沈黙と涙
朝の光の中、リアナが正門をくぐった瞬間、周囲の空気が凍りついた。
誰もが言葉を失い、息を潜める。
その沈黙が、まるで“有罪宣告”のようだった。
けれど、リアナは堂々と歩いていた。
長いすみれ色の髪を風に揺らし、まっすぐ前を見据えて。
その姿は凛としていて、美しかった――けれど、どこか痛々しかった。
「……リアナ。」
気づけば、僕は声をかけていた。
彼女は立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向く。
その瞳に映る僕の姿は、どこか遠い。
まるで、心の奥で何かを閉ざしてしまったようだった。
「おはようございます、レオン様。」
声は静かで、何の感情も宿していない。
以前の彼女のような柔らかな笑みも、少しの迷いもなかった。
「話がしたい。少し、いいか?」
「申し訳ありません。授業がありますので。」
そう言って彼女は一礼し、すれ違っていく。
その背中を、僕は呼び止めることができなかった。
――なぜ、何も言わないんだ。
なぜ、否定しない。
彼女の沈黙が、真実を塗りつぶしていく。
“悪女”という名が、現実になってしまう。
授業中、リアナの席は周囲から一歩引かれていた。
誰も声をかけない。誰も視線を合わせない。
まるでそこだけ、別の空気が流れているようだった。
僕は何度も言葉を探した。
けれど、教室の中でその名を呼ぶたび、
他の生徒たちの視線が一斉に僕に突き刺さる。
“王子はまだあの女を庇っている”
――そんな声が、耳の奥にこびりついて離れない。
昼休み、彼女が中庭の片隅で一人座っているのを見つけた。
手には開かれていない本。
ただ、風を見つめていた。
「……リアナ。」
僕はゆっくりと近づいた。
彼女は顔を上げることなく、小さく息を吐いた。
「……来ると思っていました。」
「話を、聞かせてほしい。」
彼女は目を閉じた。
そして、小さく笑った。
その笑みが、酷く悲しいものに見えた。
「信じたいのですね、私の言葉を。」
「もちろんだ。僕は君を――」
「あなたが私を信じたら、悲しむ人がいるでしょう?」
彼女の声は静かだった。
淡々としていて、それがかえって胸に刺さる。
「私は、何も言いません。それが一番良い方法なのです。」
「黙ることが?」
「ええ。どんな言葉も、もう誰かを敵にしてしまうから」
彼女は立ち上がり、スカートの裾を整えた。
その手が小さく震えているのを、僕は見逃さなかった。
「リアナ。君は何もしていないんだろ?」
思わず声を荒げていた。
彼女は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を逸らす。
「レオン様。……ご自分の立場をお考えください。」
その言葉は、まるで“もう私に関わらないで”と告げるようだった。
彼女は背を向け、去っていった。
僕はその背中を追えなかった。
ただ、胸の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。
――彼女は嘘をついていない。
だけど、真実も語っていない。
セレスティアの涙が学園の信仰を得た一方で、
リアナの沈黙は孤立を深めていく。
そして僕だけが、その狭間で立ちすくんでいた。
授業後、廊下でセレスティアとすれ違った。
彼女は完璧な笑みを浮かべ、僕に微笑んだ。




