12「エラント」
エラント。
ヴァンガードとして活動する者であれば、この名前を知らない者はいないだろう。
斯く言うアランも、その名前は耳にしたことがある。
天位のヴァンガード、バルガとレイリア。それぞれが率いるクランと同様に、非常に有名なクランである。知名度という意味では、その二つよりも有名かもしれない。
というのも、彼らのクランは、いまだ世界各地に傷跡を残す数年前の大災害、『魔神災害』の渦中にいたと言われている。
戦いを生き延びた強者たちであり、同時にトラブルメーカーでもある、というのが他のヴァンガードたちの共通認識だった。
そんなエラントが帰ってきた。
その言葉は、ギルドにいた皆の表情を、それぞれ変化させていた。あまり知らない者は有名クランの登場に喜色を浮かべ、ベテランの者たちはどこか苦い顔や、面倒くさそうな表情を浮かべている。
そんな中、アランは遠巻きにその光景を眺めながら、シンシアへと問いかけた。
「このタイミングで帰ってくるってことは、なんか連絡でも行ったのかね」
「ま、そうでしょうね」
正直なところ、アランがエラントについて知っていることは少ない。
それこそ、名前とそのリーダー、クランの功績ぐらいのものである。
そのエラントの中でも、特に有名なのはオリヴィア・グランベルク。そしてオルト・ウルファンという二人の女性ヴァンガードである。
なんでも天位に最も近いとかなんとか。
その実力を間近で見たことのないアランにとっては、噂程度のものではあるが。
そんなふうに考えていると、再びギルドの入り口に人の気配がした。
目を向けると、そこには簡単な鎧に身を包んだ大男と、どこかスイレンに似た雰囲気の女性の姿。それに続いて、森の民の男の姿があった。
「あの人……」
「スミレ。エラントのメンバーだけど、ヴァンガードじゃなかったはずよ」
「なんでそんな人が……」
「ま、なんとなくわかったわ。エラントが来た理由」
シンシアは腕を組み、ギルドの職員が待つ方へと歩みを進める彼らを眺めている。そんな彼女の横で、アランはシンシアが思い至ったことを理解できず、頭の上に疑問符を浮かべていた。
そんな最中、エラントの森の民の男が、こちらへと視線を向けた。彼はこちらの姿を認めると、大男とわずかに会話を交わした後、こちらへと歩く方向を変えた。
「ん? なんかこっち来てないか……?」
そう思ってシンシアを見ると、彼女は背筋を伸ばし、歩み寄る彼を見つめていた。
「やぁ。シンシア、久しぶりですね」
「ルーシャも、お変わりないようで」
「お互い聖地を出た身だ。そう畏まらなくても大丈夫ですよ」
ルーシャ、と呼ばれた男性は、柔らかな笑みを浮かべて二人の前で歩みを止める。その正面に立つシンシアは、どこか畏まったような雰囲気である。
普段とはまるで違う彼女の姿に、アランは少しばかり笑いを堪えた。
そんなアランに気づいたのか、ルーシャが視線を向けた。
「彼は?」
「アラン。今は私と行動を共にしてる人です」
「どうも……」
「初めまして、アラン。私はルーシャ=シアと申します」
綻ぶような柔和な笑み。優しく差し出された手を握ると、やんわりと包み込まれるような感覚を覚えた。まるで、長年の知己であるかのような安心感、とでも言おうか。そんな心地よさが感じられた。
森の民の持つ美しい容姿も相まって、惹き込まれてしまいそうになるほど。
そう思っていると、シンシアがスッと前に出た。
こうしてみると、やはり森の民というのは見目麗しい連中が多いと実感する。ルーシャと名乗ったこの男もそうだが、シンシアのその容姿も美しいのに間違いはない。ただ、人の話を聞かなすぎるところがあるが。
「ルーシャ、貴方たちが来たのは──」
「えぇ。スイレンさんの治療のためです」
シンシアの言葉に、ルーシャが答えた。その口ぶりからすると、彼か、あるいはスイレンたちと同じ龍族の彼女が治癒士なのだろう、とアランは当たりをつける。
いや、先ほどのシンシアの言っていたことからして、スミレという人物がそうなのだろう。
「貴方が思っている通りです。アラン」
「あはは……」
柔らかく微笑みながら、そう告げるルーシャに、アランは乾いた笑みを漏らす。心を読まれたのかと思うほど自然に言うものだから、アランの笑顔は少しばかり引き攣っている。
そんなに顔に出ていただろうか、と知らず知らずのうちに自分の顔に手を当てていた。
「さて、私はそろそろ行きます。ハーロックやスミレを待たせるわけにもいきませんからね」
「えぇ、分かりました。スイレンのこと、よろしくお願いします」
頭を下げるシンシアに倣い、アランも頭を下げる。そんな二人に、ルーシャはにこやかに頷いた。
去っていく背中を眺めながら、シンシアが緊張をほぐして椅子へと腰掛けるのを横目で捉えた。その視線が、どこか刺々しいものに変わっているのは勘違いではないだろう。
「なによ」
「いや、お前もそんな風になるんだな、と思って」
「なるわよ。ルーシャは森の中じゃ王族に連なる人なの。私みたいな狩人とは天と地ほども違うわ」
「ふーん」
アランも腰を下ろし、残っていたグラスの中身で口を潤す。
「まぁ、森の民のことはよくわからんけど、お疲れさん」
「今日は戻って休むわ。アンタは?」
「オレは工房に行くよ。剣の手入れだ」
「そう。気を付けなさいよ」
「お前こそ」
そんなやり取りを交わし、席を立つシンシアの後ろ姿を見送ってから、アランはゆっくりと席を立った。




