静かな夜
学院の中庭は、夜になると嘘みたいに静かになる。
昼間の喧騒も、さざめく噂も、今はただ、遠い夢の残響のように沈んでいた。
僕はひとり、噴水のそばに立っていた。
風が冷たい。吐く息が白く揺れて、月明かりの中に溶けていく。
リアナの悪い噂は、まだ止まっていない。
「元から傲慢だった」「人の泣いている顔が好き」――そんな声ばかりが飛び交っている。
けれど、誰よりも傷ついていたのは、彼女自身だ。
僕は何もできなかった。ただ、見ていることしか。
……僕たちは、同じ過ちを繰り返しているのかもしれない。転生しても、運命の歯車は変わらないのか。
夜風が吹く。
空を見上げると、ひとつの星が流れた。
その光を追いかけるように、リアナの治癒魔法の淡い輝きが脳裏に浮かぶ。
痛みを癒やすはずの光が、なぜかいつも、彼女自身を傷つけてしまう。
――それでも、彼女は人を救おうとする。
あの強さに、僕は何度も救われた。
足音がした。
振り返ると、セレスティアがそこに立っていた。
薄い外套を羽織り、手に持った灯りが揺れている。
「レオン様……。また、ここにいたのね。」
「眠れなくて。」
「……リアナ様のこと考えていたのでしょう。」
否定できなかった。
セレスティアは少しだけ寂しそうに微笑み、噴水の縁に腰を下ろす。
その隣に、僕も静かに座った。
しばらく、言葉もなく、ただ水音だけが流れる。
「レオン様。私、怖いの。」
「何が?」
「このまま、壊れていくのが。」
セレスティアの声が、夜に溶けていく。
僕は彼女の手を見た。震えている。
それは優しさの証でもあり、無力の象徴でもあった。
「壊させないよ。」
僕は、静かに言った。
「今度は、僕が守る。彼女も……君も。」
セレスティアは驚いたように顔を上げる。
その瞳に、星の光が映っていた。
「レオン様。あなたは知らないでしょう……。この前のこと。」
「知らなくても、そばにいたら支えられる。だから、守れるよ。」
風が止んだ。
遠くで、鐘の音が聞こえる。夜が明けようとしていた。
僕は立ち上がり、東の空を見つめた。
かすかな光が、地平を染めていく。
リアナも、どこかで同じ空を見ているだろう。
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「世界が彼女たちを裁くというのなら、僕はその世界を変える。たとえ、王族としてのすべてを失っても――。」
夜明けの風が吹き抜け、噴水の水面がきらめいた。
それはまるで、癒えない光がもう一度、動き出したようだった。




