6.「刃無し」
リンドウが去ってから、しばらく。
アランとシンシアは取り敢えず、二人でギルドに併設された酒場へと赴いた。
腹が減ってはなんとやら。行動を起こすためにも、まずは腹ごしらえだ。
二人はカウンター席へと腰を下ろし、適当に注文を済ませ、料理が来るのを待っていた。
「まさかスイレンまで……」
シンシアの呟きに、アランは小さくため息をこぼした。
彼女とスイレンは同じ天位同士。長い付き合いなのだろうから、その心配は察するに余りあるものだろう。
とはいえ、それを他者にぶつけてもいい理由にはならない、とアランは思う。
「我を忘れたっていっても、エリナさんにやっていいことじゃねえだろ。あとで菓子折りの一つでも持っていけよ」
「……そうね」
アランの言葉にしおらしく頷くシンシアの様子からは、やはり相当堪えているのが見て取れた。
そんな彼女に何と声をかければいいのか、アランは少しの間逡巡する。
「昨日の会議だけど、アレは多分、お前ら天位の中に犯人がいる可能性を考慮しての招集って意味もあったと思う」
「……」
アランが告げる考えに、シンシアは俯いたまま答えることはなかった。
彼女とて天位であり、長年ヴァンガードを続けている人物だ。
薄々は勘づいていたのだろう。
特にシンシアとスイレンあたりは、それを為せるだけの実力に加え、その目の特殊性や、治癒に詳しい人物であることを踏まえれば、彼女たちの中に不自然な傷を負った者や、それを隠している者がいないかを確かめる意味もあったのだろう。
「スイレンが『ハランド殺しの犯人で、誰かにバレそうになり、行方を眩ませた』」
「──ッ」
この状況で姿を消したスイレン。
そうなれば真っ先に思い浮かぶであろう言葉を、アランは故意に口にする。
その言葉に、シンシアが勢いよく顔を上げた。その顔には、怒りとも取れる表情が浮かんでいる。
「そう思うのが普通だろうけどな。けど、俺はあり得ないと思うぜ」
「なんで……?」
「そもそも、スイレンさんは剣士じゃない。ハランドのオッサンの体に刻まれた傷は、剣によるものだろ。それに、真正面から戦ってる痕跡がある。ハランドのオッサンと真正面から剣で戦うなんて、それこそ自殺行為だろ」
ハランドの戦いを間近で見たのは、数年前。
天位としての実力は、紛れもなく本物だ。
それこそ、真正面から斬り合い、無傷で勝てるような相手ではないはず。
それを、治癒と魔法を専門とするスイレンが行えるとは微塵も思わなかった。
「そうね。近接でアイツと戦うのなんて、私でもゴメンだもの」
「だからまあ、スイレンはあり得ない。あとはリンドウさんだけど、さっきのアレを見る限りはシロだな」
「そうね。普通にしていたけど、やっぱりスイレンのことが心配で仕方ない感じだった」
先ほど対峙したリンドウの姿を思い出し、シンシアも少しだけ顔を上げた。
彼女もまた、理解してきたのだろう。
確かに、シンシアとスイレンは友人なのだろう。だが、リンドウにとっては唯一無二の相棒だ。
そんな彼が、あそこまで強い言葉を使った。
それを邪魔する理由なんて、アランにはない。
「やっぱり、私、冷静じゃなかったわ。少し、外の空気を吸ってくる」
苦笑を浮かべ、立ち上がるシンシアを見送る。
ちょうどそのタイミングで、頼んだものがアランの前に並べられた。
アランがそれに手をつけようとした、その時。
彼の隣──シンシアが座っていたところに、ドカッと荒っぽく、一人の男が腰を下ろした。
「よぉ、【刃無し】。随分、天位と親しげじゃねぇか」
金髪に碧眼。
少々悪人面ともいうべき風貌の男が、揶揄うようにアランへと言う。
その男──ヘリック・ディロウは、卑下た笑みを浮かべながら、アランの顔を睨みつけた。
「ヘリック……」
「ヘリック『さん』、だろうが。雲位如きが調子に乗ってんじゃねえよ」
顔を近づけ、怒気を孕んだ声でヘリックが言う。
それに、アランは小さくため息をこぼした。
ヘリック・ディロウ。
空位の階位にある、剣を主体に魔法も用いて戦うヴァンガードの一人だ。
顔を見かけるたびに、何かとアランに突っかかる人物の一人である。
アランにとって、シンシア以上に面倒な相手、とも言える。
「なぁ、教えてくれよ。【刃無し】のお前が、なんで天位と仲良くしてんだ? どうやって取り入ったんだよ」
