9.「ヘリック・ディロウ」
ギルドの地下、そこに常設された空間。それは、ヴァンガード達の昇位の際や、ヴァンガードになる為に受ける試験の時に使われる試験場である。
広々とした空間に、荒地を再現したような風景が広がる。
そこに、対峙する二人の男がいた。
一人は目を血走らせ、禍々しい気配を漂わせる剣を携えた男。ヘリック。彼は獰猛な笑みを浮かべ、対峙するアランを見つめている。
「よぉ【刃無し】、斬られる覚悟はできたのか?」
「ヘリック……、落ちぶれたもんだな。お前はもっとマシだと思ってたよ」
「……何回言やァ分かる? ヘリック『さん』だろうがァ!」
怒りと共に、ヘリックの体から、暴風のようにマナが力となって溢れ出す。
その衝撃に吹き飛ばされまいと、アランは足に力を込め、踏ん張った。
剣を握る手に力を入れる。普段のヘリックとは比べ物にならないほどの圧が、アランには感じられた。
おおよそ、奴の持つ剣は悪意や悪感情を増幅させ、力を高める類の魔剣なのだろう。
「そんなモンに振り回されやがって……」
「ハハッ、もう後戻りは出来ねぇんだ。やっとお前を殺せる」
剣の鋒が、アランへと向く。
ひしひしと感じる殺気から、ヘリックの殺意が本物であることが窺える。嫌われている、ということは自覚していた。だが、ここまでとは。アランはその事実に歯噛みする。
剣を構える。
瞬間、ヘリックの姿が眼前から消える。
それに合わせて、アランも剣を横へと滑らせる。
──ギィィィィン、という甲高い音が、試験場の中に響き渡った。
現れたヘリックの剣が、アランの剣と交差する。
剣を受け止められるとは思っていなかったのだろう。ヘリックの顔は、わずかに驚きを見せている。
ギリギリと剣が火花を散らす。
「こんなモンどこで見つけてきた」
「さぁなぁ!」
「くっ……」
ヘリックの剣が、さらに力を増す。体ごと弾き飛ばされたアランは、体勢を崩しながらも、追撃を躱す。
アランとヘリックの剣戟が、無数の火花を散らす。ヘリックの猛攻を、アランはすんでのところで捌いていく。
速さはさほどない。リンドウと比べれば、まだまだ遅い斬撃だ。だが、厄介なのはその膂力。
押し込まれそうになるほどの一撃に、アランの体力が削られていく。
「それで強くなった気かよ、ヘリック」
「ナンだと?」
「魔剣の力に頼って、強くなったつもりなのかよ」
アランの声には、怒りのようなものが滲んでいた。鋭い視線が、ヘリックを貫く。
普段とは違う雰囲気に、ヘリックは思わず後ろへと下がる。
「アンタ、そんなんじゃなかったはずだ」
アランの知るヘリック。
確かに、アランを目の敵にし、会うたびに突っかかってくる面倒な奴だ。だが、自身の研鑽は怠らず、依頼には真摯に取り組む。そんな人物だった。
そんな男が、いまは魔剣を手に暴れている。
そんなものを自分の力として振るうヘリックにも、怒りを覚える。
「何がアンタをそうさせたんだ」
「ベラベラとウルセェなぁ。アラン・ノイン!」
ボサボサになった金髪を掻き上げ、鋭い双眸をアランへと向けるヘリック。
怒りのボルテージが上がる。心なしか、魔剣から溢れる禍々しさが一段増したような気配さえする。
「オレを認めねぇギルドも、ダラダラとまともに依頼も受けねぇテメェも、反吐が出る」
「……そうかよ」
アランへと向けられた魔剣の鋒。その刃が、心臓の鼓動のように脈を打つ。
その度に、少しずつ禍々しさが増していく。ヘリックの心を、さらに支配しようとしているのだろう。
感じる怒りが、さらに増していく。
「気にくわねぇなぁ、その態度。まるで関係ねぇみてえな面しやがって」
ヘリックの双眸が細められる。
その瞬間、ヘリックが地面を蹴った。先ほどよりも速く、鋭く、アランの懐へと入り込む。振り上げられた剣が、アランの体を両断しようと迫る。
だが、アランは身を捩ってそれを躱した。しかしその鋒は、アランの頬を掠めたらしい。わずかに痛みが走る。
その傷を確認する暇など与えず、ヘリックの剣が再び奔る。
その斬撃は、アランの剣によって防がれた。
振り下ろされた剣を、両手で握った剣で受け止める。
だが、さらなる強化を得たヘリックの剣は、その重さを増している。ギリギリと押し込まれる剣に、アランの剣が悲鳴をあげた。
「この剣ごとぶった斬ってやる」
ヘリックの凄まじい膂力に押し込まれ、アランの膝が沈む。
剣がその肩へと触れる。いや、徐々に食い込んでいく。
焼けるような激痛が肩に走り、アランの顔が苦悶に歪んだ。
その時だった。
ヘリックの後方、そこから無数の矢が飛来する。
「チッ」
小さく舌打ちをし、ヘリックは振り返りざまにその全てを打ち落とす。
落ちた矢が、光となって砕け散った。
マナを収束した矢だろう。
その矢が放たれたということ。それはすなわち──
「随分雰囲気が変わったわね」
弓を構え、新たに矢を収束するシンシアが、そこに居た。




