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魔剣目録  作者: SUNNY
第一章

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3.「天位ヴァンガード」


 ヴァンガードギルドの一角にある会議室。

 そこへと続く廊下を、アランとシンシアはエリナの案内のもと歩いていた。

 ギルドの受付横にある扉をくぐった先。普段、ヴァンガードたちが利用している場所など、このギルドのほんの一部でしかない。

 そんな場所にヴァンガードが立ち入るのは、何かをやらかしてギルドからお叱りを受けるか、あるいは昇位の手続きを行うときくらいのものだろう。

 圧倒的に前者のほうが多いのだろうが。

 そんな場所を進むアランの足取りは、目的地に近づくにつれてどんどん重くなっていく。心まで沈んでいくようだった。

 そうして大きなため息をこぼしたところで、不意に背中を強く叩かれた。


「うっ」


 思わず、アランの口から声が漏れる。


「シャキッとしなさいよ。アンタ、いつまでウジウジしてんのよ」


「お前なぁ……呼ばれてもない俺を巻き込んでおいて、よく言えるよ」


「シンシア。いい加減、名前で呼びなさいよ」


「呼べるかよ……。他の奴らに聞かれたら、どんな目に遭うか……」


 アランは項垂れながら答える。

 そもそも、アランとシンシアでは階位の隔たりが大きい。

 アランは下から三番目。せいぜい中堅といったところの雲位。それに対し、シンシアはたった六人しかいない、ヴァンガードの頂点たる天位である。

 本来であれば、こうして話すことはおろか、顔を合わせることすら難しい相手なのだ。


「さっきも言ったけど、私はこれでもアンタには感謝してるの。その私がいいって言ってるのよ」


「さっきも言ったが、気にすんなよ。俺がやったのなんて、最後のいいとこ取りだけだ。感謝される謂れはない」


「嘘。確かにおぼろげだったけど、むしろ私は何もしてない。アンタ以外、考えられないのよ」



「あ、お二人とも。見えてきましたよ~」


 そんな言い合いが続く中、エリナのどこか気の抜けた声が前から聞こえてきた。

 それに、二人の視線が前へと向く。

 アランも薄々、目的地が近いことには気づいていた。

 ただ、気づかないふりをしていたのだ。

 だが、やはり無視するには無理がある。

 廊下の先にある一室。

 そこから、凄まじい気配がひしひしと伝わってくる。

 気配というより、もはや威圧感とでも言うべきだろうか

。

「……ああ、行きたくねえ。入りたくねえ」


「いいから行く」


 アランのぼやきに、シンシアがその襟首を掴む。

 半ば引きずられるように連れていかれながら、アランは再び大きなため息をこぼした。

 やがて、目的の部屋へと辿り着く。

 エリナが三度、扉を叩いた。


「失礼いたします~。シンシア様がご到着されました」


「うん。ありがとう、エリナ」


 扉の向こうから返ってきたのは、優しげな柔らかい声だった。

 おそらくギルド長だろう。

 アランがそう当たりをつけていると、扉が開かれ、室内の様子が露わになる。

 広い部屋だった。

 中央には長い机が置かれ、その左右には数人の男女が腰掛けている。

 そして、アランとシンシアが部屋へ入った途端、一斉に視線がこちらへと向けられた。

 その瞬間、アランは重力が増したのかと錯覚するほどの圧を感じた。


「姐さん、遅いっすよ」


 最初に声を発したのは、一番手前に座る赤髪の青年だった。

 アランとそう変わらなさそうな年齢ながら、その実力で勇名を轟かせる人物。

 【炎帝】バルガ・イグニス。


「やめてくださいな、バルガさん。シンシア様もお忙しい身。若輩の私たち如きが口を出すことではありません」


「いいのよ、レイリア。久しぶりね。バルガも」


 入って早々、そんな軽口が飛び交う。

 シンシアに口を尖らせるバルガを窘めたのは、雪を思わせる美貌を持つ女性。

 【氷姫(ひょうき)】レイリア・スノーフィールド。


 この二人は、ここ最近になって天位へと昇格した実力者たちだ。

 無論、天位に必要なのは実力だけではない。

 ギルドや市民からの信用。他のヴァンガードたちからの信頼。

 それらを得た上で、初めて辿り着くことのできる場所。

 それが、この場にいる「天位」のヴァンガードたちである。

 そう思い返すたびに、アランはなぜ自分がこの場にいるのかと、いたたまれない気持ちが溢れ出してくる。

 そして、バルガとレイリアのさらに奥。

 そこには二人の男女がいた。

 一人は、艶やかな着物に身を包み、こちらへひらひらと手を振る美女。

 もう一人は、固く目を閉じ、腕を組んだまま微動だにしない壮麗な男。その佇まいだけで、ただ者ではないことが嫌でも伝わってくる。

