作られた物語
学院の中庭は、秋の陽を浴びて静かに輝いていた。
けれど、その穏やかさとは裏腹に、僕の胸の中は波打っていた。
――あの日から、すべてが変わった。
どんなに時間が経っても、学院の空気は澱んだままだ。
昼休み、食堂で交わされる話題はひとつだけ。
「リアナ・グランチェスは聖女を襲った」
――その噂が、まるで真実のように語られている。
リアナは登校してこない。
姿を見ないことが、まるで罪の証拠のように扱われていた。
僕が何を言っても、誰も信じようとしない。
そんなとき、セレスティアが僕を呼び止めた。
白い制服に金糸の刺繍が光る。人々の視線が自然と彼女に集まる。
その存在は、まさしく「聖女」と呼ばれるにふさわしい。
「レオン様……少し、お話しできますか?」
彼女の声は震えていた。
僕はその小さな手の震えを見て、ため息を押し殺した。
「……あの日のことを、思い出してしまって……」
セレスティアは瞳を伏せる。
涙が一粒、頬を滑り落ちた。
まるで完璧に計算された舞台のように。
「リアナ様に、あんなことを言われるなんて……。
私、何か怒らせてしまったんでしょうか……?」
僕は彼女の隣に腰を下ろした。
中庭を吹く風が、二人の間をすり抜けていく。
落ち葉が舞い上がる音だけが、沈黙を埋めた。
「何を言われたんだ?」
尋ねると、彼女は小さく唇を噛んだ。
そして、か細い声でつぶやいた。
「“おまえみたいな偽りの聖女がいるから、国が腐るのよ”って……」
僕の眉がわずかに動いた。
あまりにも露骨だ。まるで、誰かに信じてもらうために作られた台詞のようだ。
けれど、セレスティアの涙は、見事に“本物”に見えた。
「リアナが……そんなことを……」
僕はわざと驚いたように言った。
セレスティアは、悲しげに首を振る。
「信じられない気持ち、わかります。
私も、あの方を尊敬していました。優しくて、誰よりも努力家で……。
でも、目が、違っていました。あのときだけは、まるで……憎しみに満ちていて……」
――違う。
僕の知るリアナは、そんな目をしない。
誰かを憎むよりも、自分を責めてしまう人だ。
なのに、セレスティアの言葉が、周囲の生徒たちの耳に届くたび、
リアナの評判はさらに悪化していく。
真実よりも“物語”が勝っていくのを、僕は黙って見ているしかなかった。
「……ありがとう、セレスティア。つらい話をしてくれて」
僕は柔らかく微笑んだ。
彼女は安心したように僕を見上げた。
「レオン様……私、怖いんです。
もしまた、リアナ様が私を――」
「大丈夫だ。僕が守る」
そう言うと、セレスティアは小さく頷き、僕の袖を掴んだ。
その仕草もまた、どこか芝居がかって見えた。
……本当に、うまい。
誰も彼女の言葉を疑わない。
傷、涙、震える声――どれもが完璧に作られた“被害者”だ。
でも、僕の胸の奥では別の声が囁いていた。
――リアナはそんなこと、絶対にしない。
もし本当に彼女が怒ったなら、きっと理由がある。
彼女は、理由なしに攻撃なんてしない。
つまり、セレスティアの言葉は、最初からおかしい。
けれど、今ここでそれを指摘すれば、僕が疑われる。
“王子が悪女に肩入れしている”――そんな噂が立てば、リアナはもっと追い詰められる。
だから僕は、笑顔を崩さなかった。
ただ、優しく彼女の肩に手を置き、言葉を選んだ。
「……無理はするな。少し休め。君が悪いわけじゃない」
セレスティアは小さく頷き、涙を拭った。
その瞳の奥――ほんの一瞬だけ、笑った気がした。
勝ち誇るような、氷のような笑み。
僕は気づかないふりをした。
ただ、風に揺れる鐘の音を聞きながら、心の中で決意する。
――真実を、暴く。
このままでは、リアナはすべてを失う。
けれど、彼女を信じているのが僕だけなら、僕が動くしかない。
学院の塔の上、夕陽が長く影を伸ばしていた。
セレスティアの作り上げた“光”の裏に、濃い闇が蠢いている。
僕はそれを、絶対に見逃さない。
リアナ。
君が何を抱えているのか、必ず見つける。
たとえ、すべてを敵に回しても。




