7.「魔剣」
このサラッサ自由都市群という都市は広い。
もちろん、大陸の中央にあるアウレリア帝国や、エルドリア王国などの他国と比べれば小さな自治国家ではあるものの、それでも一つの国として成り立つだけの広大な範囲に街が栄えている。
七つの区に分かれており、中央にある中央区から、それぞれ六つの区が伸びる円形都市である。
ヴァンガードギルドは、その中央区に存在している。
そして、いまアランとシンシアが赴いているのは商業区である。
「やっぱ商業区は人が多いな」
「まぁ、一番栄えてる場所だもの」
アランの辟易した声に、シンシアが答える。
彼らの目に映るのは、あちらこちらを行き交う人々の姿と、広い路地の左右に立ち並ぶ店の数々である。
どこもかしこも、それ相応に繁盛している。見渡す限り、人の出入りがない店はなかった。
そんな中、人混みの向こうから現れたのは、鎧を纏った男たちである。
その視線が、アランとシンシアへと向けられる。
この街の防衛を担う警邏隊だろう。
ヴァンガードとは指揮系統が異なる者たちだが、別段仲が悪いというわけではない。
二人はこちらを見る警邏隊の衛兵たちに、懐から取り出した金属板を見せる。
僅かに光を放つそれを目にして、彼らは小さく頭を下げ、二人の横を通り過ぎていった。
「いつ見ても便利なものよね、これ」
「ああ。それには同感」
彼らが見せたのは、ギルドからヴァンガード一人一人に配布される、身分証のようなものだ。
依頼や任務の最中には、金属板が僅かに光を放つ。
それによって、そのヴァンガードが武器を携行し、市街地で戦闘を行う正当な理由があることを示す重要な役割を担っている。
そうでなければ、彼らヴァンガードたちは街中での行動を大きく制限されてしまう。
ギルド様々である。
ギルド証を再び懐にしまい込み、二人はこれからの予定を確認する。
スイレンの行方はリンドウに任せ、彼らはハランド殺しの真相を追うべく、商業区へとやって来た。
「とりあえず、ハランドが受けたっていう依頼主のところかしら」
「まぁ、その身内だな」
ハランドと共に、依頼主も襲撃の犠牲となっている。
あの場の状況を知る者は、それこそ下手人以外にはいないだろう。だからこそ、その前後を知る可能性がある依頼主の身内に、話を聞きに行くのだ。
そして、歩くことしばらく。
ギルドから教えてもらった場所に、二人が到着する。
まだ敷地に入っていないというのに、その屋敷の大きさが見て取れる。
なるほど、相当に稼ぎが良かった人物らしい。
しかし、二人はそんな感想よりも先に、その屋敷の雰囲気に眉を顰めた。
「何か変ね……」
「あぁ。血の臭いがするな」
屋敷まで続く道の門扉に手をかけ、押す。
すると、見た目通りに鍵は掛けられていなかった。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりと道を進む。
道の左右に植えられた木々が、どこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
アランが剣へと手を掛け、シンシアは弓を顕現させた。
いつ戦闘になってもおかしくはない。
そんな雰囲気があった。
そう身構えた、その時。
「──ッ、アラン!」
「あぁ!」
凄まじい速度で迫る影。
それは確かに、シンシアへと向かっている。
その間に、アランが身を差し込む。
──キィィィン。
アランの持つ剣が何かとぶつかり、甲高い音を奏でた。
シンシアがいつの間にか放った矢が、上空から影を貫こうと閃光を走らせる。
しかし、その影に当たることはなかった。
「速い……!」
追撃。
まるで雷光のように煌めく斬撃が、アランの首を断たんと閃いた。
しかし、その斬撃は、アランの首筋に触れる直前でピタリと止まる。
その影――否、体に雷光を纏うリンドウが、アランの顔を見て目を細めていた。
「何故お前たちがここに居る」
首筋に刀を当てたまま、リンドウが低い声で問いかける。
その刀の鋭さに、アランはゴクリ、と喉を鳴らした。
朝、別れたばかりのはずのリンドウとの、思わぬ再会だった。
──────
「それで、何故お前たちがここに居る」
リンドウはアランの首筋に刀を当てがったまま、二人にそう問いかける。アランは今にも首と胴体が泣き別れしそうな状況に冷や汗を流した。
