊すぎる……」
「おい、
冗談だって」
「おい、
人の話聞けよ」
――
外へ出ると、
夜風が少し冷たかった。
宿から少し離れた場所で、
スマホを取り出す。
画面には通知が一件。
[また気づいたら連絡してくれ]
少しだけ笑って、
通話ボタンを押した。
――
「お、繋がった」
タダシの声が聞こえる。
「聞こえるか?」
「一応」
「今日はちょっと飛ぶな」
少しだけノイズが混じる。
「そっちはどうだ」
「今日は月二つ」
「あー……
じゃあ不安定側か」
「そっちは?」
「こっちもまぁ普通」
タイチは、
空を見上げた。
「あのさ、
前に数の数え方おかしいって言ったじゃん?」
「こないだ屋台でも変だったんだよなぁ」
「ほう」
「唐揚げ買おうと思って指を二本立てたら、
なんか六本渡されてさ」
「……六本?」
「なんだそれ」
タダシは笑いながら、
「なんで六本になるんだよ」
「だろ?変だろ?」
「指二本立てて…」
言いながら突然黙り込む。
そして口を開く。
「指を二本立てて、
六本?」
「いや、
俺も意味分かんなかったんだけど」
「向こうだと普通っぽくて」
「…まあ、
文字読めないから結局よく分かんねーけど」
「……いや待て」
「昔どっかで似た話読んだ気がするな……」
「指を二本立てて、六本…」
「いや、違う」
「どこで見た?
何で読んだんだ――」
独り言みたいに呟いている。
少し沈黙。
「ん?タイチ」
「おう、聞こえてるよ」
「すまんすまん……最近、
そういうのばっか調べてるから変に引っかかってて」
「そういうの?」
「数とか、
増え方とか」
「S字の曲線ってあるんだけど」
「最初はゆっくりで、
途中から一気に増えるんだよ」
「感染症とか、
人口増加とか、
技術発展とか」
「なんか、
そういうの思い出した」
「ふーん」
タイチは適当に相槌を打つ。
「まあ、
俺にはよく分かんねーけど」
少しだけノイズが混じる。
「あ、そういや」
「前に言ってた、
鳳凰印の店にも行ってきたぞ」
「……は?」
「本店」
「だからそっち先に言えよ!」
「すまん忘れてた」
「忘れるなよ、で?」
「人めちゃくちゃ並んでた」
「それで、
作った人に会えないか聞いたら」
「途中からめちゃくちゃ警戒されてさ」
「最後、
奥から怖い人まで出てきた」
一瞬。
タダシが黙った。
「……悪い」
「軽く考えてた」
「作った人に会いたいってだけでも、
向こうからしたら
味の作り方を探ってるようにしか見えないよな」
「味の作り方とか、
向こうじゃ普通に財産だよな」
「しかも、
相手がどういう奴かも分からんのに」
少しだけノイズが混じる。
「……なんか、
こっちの感覚で考えてた」
「そういうの、
もっと安全な前提で動いてると思ってたわ」
「いや、
そんな大げさな感じじゃなかったぞ?」
「怖い人は出てきたけど」
「怖い人出てきてる時点で十分危ねぇよ……」
「やっぱあの話なしだ」
「もう探るな」
「分かった」
タイチは素直に頷いた。
「そんでさ、
こっちにもなんかアイドルショップみたいなんがあってさ」
「アイドルショップ?」
「あの、
あるだろ芸能人とかアイドルの生写真みたいな」
「あー想像できた」
「あんなのがあってさ、
絵札なんだけど」
「興味深いな」
「あれもやっぱ異世界文化なんかな?」
「うーん、
すぐに断定できないけど」
「そういう文化は昔からいろんな国でもあるしなぁ」
「石器時代から偶像を崇拝する習慣とか…」
ノイズが混じる。
「やっぱ今日、
結構飛ぶな」
「あー……
切れるかもだな」
「タイチ」
「おう」
「死ぬなよ」
「おう、タダシもな」
「……」
一際大きいノイズが入る。
ノイズが消えた時には、
通話は切れていた。
二つの月は、
離れ離れに夜空へ浮かんでいた。




