3.「天位ヴァンガード」
ヴァンガードギルドの一角にある会議室。
そこへと続く廊下を、アランとシンシアはエリナの案内のもと歩いていた。
ギルドの受付横にある扉をくぐった先。普段、ヴァンガードたちが利用している場所など、このギルドのほんの一部でしかない。
そんな場所にヴァンガードが立ち入るのは、何かをやらかしてギルドからお叱りを受けるか、あるいは昇位の手続きを行うときくらいのものだろう。
圧倒的に前者のほうが多いのだろうが。
そんな場所を進むアランの足取りは、目的地に近づくにつれてどんどん重くなっていく。心まで沈んでいくようだった。
そうして大きなため息をこぼしたところで、不意に背中を強く叩かれた。
「うっ」
思わず、アランの口から声が漏れる。
「シャキッとしなさいよ。アンタ、いつまでウジウジしてんのよ」
「お前なぁ……呼ばれてもない俺を巻き込んでおいて、よく言えるよ」
「シンシア。いい加減、名前で呼びなさいよ」
「呼べるかよ……。他の奴らに聞かれたら、どんな目に遭うか……」
アランは項垂れながら答える。
そもそも、アランとシンシアでは階位の隔たりが大きい。
アランは下から三番目。せいぜい中堅といったところの雲位。それに対し、シンシアはたった六人しかいない、ヴァンガードの頂点たる天位である。
本来であれば、こうして話すことはおろか、顔を合わせることすら難しい相手なのだ。
「さっきも言ったけど、私はこれでもアンタには感謝してるの。その私がいいって言ってるのよ」
「さっきも言ったが、気にすんなよ。俺がやったのなんて、最後のいいとこ取りだけだ。感謝される謂れはない」
「嘘。確かにおぼろげだったけど、むしろ私は何もしてない。アンタ以外、考えられないのよ」
「あ、お二人とも。見えてきましたよ~」
そんな言い合いが続く中、エリナのどこか気の抜けた声が前から聞こえてきた。
それに、二人の視線が前へと向く。
アランも薄々、目的地が近いことには気づいていた。
ただ、気づかないふりをしていたのだ。
だが、やはり無視するには無理がある。
廊下の先にある一室。
そこから、凄まじい気配がひしひしと伝わってくる。
気配というより、もはや威圧感とでも言うべきだろうか
。
「……ああ、行きたくねえ。入りたくねえ」
「いいから行く」
アランのぼやきに、シンシアがその襟首を掴む。
半ば引きずられるように連れていかれながら、アランは再び大きなため息をこぼした。
やがて、目的の部屋へと辿り着く。
エリナが三度、扉を叩いた。
「失礼いたします~。シンシア様がご到着されました」
「うん。ありがとう、エリナ」
扉の向こうから返ってきたのは、優しげな柔らかい声だった。
おそらくギルド長だろう。
アランがそう当たりをつけていると、扉が開かれ、室内の様子が露わになる。
広い部屋だった。
中央には長い机が置かれ、その左右には数人の男女が腰掛けている。
そして、アランとシンシアが部屋へ入った途端、一斉に視線がこちらへと向けられた。
その瞬間、アランは重力が増したのかと錯覚するほどの圧を感じた。
「姐さん、遅いっすよ」
最初に声を発したのは、一番手前に座る赤髪の青年だった。
アランとそう変わらなさそうな年齢ながら、その実力で勇名を轟かせる人物。
【炎帝】バルガ・イグニス。
「やめてくださいな、バルガさん。シンシア様もお忙しい身。若輩の私たち如きが口を出すことではありません」
「いいのよ、レイリア。久しぶりね。バルガも」
入って早々、そんな軽口が飛び交う。
シンシアに口を尖らせるバルガを窘めたのは、雪を思わせる美貌を持つ女性。
【氷姫】レイリア・スノーフィールド。
この二人は、ここ最近になって天位へと昇格した実力者たちだ。
無論、天位に必要なのは実力だけではない。
ギルドや市民からの信用。他のヴァンガードたちからの信頼。
それらを得た上で、初めて辿り着くことのできる場所。
それが、この場にいる「天位」のヴァンガードたちである。
そう思い返すたびに、アランはなぜ自分がこの場にいるのかと、いたたまれない気持ちが溢れ出してくる。
そして、バルガとレイリアのさらに奥。
そこには二人の男女がいた。
一人は、艶やかな着物に身を包み、こちらへひらひらと手を振る美女。
もう一人は、固く目を閉じ、腕を組んだまま微動だにしない壮麗な男。その佇まいだけで、ただ者ではないことが嫌でも伝わってくる。