「それはコッチのセリフよ」
どうやらシンシアは、途中からリンドウだと気づいていたらしい。目だけを動かし見てみれば彼女は既に弓を納めている。
「スイレンの痕跡が此処にあると見て来た。しかし外れだ。スイレンに持たせた『灯火の水晶』があったのみ。屋敷の中は酷い有様だ」
淡々と答えるリンドウが、ようやく刀をアランの首から離し、腰の鞘へと納めた。
その視線が、屋敷の方へと向けられた。
「誰一人生きてはいない」
「……確認だけど、アンタがやった訳じゃないよな?」
「? 無論。やる理由もない」
アランはホッと息を吐き、剣を納める。
それにしても、とアランはリンドウの姿をまじまじと見つめた。先ほどまで纏っていた雷光はもはや消えているが、その凄まじい速さは正しく雷光そのもの。
一撃目を弾いたというのに、目で捉えることは出来なかったという事実に、アランは驚きを隠せないでいた。
しかし、シンシアはそれをやってのけた。彼女の目の力もあるだろうが、やはり天位が規格外であるというのを、改めて実感させられる。
「で、何故お前たちが此処にいる」
「私たちも依頼主の身内に話を聞こうと思って来たのよ。遅かったみたいだけどね」
シンシアは屋敷の方を見ながら、嘆息するように呟いた。
それに、リンドウは再び屋敷へと目を向ける。
「水晶は見つけたが、肝心のスイレンの姿はない。使用人であろう死体が幾つも転がっているだけだったが、僅かな違和感があった」
「違和感?」
「あぁ。まるで霧の中に居るかのような感覚だ」
アランはそれを聞き、少しばかり考え込む。
考えられるとすれば、何かしらの結界が掛けられている。ということだろうか。
「そうね、違和感の正体、少しだけ視えたわ。屋敷全体に、幻影みたいなのが掛けられてる」
「──成程」
シンシアの目が、屋敷を見つめている。その目に何が映っているのかは見当もつかないが、やはり【天の瞳】と呼ばれる魔眼は相当なものだ。
とはいえ、それでもなお掛けられていることぐらいしかわからないらしい。そういうものなのか、或いは術者が、相当な腕なのか。
「幻影、ね」
アランはそう呟きながら、いつだか見た本に載っていた魔剣のことを思い浮かべた。しかしそれを頭の片隅に追いやり、少しばかり悩んだような素振りを見せる。
「幻影ならば、もう一度探せば解く手立てもあるかも知れん。私はもう一度屋敷を調べるが、お前達は如何する」
リンドウの言葉に、アランは少し迷った末に、口を開いた。
「一応。あくまで可能性だが、それが魔法の類ならなんとかできるかも知れない」
自信はないものの、言わないよりはマシかとばかりに声を上げる。もっとも、その言葉に覇気はない。
しかし、リンドウの目が、アランを射抜く。まるで物理的に貫かれたかのような錯覚さえ覚えるような眼光に、思わず肩を振るわせた。
「ふむ。ならば共に来い」
リンドウはそういう時、すぐさま屋敷へと向けて歩き出した。その後を、顔を見合わせた二人が追う。
屋敷の前まで辿り着くと、アランはシンシアへと顔を向けた。
「幻影の中心、分かるか?」
「中心?」
「ああ。広範囲に幻影を貼るなら、中心があるはずだ。マナが他よりも濃くなっている場所」
「ふーん。見てみるわ」
アランの言葉に、シンシアは屋敷へと目を凝らす。
その視線を動かしながら、あちらこちらを見つめていく。
すると、
「あった。地下室ね、そこに他よりもマナが濃い場所があるわ」
「案内してくれ」
アランはそういうと、歩き出した二人の後を追う。二人の背を眺めながら、腰の本へと手を伸ばした。
「──『マナ喰らい』」
小さく、小さく呟く。すると、本に触れた手に、一振りの剣が姿を現した。
「ここよ」
そう言って、シンシアが地下室の扉を開ける。リンドウがアランの動向を見守る最中、アランはゆっくりと部屋の中へと入り込んだ。
「“喰らえ”」
部屋の真ん中へとたどり着いた彼は、床へと鋒を向けた剣を握る。その瞬間、剣が僅かに脈動する。
「それは、魔剣か?」
「まぁ、そうだな」
僅かに光を帯びた剣が、その光を少しずつ強くする。
その光が止まったその瞬間、アランは剣を振った。
「──ッ!? スイレン!」
その瞬間、彼らの目の前に、美しかった着物を血で汚したスイレンが、力無く倒れていた。
それと同時。
シンシアの持つギルド証から声が響いた。




