9-12 呪符と、月夜と、地道な努力と
結局、その建物はもぬけの殻だった。
あらかた持ち出されてはいたものの、
少しの資料や、装置のようなものが、残されていた。
エルフがざっと目を通し、戻ってきた。
「専門家に任せた方が良さそうじゃな」
そのまま、後から追いついてきた担当冒険者たちに引き継ぐことになった。
そして、東の街への帰路に着く。
――
帰り道、エルフがふと空を見上げてタイチに言う。
「今晩もまた月夜のようじゃな」
(あ!)
「あの、呪符!」
「ありがとうございました」
預かっていた呪符を返そうとすると、エルフは首を振った。
「良い良い、今晩も月夜じゃからそのまま預かっといてくれんか」
――
ベッドの上で、そっと呪符を起動させる。
そして、スマホを取り出し確認する。
タダシからの通知が一件。
[また気づいたら連絡してくれ]
通話ボタンを押した。
何回かの呼び出し音の後、繋がった。
「今日は?」
ベッドの上から窓を見ると、二つの月が見えていた。
「二つ」
「そうか、近況を聞かせてくれ」
薬草採取仲間たちが、みんな来てくれて声援をくれた話。
それを聞いたタダシが、
「よかったなあ」
「よかったなあ」
「そっち行って認められて」
「派手なことをしたわけでもなく」
「地道な努力でみんながタイチを認めてくれて」
潤んだ声で言う。
「なんだよ、タダシらしくないな」
「最近、」
「いや、なんか今日は涙もろくなった」
絵札販売の列が途切れなかった話もした。
「薬草採取の人たちって、そんなに稼いでるわけないのにとてもありがたかったよ」
「でも絵札とか買って生活大丈夫なのかな」
ずっと心に引っかかっている事をタダシに言う。
「まぁ、絵札って嗜好品の部類だから、」
「基本お金持ってる人、お金に余裕のある富裕層向けだからな」
「そうだよなぁ、買ってくれるのは嬉しいんだけど」
「それで生活苦しくなっちゃったら悪いなって」
「王女にも話してみたんだけどやっぱ値段下げるのは難しいってさ」
「それは、割り切るしかねえんじゃねーの?」
「逆に御守りで仕事する意欲が湧くとかあるかもだし」
「うーん、」
「なんとかならないかなぁ」
「あまりお金持ってない子どもとかも居るんだよ」
「お金使わずにその子たちが絵札を手に入れる方法ないかな」
しばらく考え込むタダシ。
「お金を使わずに…」
「子どもでも…」
「割引制度?」
「いや、違うな」
ぶつぶつと独り言を言うタダシ。
「補助券、枚数集めて…」
「集める?」
「そうだ!集める!」
「あるじゃないか」
「俺たちの文化で」
タダシが何かを思いつき早口になる。
「なに?」
「ラジオ体操だよ」
「ラジオ体操?それに何の関係が?」
「夏休みのラジオ体操だよ!」
「夏休みのラジオ体操ってスタンプ押してくれるヤツだよな」
「それだよ!それ!」
「どういうこと?」
「例えばクエストを行うと、スタンプカードにスタンプを押してもらえるとか」
「でもそれで?」
「スタンプが貯まると、絵札とかと交換してもらえるとか!」
「それだと子どもたちはますますハードル高くならない?」
「そのスタンプが押してもらえるクエストを限定するんだよ」
「薬草採取みたいにランクの低いクエストとか、」
「街の掃除とかドブさらいとかそんなクエストないの?」
「そういう冒険者に不人気なクエスト」
「…わからん」
「なんかほら、あるだろ?」
「…」
「俺…荷物運びと薬草採取のどっちにするって言われて、」
「薬草採取選んでそれ以外は、」
「バルキリーの調査と討伐しか知らない」
「…」
「お前すごいな」
「なんで」
「薬草採取だけで生きてんじゃん」
タダシが笑いながら言う。
「確かに」
それに釣られて笑ってしまう。
ひとしきり笑ったところで、
「とりあえず」
「王女に伝えてみるわ」
「あ、それと」
「緊急発動があって――」
「だから!絶対そっちが先だろ!」
「また剣姫だったんだけど」
「剣姫って血の気が多すぎないか?」
「向こうの人ってみんなそうなのかな」
「…で気絶か?」
「いや、今回殺す気マンマンだったので、」
「気絶してられなかった」
「おいおい、殺す気って物騒だな」
「今通話できてるってことは死ぬことはなかったんだよな?ケガとかしてないか?」
「うん、まぁ、頑張って避けてた」
「じゃあスキルが発動したのって?」
「避け続けて、避けきれなくなった時に発動した」
「やっぱり、死にそうな目に遭うと発動するのか」
「そんな感じなのかな…」
「で、気絶してられなかったってのは?」
「考える時間が増えてさ、これ解除できないかなって思って」
「なんとか止まれっぽい言葉連呼したら」
「なんか元に戻って来れた」
その話を聞いたタダシは思考モードに入る。
「任意で解除出来たのか」
「解除するトリガーが分かれば、」
「もうちょっと検証が必要だなあ」
「かと言って試してもらうってのも危険だしなぁ」
「あ、そんで…トロール…見たぞ」
独り言を言うタダシをよそに会話を続けようとした矢先、ノイズが混じりだす。
「え?…トロール…めっちゃ聞き…」
「…あ、切れるかも…」
「あ、死ぬなよ…タイチ!…次、聞かせろ…」
「…おう!」
「…ロール…話」
そして、通話が切れた。
ベッドの上から窓を見ると、
一つの月だけが、部屋を照らしていた。




