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自殺しようとする同級生を助けたら乙女ゲームの世界の王子になりました  作者: 夜月海歌


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22/102

悪女に惑わされる王子

 昼下がりの光が差し込む廊下で、僕は彼女の姿を見つけた。

 リアナ・グランチェス。

 以前なら、どんな廊下でも周囲の視線を引き寄せる存在だった。完璧で、冷たくて、美しい――“公爵令嬢”として。

 けれど今は違う。

 その姿を見つけても、誰も声をかけない。

 人々は彼女を見ると、ひそひそと囁き、距離を取る。

 まるで、近づくだけで自分も悪に染まるとでも思っているかのように。


「……リアナ。」


 呼びかけると、彼女の肩がぴくりと揺れた。

 けれど、振り返らない。

 僕はその背中を追いかけ、正面に回り込む。


「リアナ、話がしたい。――あの日のことを。」


 その言葉に、彼女の目が一瞬だけ揺れた。

 けれど、すぐに伏せられる。


「何も言うことはないわ、レオン様。」


 小さな声だった。

 それは否定でも肯定でもない、ただの拒絶だった。

 僕は息を詰まらせた。

 リアナと僕の間には壁があった。僕を遠ざけようとしている。


「セレスティアが言っていた。君が――」

「もういいの。」

 彼女は静かに言葉を遮った。

 「どうせ、みんな信じないもの。……あなたも。」


「違う!」

 思わず声が荒くなった。

 リアナは驚いたように顔を上げ、けれどその目は悲しげに揺れていた。

 その瞳に映る僕は、どんな顔をしているのだろう。


「僕は、君を信じてる。けど、どうして黙っているんだ? 本当のことを言えば――」

「言ってどうなるの?」

 リアナの声が震えた。

 「“聖女様”の言葉が絶対なのよ。私が何を言っても、誰も信じてくれない。言えば言うほど、悪役の演技だって笑われるだけ。……だったら、黙っていたほうがましだわ。」


 その言葉が、胸の奥に突き刺さる。

 リアナがこんなふうに自分を諦めた声を出すなんて、信じられなかった。この前、もう一人が抱えこまないと約束したのに。

 


「リアナ……。君は悪くない。僕が、必ず真実を見つける。」


 そう言った僕に、彼女はほんの一瞬だけ微笑んだ。

 それは、かつて見たあの優しい笑みの影だった。


「ありがとう。でも……私のことは放っておいて。」


 その一言で、僕の足は動かなくなった。

 彼女はそのまま去っていく。

 すれ違う生徒たちが彼女を見て、あからさまに距離を取った。

 まるで、空気ごと拒絶されているようだった。


 ――どうしてだ。

 どうして誰も彼女を見ようとしない。

 どうして、聖女の涙ばかりを信じる。


 中庭に出ると、セレスティアが生徒たちに囲まれていた。

 彼女は白いドレスの裾を揺らしながら、弱々しく微笑んでいる。

 その腕には、まだ薄く包帯が残っていた。


「セレスティア様はそれでもリアナ様を許すって……本当に聖女様ね。」

「やっぱり違うわ、私たちとは……」


 そんな声があちこちで飛び交う。

 僕の胸がざらついた。

 セレスティアは誰にも“悪い言葉”を言わない。けれど、その沈黙が、リアナをさらに追い詰めていく。


「……レオン様。」

 セレスティアが僕に気づき、ゆっくり近づいてきた。

 「……リアナ様のこと、どうか怒らないであげてください。きっと、心が疲れていたんです。」

 彼女は慈愛に満ちた声で言う。

 それを聞いた周囲の生徒たちは、一斉に彼女を見上げた。

 聖女の寛大さに涙ぐむ者すらいた。


「……ありがとう。そう思ってくれて嬉しいよ。」

 そう答えた僕の声は、ひどく乾いていた。

 本心ではない。

 彼女を傷つけたくないだけの、上辺の言葉だった。

 たぶん、彼女は気づいているけど。

 本当に信じているのは、あの日の夜に見たリアナの涙だ。

 “もう誰も傷つけたくない”と震えていたあの声。

 あれが嘘であるはずがない。


 けれど、真実を信じれば信じるほど、世界が僕を裏切っていく。

 誰もが、聖女を崇め、悪役令嬢を断罪する。

 僕だけが逆の夢を見ているようだった。


 リアナの姿は、もう遠くに見えない。

 あの背中を追いかけても、きっと彼女は振り向かない。

 それでも――


 信じる。

 彼女のことを、誰よりも。

 たとえこの世界のすべてが彼女を悪と呼んでも。

 

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