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魔剣目録  作者: SUNNY
第一章

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4.「欠けた天位」




「昨日の未明、護衛の依頼に就いていた【剛剣】ハランド・バルバロスの遺体が発見された」


 映像を前に告げられたその事実は、アランの頭に、まさしく青天の霹靂とも言うべき衝撃を走らせた。


 【剛剣】ハランド・バルバロス。


 その名を知らぬ者など、まずいないだろう。

 この場にいる天位たちの名が広く知られているのと同じように、彼もまた、ヴァンガードの最高位に名を連ねる実力者だった。

 その男が、凄まじい戦闘の痕跡を残し、遺体となって発見されたというのだ。

 異常事態。

 エリナが先ほど口にした言葉は、まさしくその通りだったわけだ。

 アランは咄嗟にシンシアのほうへと視線を向ける。

 先ほどの彼女の反応。あの驚愕は、このことを何かしらの形で見て知ったからだったのだろう。

 シンシアはアランと目が合うと、小さく頷いてみせた。

 言外に、彼の疑問への答えを示したということだろうか。


「おそらく、何者かと激しく交戦した末に殺害されたものと考えられる。ハランドの体には、剣によるものと思われる無数の傷跡が確認された。致命傷となったのは、胸を穿った一撃だろうね」


 淡々と説明するサンクの顔は、映し出された光に遮られ、よくは見えない。

 声に変化はなかった。

 しかし、その言葉の節々からは、どこか怒りにも似たものが感じられる気がした。


「ハランドさんが負けた……?」


 そう口にしたのは、バルガだった。

 同じ天位とはいえ、彼がその座に就いたのはつい最近のこと。それまでは、ハランドよりも一つ下の階位にいた。

 その呼び方からしても、二人はそれなりに親しい間柄だったのだろう。

 いや、そうでなくとも、ハランドという男が気のいい人物であることは、ヴァンガードであれば皆知っていた。

 なにせ、アランですらハランドには酒をご馳走してもらったことがあるほどだ。

 気前のいい、豪快な男だった。

 その男が死んだ。

 映像の中に広がる惨状を見つめながら、アランは改めてその事実を噛み締めた。


「──天位を殺害できるほどの実力者。なるほど、かの人類最強と謳われる男とでも戦ったか。あるいは……」


 そこで口を開いたのは、ここまで一言も発さなかったリンドウだった。

 頭部から伸びる龍の角と、椅子から流れるように垂れた尾。

 非常に珍しいとされる龍族なのだろう。

 ゆっくりと開かれた双眸から、金の瞳が覗く。


「かのグレイヴァルト・ダグラスであれば、この惨状はありえない。いくらハランドくんが実力者であろうと、【冥燈】なら、ハランドくんに剣を振らせるまでもないだろうからね」


 サンクが静かに答える。


「──であれば、我々の知らない、天位を殺せるほどの者がいるというわけだね」


 映像が消え、部屋に元の明るさが戻る。

 サンクは机の上で指を組み、集まった者たちを見渡した。

 アランは、その様子をただ静かに見守っている。


「犯人の調査はギルドでも進めるが、君たちにも調査をしてほしい。だが、相手は相当な手練れだ。細心の注意を払ってほしい。それと、必ず誰かと行動するように。これ以上、我々の最大戦力を失うわけにはいかないからね」


 真剣な表情のまま告げるサンクに、天位たちはそれぞれに反応を見せる。


「スイレンくんとリンドウくんは、もともと二人で行動しているからいいとして……バルガくん、レイリアくん。君たちはお互いのクランで協力してほしい」


 サンクの視線が、並ぶ二人へと向けられる。

 アランも釣られて目で追うと、そこには嫌そうに眉を顰めるバルガとレイリアの顔があった。


「バルガさんと協力、ですか……。厳しいかもしれませんが、他ならぬギルド長からのお願いですもの。受け入れるよう努力いたしますわ」


「おい、どういう意味だ!」


「深い意味はございませんわ」


 まるでお決まりのやり取りとでもいうように、リズムよく言い合う二人。

 仲がいいのか悪いのか。


 二人のやり取りを眺めながら、アランは苦笑を浮かべた。

 バルガとレイリア。

 この二人は、巷でもよく名前の挙がる実力者だ。天位に昇格する前から、その名を耳にする機会は多かった。

 二人とも、この都市でも有数の巨大クランのリーダーであり、ギルドの前や酒場など、所構わず痴話喧嘩のような言い争いを繰り広げている姿がたびたび目撃されている。

 サンクも、それを承知の上で二人を指名したのだろう。

 実力も近く、二人揃えば凄まじい戦果を挙げるとの噂もある。

 お似合い、といったところか。

 アランがそんなことを考えた、その瞬間。

 不意に、部屋の温度が下がったような気がした。

 周囲を見てみると、冷たい視線がこちらへ向けられている気がする。

 ……え、心読まれた?

 アランは戦慄を覚えながら、再びそっと気配を殺した。


「問題はシンシアくんだけど……」


 そんなアランをよそに、サンクが視線を巡らせる。

 その視線はシンシアを通り越し、その後ろに立つアランへと到達して――止まった。

 嫌な予感がする。


「そうだねえ、シンシアく──」


「ちょうどいいのがいるわね!」


 は?

