4-12 月夜と、違和感と
夕飯も終わり、
馬車の中に毛布が敷き詰められていく。
「そっちもうちょっと詰めるにゃ!」
「あたしの方が詰めて欲しいわよ」
「我は…端がよい…」
「ちょっと、狭いですう」
寝場所を巡って騒がしい。
そんな様子を横目に、
馬車を降りる。
火の番をしていたのは、
剣士とエルフだった。
「なんだ、便所か?」
「ええ、まあ」
「夜の森は危ねえからな」
「あまり奥まで行かんようにな」
「分かりました」
軽く手を上げて、
森の中へ入っていく。
周囲に人の気配が無いことを確認して、
スマホを取り出した。
――
「お、繋がった」
タダシの声が聞こえる。
「久しぶりだな」
「そう?まあ久しぶりって言えば久しぶりかな?」
「いや…」
何か言いかけて、
タダシはすぐ話題を変えた。
「そっちはどうだ、なんかガサガサ音がしてるけど」
「あ、今外なんだ」
「外?大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、森の中で誰も居ないし」
「一人で森?むしろそれも大丈夫なのか?」
「今、王都へ向かってる途中でさ」
「馬車壊れて森で野宿」
「は?」
王都行きの顛末を簡単に話す。
――
「そんで、今日、料理してさ」
「夜の飯か?」
「まぁ、成り行きで昼から料理する事になったんだけど」
「鳥の鍋にミソ入れてみたんだけど」
少し沈黙。
「……ミソ?」
「そうそう。それで、ミソってさ、溶くだけでいいんだっけ?」
「そうだな、まあ、ダシとか入れたりするんじゃないか?」
「そっか!ダシか」
「いや、そんなことより味噌って」
「あったんだよこっちにも」
「で、ショーユもあってさ」
「…ショーユ?」
「ショーユは肉焼く時の隠し味で使っただけだけど」
今度は沈黙が長かった。
「待て待て待て」
急にタダシのテンポが速くなる。
「ミソって、あの味噌か?」
「多分そう」
「ショーユって醤油か?」
「多分そう」
「いや待て、なんで普通に受け入れてんだお前」
「美味かったよ」
「そういう話じゃねえ」
矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
「その味噌、元々この世界にあったのか?」
「さっきまでいた街の店で売ってた」
「味噌だけか?」
「いや、ショーユも」
「……」
沈黙。
「マヨネーズが、すでにあるって言ったじゃん」
「言ってたな」
「鳳凰印って王都の店が出しててミソもショーユもそこが出してる」
「そこの支店なんだって」
沈黙。
「いや待て、でもこれ…」
さっきまで矢継ぎ早だったタダシが、
今度は完全に黙る。
「……おい」
「ん?」
「鳳凰印って、同じ店なんだな?」
「うん」
「味噌も」
「醤油も」
「マヨネーズも」
「全部そこが発祥?」
「ミソとショーユは知らんけどマヨはそこが始めたって」
「単品じゃないんだよな……」
息を吐く音。
「……ほぼ確定だな」
「何が?」
「地球の知識を持ってるやつがいる」
「……は?」
「異世界転生者だ」
理解が追いつかない。
「いや、異世界転生なんてそんな都合よく」
「お前だってそうだろ」
「あ、そうか」
タダシが頭を抱えてる気配がした。
また独り言みたいに呟き始める。
「味噌、醤油、マヨネーズ」
「しかも同じ店」
「流通までしてる……」
「タダシ?」
「あ、悪い」
「その店、誰が始めたとか聞いたか?」
「いや気にして無かったから聞いてないや」
「そこは気にしろよ」
「でも今から行く王都が本店だって言ってたから」
「王都に行けば分かるんじゃないかな」
「そうか、目的地にあるのか」
「じゃあさ王都に行ったら、作った人に会えないかな」
「分からんけど、聞いてはみるよ」
タイチは少し考える。
「でも、道中の商人が言ってたけど」
「親父の親父、そのまた前の代からあるって」
沈黙。
「……あー」
短く息を吐く。
「そうなると、本人は無理か」
「え?」
「いや、何でもない」
少し考え込む気配。
「でも子孫なら何か知ってる可能性はあるな……」
「いや待て、文化だけ残った可能性も……」
「でも鳳凰印って名前で継続してるなら……」
また独り言が始まる。
「タダシ?」
「ああ悪い」
「王都に着いたら本店行って聞いてみてくれ」
「無理しない範囲でいい」
「イイけどなんで?」
「タイチの助けになるかもしれない」
「うん、分かった」
少し沈黙。
それからタダシが、
小さく笑う。
「……にしても」
「お前、普通に異世界で飯作ってんだな」
「成り行きだよ」
「お前らしいわ」
会話にノイズが混じり出す。
「あ、切れるかも」
「って事は今日は月は二つか」
「正解!」
「やっぱ…二つの時は短…か」
「やば…まじで切れ…かも」
「タイチ!…ぬなよ!」
ノイズ混じりで、
言葉としては崩れている。
それでも、
何を言ったかははっきり分かった。
「おう……」
通話は切れた。
――
馬車へ戻る。
火の番をしていた剣士が、
こちらを見る。
「えらく長い便所だったな」
「大きい方か?」
「ええ、まあ」
苦笑いしながら返す。
「デリカシーのないやつじゃの」
エルフが呆れたように言う。
「はは……」
そのまま馬車へ乗り込む。
中ではまだ寝場所で揉めていた。
「だから尻尾踏むなにゃ!」
「尻尾があたしんところに入ってきてんのよ」
「…胸が窮屈ですう」
「……」
騒がしい声を聞きながら、
毛布へ潜り込む。
――
タイチたちが寝静まった後。
焚き火の火が、
静かに揺れていた。
剣士が、
火を見つめたまま口を開く。
「なあ、あいつ…」
エルフは何も言わない。
少しの沈黙の後。
「……言いたくないこともあるじゃろう」
「……そうか」
それ以上、
二人は何も言わなかった。