アランの皿から一つを摘まみ、口へ運びながら、冷たい笑みを貼り付けて問いかける。
その言葉に、アランは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「さぁな。俺が知りたいくらいだ」
アランは皿に乗ったイモの揚げ物を口に運びながら、何気なくそう答える。
ここで煽っても仕方がない。火に油を注ぐだけ、と判断したのだ。
だが、それでもヘリックにとっては油を注がれたことになるらしい。
いや、無意識に煽ったのかもしれない。
その顔が、ますます悪人寄りに歪む。
「テメェ、舐めてんのか?」
「やめろよ。『ヴァンガード規則第1条』に引っかかるぞ」
「知るかよ。テメェの舐めた態度を正さねぇと気が済まねぇ」
ヘリックは腰の剣に手を置きながら、挑発するようにアランへと言う。
しかし、それを相手にするアランではなかった。
今にも斬りかかりそうな、一触即発の雰囲気。
アランの視線と、ヘリックの視線が交差する。
「──退きなさい。そこは私の席よ」
そんな二人の空気を打ち破ったのは、外から戻ったシンシアだった。
彼女はヘリックを睨みつけるように見つめ、急ぐことなくこちらへと近づいてくる。
それに、ヘリックはわざとらしく舌打ちをした。
「チッ……。命拾いしたな、アラン・ノイン」
ヘリックはそう言って、シンシアを一瞥したのち、その場を離れていく。
その間も、どこか恨みがましい視線がアランへと向けられていた。
「なに? アイツ」
「ヘリック・ディロウ。空位のヴァンガードだよ」
「あんなのに絡まれるなんて災難ね」
「……アレでも腕は立つ。仕事には結構真面目だしな」
お前が言うな。
そんな言葉を呑み込みながら、アランはヘリックへの率直な感想を述べる。
向こうはアランのことを相当嫌っているようではあるが、アランにとっては面倒なだけで、別に嫌っているというわけではない。
「ふーん……。まぁでも、アレじゃ上に上がるのは難しいんじゃないかしら」
「……実力的には星位でもおかしくはない、んだがなぁ」
アランはヘリックが去っていった方へと目を向けながら、小さく呟いた。
難儀なものである。
ヴァンガードというのは、ただ実力があればいいわけではない。
彼らヴァンガードのモットー、基本理念は「持つべきものは持たざる者のために」にある。
つまるところ、表面的な実力よりも、他者を尊重し、思いやり、助けるということ。
少なくとも、アランはそう考えていた。
「ま、そのうちアイツにも分かるさ」
「そうだといいけど」
シンシアはそう呟くと、頼んでいたサンドイッチを頬張った。
ムグムグと咀嚼しながら、ふと、アランの腰にある本へと視線を向ける。
「そういえば、アンタのその腰に提げてる本はなんなの?」
「あー、まぁ魔導書だな」
「アンタ、魔法使えるの?」
シンシアはそう問いかけながら、首を傾げる。
まぁ、その疑問はもっともだろう。
魔法が使えるのであれば、そもそもスクロールなどの魔道具を使う必要もそれほどない。
だが、アランは高い金額を払ってまで、買ったスクロールを使用している。
魔法が使えないと思っても仕方がない。
いや、確かに使えないのだが。
「いいや?」
「じゃあ、なんで魔導書なんて持ち歩いてるのよ」
「まぁ、コイツは俺の商売道具なことに変わりはないからな」
ポン、とその本を叩き、アランは肩をすくめてみせる。
「──そ。なら、これ以上は聞くのも野暮ね」
シンシアもまた、肩をすくめてみせる。
どれだけ仲が良くとも、他者に手の内を見せるのはまた話が違う。
それを、彼女も理解しているらしい。
それ以上、彼女からの追及はなかった。
二人は腹ごしらえを終え、席を立つ。
「さて、とりあえず、俺はアンタについて回ればいいんだろ?」
「なに? 昨日と比べて随分素直じゃない」
まだ浮かない表情ではあるものの、シンシアはいつもの彼女のように振る舞う。
そんな姿に、アランは眉を上げ、「さあね」とだけ答えた。
面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだが、その面倒ごとから身を引くという選択肢がないのが、アランという男だった。