 そう口にするよりも早く、立ち上がったシンシアの腕がアランの肩へと回された。

 距離を取る猶予すらない、あまりにも自然な動きだった。

 なるほど、これが天位の身のこなしかあ──なんて、現実逃避を始めたくなる。

 背丈こそアランのほうが少し高いものの、シンシアは森の民らしい、すらりとした長身の持ち主だ。

 伸ばされた腕はするりとアランの肩を捉え、逃げ道を塞いでしまう。


「待て待て待て! オレは雲位で、お前は天位! オレなんかに務まるわけないだろ!」


 アランは腕から抜け出そうともがくものの、しっかりと固められたその腕からは、ちょっとやそっとでは抜け出せそうにない。


「うーん。それはどうかな?」


「ギルド長まで……」


「決まりね!」


 追撃するように口を挟んだのは、他でもないサンクその人だった。

 その言葉に、アランは驚きを露わにする。

 まさかギルド長にまで逃げ道を塞がれるとは思っていなかったアランは、大きく目を見開いた。


「いやいやいや、最高戦力を失いたくないって言ったばかりじゃないっすか! 俺なんかじゃどう考えたって無理でしょ!」


 アランの悲痛な叫びに、サンクはただ微笑むだけである。

 シンシアに至っては、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 もはやどうすることもできない。

 アランはただ、項垂れることしかできなかった。






 会議というか、打ち合わせというか。

 ともかく、アランにとって地獄のような時間が過ぎ去り、ようやく平穏が訪れた。

 サンクとウィリウスは早々にその部屋を後にし、それに続くようにバルガとレイリアも退室していった。

 部屋を出るときの、ウィリウスの憐れむような目が今でも頭から離れない。

 残るはスイレンとリンドウ、そしてシンシアとアランの四人のみ。

 そんな中、美しい着物の裾を摘まみながら、スイレンが二人のもとへと歩み寄ってきた。


「久しぶりやなあ、シンシアちゃん」


「そうね、スイレン。あなたも元気そうね」


 スイレンはシンシアへと向き直り、柔らかな微笑みを浮かべながら、ひらりと手を揺らす。

 彼女もまた、リンドウと同じく龍族の一人。

 藍色の長い髪を一つに結い上げ、美しい造形の双眸から金の瞳をのぞかせる美女である。

 彼女の口調は、どうやら故郷であるニム諸島特有の訛りらしい。


「せやねえ。ウチは治癒士やし、元気なんは当然なんやけど。シンシアちゃんは強いお人やから、なかなか治癒室に来てくれへんし、寂しいなあ思うててん」


 スイレンの、本気かお世辞かも分からない言葉に、シンシアが苦笑する。

 そんなスイレンには、見る者を魅了するかのような魔性の美しさがある。

 それと対峙する、凛とした美しさを持つシンシアとは、また違った雰囲気を纏っていた。

 そんな二人のやり取りを眺めていると、不意にスイレンの視線がアランへと向けられた。


「アラン・ノインくん、やったっけ? 君とは初めましてやんな?」


「まあ……そう、ですね」


 思い返せば、ヴァンガードになってから早数年が経つものの、確かに治癒室を訪れたことは一度もない。

 そもそも、アランは大怪我をするような危険な依頼を受けること自体が稀なのだが。


「ウチ、ここの治癒室を間借りしててな? ちょこちょこ、みんなの面倒見させてもろうてん。せやから、大体の人とは会う機会があるんやけど、君のことはあんま見たことないなあ思うてん」


「はぁ……」


「君、それなりに強いお人なんやねえ」


 そっと、スイレンの手がアランの手に触れた。

 その瞬間。

 触れた手を通じて、マナが干渉してくる気配を感じ取る。

 アランは咄嗟に、その手を払うように遠ざけた。


「あらら、振られてしもうたわぁ」


 払われた手をひらひらと振りながら、スイレンは艶やかに微笑んでみせる。


「──ッ、すいません。驚いて、つい……」


「ええのええの。急に触ったウチのほうが悪いんやし」


 アランは咄嗟とはいえ、相手の手を払ってしまったことに罪悪感を覚え、小さく頭を下げた。


「それにシンシアちゃんの前やし、他の女に触れられたら、そら払ってまうわなあ」


「いや、別にそういう関係じゃ……」


 くすくすと笑うスイレンに、ばつの悪さを感じ、アランは頬を掻く。

 当のシンシアは、言っている意味を理解できていないのか、首を傾げている。

 そんなやり取りの中、スイレンの後ろにリンドウが立った。


「スイレン。行くぞ」


「ええ~、もうちょっと話してたかったんやけど」


「……好きにしろ」


「あっ、ちょお待ってえやぁ」


 スイレンの横を通り過ぎるリンドウ。

 その視線が、ごく僅かにアランのほうへと向いた気がした。

 アランが見返すよりも早く、その視線はもう前へと向いている。

 足早に部屋を出るリンドウの後を追うように、スイレンが再び着物の裾を摘まむ。


「相変わらずイケズな奴なんやから……。ほな、シンシアちゃん、アランくんも、またどっかで会おなあ」


「ええ、またね。スイレン」


 裾を摘まみながら、器用に手を振ってみせるスイレンは、先に出たリンドウの後を追って部屋を後にする。

 残されたアランは、スイレンたちの姿を見送るシンシアを横目に、今日何度目かも分からない大きなため息をこぼした。

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