10.「魔剣目録」
──魔剣。
古代の職人によって作られた、あるいは迷宮から発見される、特殊な力を持つ剣のことだ。
それぞれが強力な力を有し、振るう者に力を齎す剣。それが、魔剣である。
ヘリックが今振るうその剣も、魔剣の一振りだろう。
魔剣の中には、人の心を支配するものも多くある。ヘリックの姿は、まさしくそれそのものと言える。
怒りを露わにするたびに、憎悪を口にするたびに膨れ上がる禍々しさ。
そして、育ち切った悪感情を糧に、所持者を強化する。そういった類のものだろう。
その悪辣さには辟易する。
アランは心の中でそう吐き捨てた。
「悪いな。シンシア、手は出さないでくれ」
「……そ。分かったわ」
立ち上がるアランに、シンシアは弓を収める。マナの光となったそれが、彼女の中へと戻っていく。
その様子を見て、アランは笑みを浮かべた。
本当は使いたくはなかったが、ここまで魔剣に侵食されているヘリックを前に、もはや使わないという選択肢はない。
アランは腰の本を手に取った。
「魔道書なんて取り出して、一体何するつもりなんだよ、あぁ?」
剣を肩に担ぎ、煽るようにヘリックが言う。
「見せてやるよ。魔剣の使い方ってのを」
アランは留め具を外し、本を開いた。
すると、頁がひとりでに捲られる。それは何頁かを巡り、止まった。
「“星剣・パーシアス”」
アランがその名を口にした瞬間、光が走る。
空を模した天井に、星が浮かび上がった。その無数の星がアランの手を目掛け、流星のように降り注ぐ。
その光が止む頃、アランの手には一振りの剣が握られていた。
それは、まるで星空を束ねたかのような剣だった。
「テメェ……」
「魔剣を扱う上での大事なことを教えてやる。
──魔剣に使われるな」
刹那、本を手放し、アランが駆ける。
マナによる身体強化の精度が上がる。
今までとは比べ物にならない速さ。それに、ヘリックの顔が驚愕に彩られた。
「テメェ、何だそりゃあ!」
「悪いな、時間はかけられないんでね」
何とかアランの斬撃を防いだヘリック。しかし、その衝撃に苦い表情を浮かべる。
星剣・パーシアス。星の力を宿す武具の一振り。強大な力をもつ魔剣である。だが、その代償として使う者のマナを喰らう。
マナとは、あらゆる存在が生み出す魂の力である。
生来、アランはそれほど多くのマナを持たない。だからこそ、身体強化を限界まで高め、早期決着を望んだのだ。
ぶつかる剣と剣が、激しい火花を散らす。
だが次の瞬間には、アランの繰り出した蹴りによって、ヘリックの体が吹き飛んでいた。
「ぐっ」
短い呻きと共に、ヘリックが地面を転がる。
「テメェ、隠してやがったのか……! 嗤ってやがったのか!」
「嗤ってたつもりはない。隠してたつもりは……まぁ、多少あるけどな」
魔剣というのは、それぞれが強力な武器である。故に、それを手に入れようとする者は多いだろう。それが正しく使われるなら、それでいい。
けれど。
「けどな、お前みたいに、力を示すために魔剣を振るうのは違う」
アランの瞳が、強い意志の光を宿す。その目を見たヘリックは、眉を顰めてみせた。
「そんな綺麗事……」
「『持つべきものは持たざる者の為に』。なぁ、ヘリック、お前は何でヴァンガードになったんだ?」
アランの問いかけに、ヘリックの表情が曇る。彼の手に持つ魔剣が、赤黒い力を纏った。
「ウルセェ……うるせぇぇぇ!」
高々と振り上げた剣。それが振り下ろされる。ヘリックの剣から、赤黒い力が斬撃となって放たれた。
アランは顔の前に剣を構え、ただ言葉を紡いだ。
「“流星群”」
刹那、刃に宿る無数の星が、幾条もの輝きとなって放たれる。
それは、赤黒い斬撃を真正面から貫いた。斬撃が霧散し、星の光に呑まれて消える。
「終わりだ、ヘリック」
「クソがァァァァァァァァァァ!」
未だ怒りや憎悪をたぎらせるその目を、アランは真正面から見つめ返した。
ヘリックの体から溢れるマナと、剣から溢れる赤黒い力が一つとなる。
しかし、それよりも早く、アランの剣が振り下ろされた。
星の煌めきが、斬撃となって放たれる。
やがて、光は収束する。
そこには、剣を手放し、地面に横たわるヘリックの姿と、それを見下ろすアランの姿があった。
アランは星剣を一振りすると、それを鞘に収めるように腰へと戻す。すると、星剣は光となり、いつの間にか腰に戻っていた魔道書に吸い込まれて消えた。
「なるほどね、魔剣目録ってわけか」
そんなアランの横に、シンシアがいつの間にか立っていた。その視線は、アランの腰の本へと向けられている。
「あんまり言いふらすんじゃねえぞ。面倒事はゴメンだ」