 【癒姫(いやしひめ)】スイレンと、【雷迅】リンドウだろう。

 アランは部屋の中を見渡し、一人ひとりの顔を、これまで見聞きしてきた名前と一致させていく。

 しかし、そこでふと気づいた。


「一人、足りない?」


「……」


 アランの呟きは、おおよそ他の者には聞こえないほど小さなものだった。

 だが、隣に立つシンシアには聞こえていてもおかしくない。

 だというのに、シンシアはその呟きに答えることなく、部屋の奥へと進んでいく。

 その様子には、どこかぎこちなさすら感じられた。

 そう思った、そのとき。

 不意に横合いから気配を感じる。


「やあ。君がアランくんだね?」


 振り向けば、にこやかな笑みを浮かべた男が、こちらへと手を差し出していた。

 アランは少しばかり萎縮しながらも、その手を握り返す。


「どうも……」


 その瞬間だった。

 まるで、深い闇に呑まれるような感覚。

 咄嗟に手を離しそうになるのを堪え、アランは顔を上げた。

 片眼鏡を掛けた、細身の優男。

 見た目の印象だけなら、そんなところだ。

 しかし――明らかにただ者ではない。

 握手を交わしたことで感じ取ったマナ。

 その気配が、どこか異質だった。


「──私はサンク・クライン。ヴァンガードギルドの長をさせていただいているよ」


 気づいたか否か。

 ほんの一瞬、僅かに男の目が細められたような気がした。

 しかし、それを確認するよりも早く、サンクの顔には再びにこやかな笑みが浮かんでいる。

 その笑みの内側に、一体何があるのか。

 そんな疑問が頭をよぎったものの、アランはそれをそっと胸の内へとしまい込んだ。


「で? なぜアラン・ノインを連れてきた? ルーア=シンシア」


 一頻りのやり取りが終わったところで、サンクの後ろに立つ大男が、ようやく口を開いた。

 ウィリウス・バンガルム。

 大柄な体に、獅子の鬣を思わせる金髪。

 現役の頃は相当な実力者として名を馳せたことで知られる、副ギルド長である。

 顔に刻まれた傷や皺。そして鋭い眼光。

 その姿を見れば、かつての話が真実なのだろうと嫌でも納得させられる。それほどの雰囲気を纏った男だった。

 そして、ウィリウスの言葉には、シンシアを咎めるような響きがあった。


「別にいいでしょ。ヴァンガードなんだし、コイツにも多少は関係あるもの」


「だが、これは──」


「まあまあ、ウィリウスくん。僕が許可したんだ。今回は僕の顔に免じて許しておくれ」


 悪びれる様子のないシンシアに、青筋を浮かべるウィリウス。

 そんな彼を宥めるように、サンクが二人の間へと割って入る。苦笑を浮かべながら、落ち着くようにと手を振ってみせた。

 アランはそんなやり取りに、再び萎縮せざるを得なかった。

 そもそも、自分の意思で来たわけではない。

 半ば――いや、完全に無理矢理連れてこられたと言ったほうが正しいだろう。

 肩を落としながら、アランは天位たちの様子を窺う。

 幸い、自分がこの場にいることに腹を立てている者はいないらしい。

 ほとんどが、興味深そうにこちらの様子を窺っている。

 もっとも、一人に至ってはこちらに一切の関心すら示していないのだが。


「あのぅ、俺──」


「ダメ」


 出て行ってもいいか。

 そう言おうとするより早く、シンシアに遮られた。

 アランは睨めつけるような彼女の視線に、恨みがましい目を返す。

 非道すぎる。

 そう思ったアランの肩に、不意に大きな手が添えられた。


「君も大変だな……」


「ウィリウスさん……」


 先ほどの様子から、てっきり気難しい人物なのかと思っていたが、実際はとてもいい人らしい。

 アランの気持ちを汲んでくれたウィリウスに、少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 無論、それだけで居心地の悪さが拭えるわけではないのだが。


「で? 私たちを集めた理由は? ハランドのことでしょうけど」


 緩んだ空気を破り、最初に切り出したのはシンシアだった。

 その言葉に、サンクの笑みが消え、真剣な表情へと切り替わる。

 ウィリウスもアランの肩から手を離し、机の上に置かれた水晶のもとへと移動した。


「耳が早いね。いや、目がいいからかな。なんにせよ、その通り」


 サンクはそう答えると、視線でウィリウスに合図を送る。

 小さく頷いたウィリウスが、水晶へと手を翳した。

 その途端、部屋の明かりが薄くなり、水晶から長方形の光が伸びる。

 そして、空中に一枚の映像が浮かび上がった。

 そこに映し出されたのは、凄惨な戦闘の痕跡が残る現場の光景だった。

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