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1-12 映える月と、シャッターと


手伝ったおかげか、

今日の分の焼きヘンネは全部売り尽くしたらしく、

賄いの夕食をご馳走になって部屋に戻る。


閉じた窓から少し光が差し込んでいたので、

窓を開けてみる。


部屋から外を見ると、

夜風が頬を撫でた。


そういえば、部屋に帰ったらすぐに寝る日々だった。


街はまだ賑やかだ。

昼間の延長のような笑い声と、

祭りのざわめきが通りに残っている。


いつもより明るい風景に、

何気なく、空を見上げる。


月が、三つ。


綺麗な三角形を織りなして、

夜空に浮かんでいた。


理屈は分からない。

ただ、幻想的な光景に、

見惚れてしまった。


そうして、ふと、思い出す。


隣の部屋に住んでいた、

女子大生。あゆちゃん。


明るくて、距離感が近くて、

何かあるたびにスマホを構える人だった。


綺麗なものを見つけると、

深く考えもせずに、


「映えるー」


と言いながら、

写真を撮って、

そのままSNSに上げる。


そんなタイプの人。


こういう光景を見たら、

きっと、同じことをするんだろうな、

と思った。


だから、というわけでもなく、


アイテムボックスから、

スマホを取り出し、

カメラを起動する。


パシャ。

パシャ。


何をやっているんだろう。


見せる相手も、

いないのに。


そう思った、その直後だった。

画面に、通知が表示される。


タダシから、

メッセージが届いています。


[今日の晩、飯食いに来ない?]


「え!」


意味が分からない。


しかし、

指は通話ボタンを押していた。


コール音。


一回。


二回。


三回。


……


呼び出し音が続く。


『お掛けになった電話は――』


通話を切る。

すぐに、かけ直す。


(頼む、出てくれ)


コール音。


一回。


二回。


プププッ


「……誰ですか」


警戒した、

低い声。


「俺だよ」


短く言った。


「……は?」


「悪ふざけはやめてください」


「そのスマホの持ち主は、

 もう亡くなってるんです」


淡々としているけれど、

どこか、疲れた声だった。


「じゃあ切りますね」


「待って、待って!

 ホントに俺なんだよ!」


「異世界最強スキルの話、

 覚えてるか!」


「時間を操れるスキルが最強だって、

 言ってたよな!」


「俺、それ選んだんだよ!」


「タダシがそう言ってたから!」


「時間操作ってやつ!!」


間が空く。


呼吸の音だけが、

聞こえた。


「……それ、誰にも話してない」


声の調子が、

変わった。


「ほんとに、

 タイチなのか?」


「ほんとに、

 タイチだよ」


「お前、

 今どこだ」


「異世界」


即答した。


「生きてたのか」


「生きてる!

 死んだけど!」


「マジか……。

 で、スキルは?

 使ってみたのか?」


「使ってみた!

 呼吸できなくなって、

 死にかけた」


「……は?」


「体が、

 動かなくなった」


「…………は?」


「白黒になって、

 息ができなくなって」


「二回目で、

 これはあかんって分かった」


電話の向こうが、

静かになる。


「……無茶するな」


「え?」


「無茶するなって言ってんの!

 何か理由があるのかもしれん。

 それが分かるまで、そのスキル使うな!」


「分かった。

 分かったよ」


「よし。

 で、異世界はどうなんだ?」


「街もある」


「ケモ耳の人も歩いてる」


「そんでさ、

 通行料とか取られて」


「あ、なんか

 お釣り多かったんだよな」


「銀貨5枚の

 お釣りだと思ってたら7枚くれるし、

 屋台でも

 4枚かと思ったら6枚あるし」


「計算できないのかなって

 思うくらい」


「日本に比べて、

 識字率とか

 教育水準が低いとか

 考えられるな」


「そんで、

 俺、文字が全然読めない」


「はぁ?

 なんだそれ」


「それで、

 風呂場でな」


「札がかかってたから

 入ったら、

 女の人が入ってて」


タダシは、

少し怒り気味に言った。


「なんだよそれ!

 羨ましすぎるじゃねーか!」


「でもさ、

 でもさ、

 そこでめっちゃ、怒られた」


「表の文字は女って書いてあって、

 裏の文字が男って書いてあったらしい」


怒り混じりの口調が、

急に素に戻る。


「文字読めないとか詰んでるじゃねーか」


「ステータスも

 全然読めないし」


「なんだよそれ。

 ハズレじゃねーか」


「……」


「とにかく、

 スキル使うのは禁止」


しばらくして、

そう言った。


「今は、

 無理に使おうとするな」


「生きてるなら、

 それでいい」


一拍。


――


少し、

声が柔らぐ。


「……生きてて、

 よかった」


その一言で、

胸の奥に

溜まっていたものが、

少しだけ緩んだ。


「……ああ」


夜風が、

また吹く。


「ウニは?

 ウニはどうしてる?

 タダシが

 面倒見てくれてるのか?」


「俺が

 引き取ろうかとも

 思ったけど、

 動物アレルギーだしな」


「となりの女子大生が

 面倒見てるよ」


「そうか。

 良かった」


「タイチ…」


「なんだ?」


「今度こそ死ぬなよ…」


「ああ…」


街のざわめきは、

まだ続いている。


しばらく、

他愛の無い話をした。


そして、

少しずつ感度が悪くなり、

やがて、

電話は切れた。


しばらく、

動けなかった。


スマホを握ったまま、

空を見上げる。


さっきまで、

綺麗な三角形を織りなしていた月は、

すでにそれぞれ離れた位置にあった。


もう、

二度と会えないと

思っていたタダシと

話せた。


それだけで、

今は、

十分だった。

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