【癒姫】スイレンと、【雷迅】リンドウだろう。
アランは部屋の中を見渡し、一人ひとりの顔を、これまで見聞きしてきた名前と一致させていく。
しかし、そこでふと気づいた。
「一人、足りない?」
「……」
アランの呟きは、おおよそ他の者には聞こえないほど小さなものだった。
だが、隣に立つシンシアには聞こえていてもおかしくない。
だというのに、シンシアはその呟きに答えることなく、部屋の奥へと進んでいく。
その様子には、どこかぎこちなさすら感じられた。
そう思った、そのとき。
不意に横合いから気配を感じる。
「やあ。君がアランくんだね?」
振り向けば、にこやかな笑みを浮かべた男が、こちらへと手を差し出していた。
アランは少しばかり萎縮しながらも、その手を握り返す。
「どうも……」
その瞬間だった。
まるで、深い闇に呑まれるような感覚。
咄嗟に手を離しそうになるのを堪え、アランは顔を上げた。
片眼鏡を掛けた、細身の優男。
見た目の印象だけなら、そんなところだ。
しかし――明らかにただ者ではない。
握手を交わしたことで感じ取ったマナ。
その気配が、どこか異質だった。
「──私はサンク・クライン。ヴァンガードギルドの長をさせていただいているよ」
気づいたか否か。
ほんの一瞬、僅かに男の目が細められたような気がした。
しかし、それを確認するよりも早く、サンクの顔には再びにこやかな笑みが浮かんでいる。
その笑みの内側に、一体何があるのか。
そんな疑問が頭をよぎったものの、アランはそれをそっと胸の内へとしまい込んだ。
「で? なぜアラン・ノインを連れてきた? ルーア=シンシア」
一頻りのやり取りが終わったところで、サンクの後ろに立つ大男が、ようやく口を開いた。
ウィリウス・バンガルム。
大柄な体に、獅子の鬣を思わせる金髪。
現役の頃は相当な実力者として名を馳せたことで知られる、副ギルド長である。
顔に刻まれた傷や皺。そして鋭い眼光。
その姿を見れば、かつての話が真実なのだろうと嫌でも納得させられる。それほどの雰囲気を纏った男だった。
そして、ウィリウスの言葉には、シンシアを咎めるような響きがあった。
「別にいいでしょ。ヴァンガードなんだし、コイツにも多少は関係あるもの」
「だが、これは──」
「まあまあ、ウィリウスくん。僕が許可したんだ。今回は僕の顔に免じて許しておくれ」
悪びれる様子のないシンシアに、青筋を浮かべるウィリウス。
そんな彼を宥めるように、サンクが二人の間へと割って入る。苦笑を浮かべながら、落ち着くようにと手を振ってみせた。
アランはそんなやり取りに、再び萎縮せざるを得なかった。
そもそも、自分の意思で来たわけではない。
半ば――いや、完全に無理矢理連れてこられたと言ったほうが正しいだろう。
肩を落としながら、アランは天位たちの様子を窺う。
幸い、自分がこの場にいることに腹を立てている者はいないらしい。
ほとんどが、興味深そうにこちらの様子を窺っている。
もっとも、一人に至ってはこちらに一切の関心すら示していないのだが。
「あのぅ、俺──」
「ダメ」
出て行ってもいいか。
そう言おうとするより早く、シンシアに遮られた。
アランは睨めつけるような彼女の視線に、恨みがましい目を返す。
非道すぎる。
そう思ったアランの肩に、不意に大きな手が添えられた。
「君も大変だな……」
「ウィリウスさん……」
先ほどの様子から、てっきり気難しい人物なのかと思っていたが、実際はとてもいい人らしい。
アランの気持ちを汲んでくれたウィリウスに、少しだけ心が軽くなるのを感じた。
無論、それだけで居心地の悪さが拭えるわけではないのだが。
「で? 私たちを集めた理由は? ハランドのことでしょうけど」
緩んだ空気を破り、最初に切り出したのはシンシアだった。
その言葉に、サンクの笑みが消え、真剣な表情へと切り替わる。
ウィリウスもアランの肩から手を離し、机の上に置かれた水晶のもとへと移動した。
「耳が早いね。いや、目がいいからかな。なんにせよ、その通り」
サンクはそう答えると、視線でウィリウスに合図を送る。
小さく頷いたウィリウスが、水晶へと手を翳した。
その途端、部屋の明かりが薄くなり、水晶から長方形の光が伸びる。
そして、空中に一枚の映像が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは、凄惨な戦闘の痕跡が残る現場の光景だった。




