第44話:空を縫う声、あるいは歩く煉瓦倉庫
グラズヘイムの戦場を覆う、存在を消去する「黒い霧」。
隠密を破られ、絶体絶命のシノの脳裏に、届くはずのないショウの声が響きます。
「(シノ……! くそ、なんて冷たい感覚だ……!)」
王都へと急ぐ道中。ショウの糸を通じて流れ込んでくるのは、凍りつくような「虚無」の気配だった。シノが今、自分という存在が世界から削り取られる恐怖に直面していることが、痛いほど伝わってくる。
同時刻、要塞都市グラズヘイム前。
シノは、絶望的な逃走劇を繰り広げていた。
戦場を覆い尽くしたドス黒い霧。それは意志を持つ獣のように蠢き、完璧な隠密状態にあるシノを正確に捉え、巨大な塊となって押し寄せてくる。
「(……どうして!? 姿も魔力も消しているのに、霧が追いかけてくる……!)」
逃げ場のない死の抱擁が、背後に迫る。霧に触れた瞬間、彼女の存在確率はゼロになり、この世から消滅する。焦燥が、かつてない恐怖へと変わろうとした、その時だった。
『――シノ! 今すぐ逃げるんだ!』
「え……?」
頭の中に、直接ショウの声が響いた。驚きに目を見開いた彼女の脳裏に、ショウの思考が直接流れ込んでくる。
『分かった! 概念:隠蔽重ね掛け、疾風、そして空気抵抗なしを遠隔で縫いつける!』
次の瞬間、シノの体が羽のように軽くなった。彼女を縛っていたあらゆる物理法則が、遠く離れた仕立て屋の手によって上書きされたのだ。
爆発的な加速。シノは一瞬にして黒い霧を突き放し、夜の闇へと消えた。霧の塊は目標を見失い、戸惑うように戦場へと戻っていく。
(……たすかった。ありがとー、ショウ!)
シノは油断せず、さらにスピードを上げて拠点の図書館へと向かった。
「……はぁ、はぁ、……繋がった……!」
王都の外れ。ショウは激しく消耗し、その場に膝をついた長距離離れた概念を上書きする荒業。負荷は凄まじかったが、糸から伝わる鼓動は「生存」の喜びへと変わっていた。
一安心したところで、俺たちは遺跡の壁へと辿り着いた。ブロックの一つがスライドし、隠し扉を開けてくれる。中へ入ると、そこではゼスタが目覚めた少女、リリティアと向かい合っていた。
「……戻ったよ、ゼスタ」
俺の声に、少女が少し怯えたようにこちらを見た。銀糸のような髪が揺れ、深い紫の瞳がショウを射抜く。
「……神の加護を、受けていますね」
「わかるの?ぼくは平和の神、彼が知識の神の加護を受けている」
少女の澄んだ声が、静かに響いた。エリオが息を呑む。
「……この世界の神ではないようですね。加護を授けることができるのは、一人だけで……今、神は深い眠りについている」
「そこまでわかるんですか?」
「はい。私たちリリティアシリーズは、世界の記憶「アカシックレコード」を直接閲覧するために製造されました。……しかし、その能力のほとんどは失われたようです」
リリティアが悲しげに告げる。
「知識の神……みたいなものかな」
エリオの問いに、リリティアは首を振った。
「近いと思います。でも、知識の神は『全てを知っている』。私たちは『読めるだけ』。アカシックレコードを、時間をかけて調べないといけない……。でも今はほとんどのことにアクセスできなくて……読むことができないんです」
「封印の書のことは? 神殺しは? なぜ神殺しを……?」
ショウの問いに、リリティアは顔を歪め、小さな頭を抱えた。
「アクセスできない……頭が痛い……思い出せない……!」
「……ごめん、無理をさせた」
俺は外套に、即座に【概念:鎮痛、回復重ね掛け、睡眠】を縫い付けた。
「無理させちゃったね、ごめん。ゆっくり休もう」
毛布をかけると同時に、彼女は穏やかな寝息を立て始めた。
「とりあえず、ここから移動しよう。……T3、どうやって移動するんだ?」
『この施設のシステムを起動します。……歩いて、地上へ出ます』
「でかいT3が……歩くのか?」
『肯定します。テイラー、地上に出ると探知されます。隠蔽用のマントの用意を』
「了解。出たら即座にかぶせる布を作るよ」
遺跡が大きく鳴動し、周囲で地殻が砕ける凄まじい音が響く。図書館全体が、ゆっくりと斜め上へと浮上し始めた。
『地上に、出ました』
T3の声に促され、俺は外へ飛び出した。
夜空の下に現れた移動要塞「グラウンド・テラー」を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
巨大なゴーレムを想像していたのだが、そこに立っていたのは――煉瓦造りの巨大な倉庫に、不格好な足が四本生えている、あまりにもシュールな異形だった。
「……かぶせる布、とんでもないサイズが必要だぞ、これ!」
29歳、成人男性。
移動要塞(歩く煉瓦倉庫)を隠すための、世界一巨大なマント。
そして、足元には穴が開いている。こちらも隠さないとダメだ。
俺は、夜空を覆うほどの布を編み上げ始めた。
第44話をお読みいただきありがとうございました!
遠隔での概念縫製によるシノ救出と、ついに地上へ姿を現した移動要塞「グラウンド・テラー」のシュールすぎる姿。
いつも応援ありがとうございます!次回、お楽しみに!
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※AIとの共同執筆作品となります。