「そんな物騒なものばっか集めて、何が“面倒事はゴメンだ”よ」
やれやれとばかりに首を振るシンシア。それを尻目に、アランは倒れているヘリックへと歩み寄った。
息はある。もちろん、もとから命を奪うつもりなんてない。とはいえ、命を奪わずに済んだことに、アランは安堵の息を漏らした。
「コレ、どうするの?」
落ちた剣を指差し、シンシアが言う。それに、アランは腰の本を手に取り答えた。
「一応回収する。誰の手に渡るか分からないからな」
本を手に、アランが言葉を紡ぐ。
「“魔剣目録”“開帳”」
すると、星剣を取り出した時と同様に、本の頁がひとりでに捲られていく。そして、何も書かれていない頁を開き、止まった。
「“収蔵”」
その言葉と共に、落ちた魔剣がゆっくりと浮かび上がり、光となって本に吸い込まれていく。
その光が収まると、頁には先ほどまでそこにあった魔剣と同じ姿の絵が描かれていた。
「『狂乱の魔剣』か。悪い感情を増幅させて狂わせるってところか」
アランはそう呟き、本を仕舞う。そして歩き出そうと一歩踏み出したところで、勢いよくその場に倒れ込んだ。
「あー……悪いんだけど、オレのこともよろしく……」
アランはその言葉を最後に、意識を手放した。
薄れゆく意識の中で、名前を叫ぶシンシアの声が聞こえた気がした。
──────
ヘリックの一件から数日。アランは、横になっていたベッドからゆっくりと体を起こした。
まだズキズキと体の節々が痛んでいる。
マナによる身体強化を跳ね上げた代償、とでも言おうか。本来以上に強化を重ねた影響が、この全身の痛みである。
「……アンタにはお似合いね」
ふと、部屋の入り口の方から、最近聞き慣れた声が聞こえた。それに振り向くと、半眼のシンシアがそこにいた。
その姿を見るなり、アランの顔が僅かに曇る。
「また来たのか……」
「またってなによ?」
アランの一言に、シンシアの怒気が増した気がする。大きなため息をこぼすシンシアに、アランは顔を背けてみせた。
「ほら、さっさと支度しなさい」
その後の経緯については、目覚めてすぐにぶたれながら、彼女から聞き及んでいる。
どうやらヘリックは拘束され、ギルドにある独居房で捕らえられているらしい。
今日はその尋問に立ち会うという話になっている。
「分かってるよ……」
倒れたアランに関しても、シンシアが運んでくれたらしい。そんな彼女を邪険にはできず、アランはただ小さくなりながらベッドから這い出した。
「で、独居房ってのはどこにあるんだ?」
「さぁ? 案内してくれるらしいわ」
病室を出て、ギルドのホールへとやってきた二人は、歩きながらふと首を傾げた。
一応ギルドの敷地内にあるという話だが、場所に関しては心当たりも特にない。まぁ、当たり前ではある。
ちなみに、アランがいた病室もギルド内にあるものである。本当に何でもあるなぁ、と心の中で思うアランだった。
「あ、シンシアさん、アランさん!」
そんなことを思っていると、忙しない足音が聞こえてきた。
アランとシンシアが音のする方へ振り向くと、そこにはもはやお馴染みとばかりに、エリナの駆け寄る姿があった。
「あら、案内してくれるのってエリナ?」
「はい〜」
ほんわかとした笑顔に、アランが少しばかり癒されていると、横から脇腹を突かれる。
そちらに目を向けると、なぜか気持ち悪いものでも見るような視線が向けられていた。
「コホン。それじゃエリナさん、案内お願いします」
アランは誤魔化すようにエリナへと頭を下げる。そんなアランに向けられたため息が聞こえた気がするが、知らないふりを決め込んだ。
「独居房ですね〜。ちょっと目を閉じててくださ〜い」
厳重なものだと思いつつ、言われた通りに目を閉じる。
このままどこかに連れて行かれるのか、なんて思っていると、一瞬、浮遊感にも似た感覚を覚えた。
すると、再びエリナの声が聞こえた。
「もう目を開けていいですよ〜」
早くない? という疑問は尽きないが、このギルドであればまぁ不思議ではないか、というのが正直な感想である。なにせギルド証から声が届いたりするのだ。
ちなみに、あれはギルド本部からの一方通行で、天位ヴァンガードのギルド証にのみ備わっている機能らしい。
目を開ける。
すると、うっすらとした明かりが目に入ってきた。どうやら薄暗い部屋であるらしい。
アランは周囲を見回しながら、暗がりに目を慣らした。
あまり広くはない。物静かで、どこか閑散としている。部屋の真ん中には机があり、その向こうに、こちらを向く目があった。
その目の持ち主、その顔。
紛れもなく、ヘリックだった。




