11.「持つべき者」
11.
「ヘリック……」
腕を拘束され、椅子に腰掛ける男の名を口にする。アランは、向けられた視線を、真っ向から見つめ返した。
腕につけられた拘束具以外に、動きを制限するような拘束は見当たらない。いや、腕の拘束具にはいくつかの紋様が刻まれている。
おおよそマナそのものを制限する様な術式が組み込まれているのだろう。アランはそう推測を立てた。
「よぉ。元気そうじゃねェか」
小さく笑みを浮かべながら、ヘリックがいう。その言葉には、どこかいつもの威勢は感じられなかった。
そんなヘリックに、なんで声をかけるべきなのか、アランは逡巡する。しかし、そんなアランに、ヘリックが声を掛けた。
「気ィなんぞ使うんじゃねぇ。アレは俺がやったことだ。魔剣に当てられたとはいえ、俺自身がやったことだ」
そんな言葉に、アランは口を結んだ。確かにヘリックの言う通りなのだろう。だが、それでも後悔はある。あの時のヘリックの感情は、確かにアランに向けられていたのだから。
「罰は受ける。テメェが後悔することじゃねぇ。俺の弱さが付け入る隙を生んだんだ」
「殊勝ね。で?」
「ウルセェ。テメェはスッこんでろ」
そんなヘリックの言葉に、アランは目を見開いた。今までなら、シンシアとはいえ自分よりも階位の上の相手にこんなことは言わなかったはず。どんな心境の変化があったのか、予想もつかない。
そんなアランをよそに、額に青筋を立てるシンシアだったが、ヘリックの視線はアランへと向けられたままである。
「アンタ──」
「俺に魔剣を渡したのは黒ずくめのやつだ。声からして男だった。顔は見てねェ」
何かを言おうと口を開いたシンシアだったが、それを遮る様にヘリックが言葉を紡ぐ。
それは、今回の件の糸を引く人物の示唆である。それには、シンシアもエリナも驚きを隠せずにいた。
その中で、アランだけが違った顔をしていた。
「とんでもねェ実力の持ち主だぜ。殺そうと思えば殺せたはずだ。なのに剣だけ渡して消えやがった」
「黒ずくめの、魔剣を持った男……」
ポツリと呟くアラン。その脳裏に、過去の記憶が蘇る。
業火に包まれた故郷。黒黒い鎧を纏った、獰猛な笑みを浮かべる男。そして、血の様に真っ赤な魔剣。
しかし、アランは咄嗟に頭の中に浮かび上がったそれを、振り払うかの様に首を振った。
そんなはずは無い、とは言い切れない。だが、そうだ、とも言い切れない。歯痒い気持ちが胸の内に広がった。
「アラン・ノイン。テメェはなんなんだ?なんであんな剣を持ってるのにその力を使わない」
そんな様子のアランに、ヘリックから声が掛けられる。その言葉に、アランは呼吸を整えた。ヘリックの顔を、強い意志が籠る目で見つめる。
「言ったろ。力は示すモノじゃ無い。オレは──」
「『持つべき者は持たざる者のために』か? テメェはどうなんだ」
アランは、ヘリックの言葉に、すぐに返すことができなかった。そんなアランへ、更にヘリックは続ける。
「ご大層な魔剣を集めて、まだ力を隠すつもりか?」
「……それは」
言葉が詰まる。
アランは、自分の腰にある魔道書へと視線を落とした。
危険な魔剣を集め、収蔵する。
それが自分の選んだ道であり、これまでの目的だった。
だが、ヘリックが問うているのは、そんなことではない。
自分が持つ力を、これからどう使うのか。
ただ、それだけのことだった。
「……さぁな」
結局、アランの口から出たのは、そんな曖昧な言葉だった。
「チッ。相変わらず、締まらねェ野郎だ」
ヘリックはそう吐き捨てると、椅子の背もたれに体を預けた。
アランは何も言い返さなかった。
ただ、ヘリックの言葉だけが、胸の内に残っていた。
それから少し。
アランとシンシアはギルドへと戻り、いつもの酒場に顔を出していた。
ヘリックとの尋問は、思っていた以上にスムーズに進んだ。というより、彼が言っていた内容以上のことは、ヘリックにも分からないらしい。
だが分かったことはある。
ヘリックはただ利用されただけということ。裏で糸を引く者がいるということ。
少なくとも、それだけは分かった。
「ま、仕方ない。ヘリックの奴も結局ひと月の謹慎と階位の降格で済んだしな」
「剥奪でも良かったでしょ」
まぁ、確かに剥奪でもおかしくはない。だが、今回に関しては、対応に出たヴァンガードを除き、負傷者が出なかったことが大きいだろう。ギルドの職員を含め、一般の市民には一切の被害が出ていない。
ギルドの内部だけでことが及んだという部分もある。内々で処理できた、という事だ。
とはいえ、本人も罪を認めているが、ギルドに剣を向けたのも事実だ。
故に風位への降格とひと月の謹慎処分。ということである。
「素直に尋問にも応じてるし、なんか憑き物が落ちたみたいな感じだな」
「まぁ、そうね。アレなら近いうちに星位には上がれるんじゃない?」
「かもな」
アランはシンシアの言葉に苦笑を浮かべながら頷く。しかし、その心では未だヘリックの問いへの答えが蟠りを作っていた。
「で? アンタはどうすんの?」
どうするのか。それは、ヘリックと同じ意味の言葉なのだろう。
アランは、少しばかり顔を俯かせた。返す言葉をさがす彼に、シンシアは言葉を重ねる。
「アンタ、なんで魔剣なんて集めてるの?」
「──。魔剣てのは、善にも、悪にだって転ぶ危ない力だ。でも、結局は人が振るうものでしかない。その力が無辜の民に向けられるのは違うだろ」
アランは、肩をすくめながら言う。確かに、アランの胸の内にはそんな思いが確かにある。
だが、ヘリックの言葉が未だ胸の内に蟠りを残している。
どうするべきなのか。それは正直なところアランにも分からない。剣を集め、どうするのか。その答えは、アランの中にもまだなかった。
ただ、今言えることはひとつだけだった。
「なんにせよ。魔剣が絡んでくる以上、オレはもう傍観者じゃいられないのかもな」
面倒ごとの気配しかしないが、かつて誓ったことだ。なすべき事をなす。今アランにできるのはそれだけだった。
そう告げるアランに、シンシアは小さく微笑んでみせた。
その時だった。
二人が話す酒場が併設されたギルドの扉が、勢いよく開く音がした。
「おい、みんな!エラントの飛行船が戻ってきたぞ!」
焦る様な声がギルドの中に響き渡る。アランが振り返ると、そこにはヴァンガードの一人と思しき男が入り口から入ってきたままの状態で叫んでいる光景だった。




