第四章 金獣の逆鱗(五)
――まぶしい。
瞼の裏にまで突き抜けてくる日差しが急速にカレンの意識を浮上させる。
完全には目覚めきることができないまま目を開け、ぼんやりと見つめる先には磨きこまれた木板――寝台の天蓋があった。
妙だな、と思ったのは一瞬。
「おはよう、カレン」
右耳に届く甘やかな声が、完全に思考を吹き飛ばした。
「……え?」
「あれ? ねぼけてる?」
寝ぼけているわけではない。ただ単純に状況を理解したくないだけだ。現実だと認識したくないがゆえの逃避に違いないのだが、カレンはそれすらも認めたくなかった。
柔らかな枕に頭を沈めたまま、無言で天蓋だけを見据える。こうしていれば先程の声の主が霞みのように消えてくれる――わけもなく。
「ふうん――。それじゃあ、昨夜のことは覚えてる?」
戯れを仕掛けてくる性質の悪い、けれどよく知っている声音は、幻聴でもなんでもない。
昨夜、自分は一体なにをしでかしてこんなことになったのか。眠り込む前の曖昧とした記憶に愕然とした。
――ありえない。
本来、カレンは人前で眠ることができない。もともとの気質というよりも性別を偽って過ごした経歴が多分に関係しているのだろうが、物心ついてから人のいるところで眠ったことはないし、眠り込んでいても些細な物音や気配ですぐに目が覚める――覚めるはずなのだ。
「その様子だとあまり覚えていない? 大丈夫だよ、安心して。責任はちゃんと取るから」
ちょっと黙っててください、と咽喉元まででかかった言葉を飲み込む。さすがにこの状況で責任とくれば、何のことか理解できる。
――責任を取るなんぞ、気楽に使っていい言葉ではないだろう。いやそれよりもなにがあったんだ。わたしはなにをした。
苦虫を大量に噛み潰したかのごとく、カレンの眉間に縦皺がくっきり刻まれた。なにも覚えていない――だから何事もなかった、いうわけにはいかない。
肩まで掛けられていた柔らかなリネンを持ち、真っ白なシーツの上に片手をついてむくりと起き上がる。
「なぜあなたがいるんですか」
右側に寝そべったままのリューイを見下ろす。なぜわたしがここにいるんですか、とカレンが尋ねなかったのは、記憶がないとわざわざ肯定したくなかったからだ。
「それはここが僕の寝室だからだろうね。本当に覚えてないの?」
肘を突いて半身を起こしたリューイから尋ねられるが、答えられなかった。
昨晩の舞踏会では大失態を演じた。リューイの寝室に連れ込まれ、色々あった挙句、なぜか私室で勧められた果実酒に口をつけて……。
報告を終えたフロイが部屋を出て行ったところまでは思い出せた。自らの意思でこの寝室に潜んでいたことも。だが、断じて寝台に潜り込んだりはしていない。
「カレン」
やや癖のある濃い金髪が視界の中でふわりと揺れる。下からリューイが覗き込んでいた。
見透かすような碧に見つめられると、途端に考えがまとまらなくなる。
「近いです、離れてください」
遠ざけようと伸ばしたはずの腕をつかまれた。にっこりと綺麗な笑みを浮かべるリューイが起き上がり、いつもと同じ目線になる。
寝台の上に漂う濃密な艶に耐えかねて、とろけるような甘さを含む碧い瞳から顔を背けた。
「かわいいね、カレン。でも夕べはもっとかわいかったな」
耳元で囁かれ頬が熱くなった。失策だ、完全にからかわれている。
「思わせぶりなことをいうのは」
空いているほうの手のひらで思い切り押し返し、きつく睨みすえた。
「やめてください」
「怖いな」
くすくす笑いながら、降参、というようにリューイが両手を軽くあげる。
思い出したくはないが、たしかに昨夜、寝台には押し倒された。けれど、カレン相手にその気になる、と至極当たり前のように首をかしげたリューイが果たして本気だったのかは疑わしい。
――さっきは責任をとると言っていたが……。
「もっと動揺してくれるかと思ったんだけど」
「なにもなかったのにどうして慌てる必要があるんですか」
確証があるわけではなかった。深窓の令嬢ではないが、カレンとて経験があるわけではない。しかし身体はいたって普段どおりなのだから、まあなにもなかったのだろう、とカレンにしては珍しく楽観的だった。
「残念、そういう知識はあるんだよね。いっそのことまったくの無知だったらよかったのに」
リューイが苦笑する。どうやら最悪の事態にはなっていないようだ、とカレンは胸を撫で下ろした。
「一度、部屋から出て行かれましたよね?」
フロイが退出した後、考え込んでいるところにちょっと出てくると声をかけられた記憶がかすかに残っていた。
「ん? それは覚えてたんだ? 声をかけたときに生返事だったから怪しいとは思ってたんだけど。僕が髪の染料を落としに行っている間に、君はすっかり眠り込んでしまったわけだ」
違和感がないとは思ってはいたが、リューイの髪色はすっかり元に戻っている。少し毛先が乱れているのは染料で痛んだ所為だろう。
リューイの気配が消えて、カレンは過ぎた酒精による睡魔に襲われ――寝室の入り口に座り込んだまま眠り込んでしまったのだ。これ以降の記憶が見事に飛んでいる。
「戻ってきたときに起こして……え? でもわたし、扉の前にいましたよね? どうやって入ってきたんですか?」
思わず寝室の入り口を凝視してしまった。扉は寝室側に開くつくりになっている。さすがに結構な重量のそれで小突かれれば目が覚めたと思うのだが、まさかあれで押されても気付かないほど熟睡していたとは考えたくなかった。
「そこの窓から」
「……はい?」
当然のようにいわれ、カレンは唖然としつつ朝の光が差し込む窓に目を向けた。
窓の外には露台がある。完全にはつながっていないが、隣室から伝ってくることは可能だ。巡回している兵の目を盗んでことに及んだのだろうが、王太子のやることではない。
「……いやもう、そんなことせずに本当、起こしてください……」
「もったいないかなと思って。無防備に眠り込む君はなかなかに貴重だし」
「まったく意味がわかりません」
結局のところ、寝室に戻ったリューイがカレンを抱えて同じ寝台に入り、いまの事態に至ったということらしい。
どこをどうとってもまったく面白くない事態だというのに、なぜかリューイは上機嫌だ。理解に苦しむ、と呆れつつ寝台から降り、改めて自身の姿を見下ろす。カレンの口からためいきがこぼれた。
シュミーズとドロワーズ、ほぼ下着姿だった。だいぶ着崩れてはいたが、自分で着衣を脱いだ覚えはない。
「ああ、それ? ごめんね、少し迷ったんだけど苦しそうだったから」
謝るリューイに悪びれた様子はなく、けれどカレンにそれを責めることはできなかった。
――つまり、衣服を脱がされても起きないほどわたしは眠り込んでしまっていたのか……。
言い訳しようのない大失態だ。決して一筋縄ではいかない人だとわかっているはずなのに、気を許してしまっている。
きゅっと下唇を噛み、着るものを求めて周囲を見回す。ある程度肌が覆われているのは救いだが、薄手の布地だけでは心もとない。
衣服は、寝台脇に置かれた椅子の上にまとめられていた。だが、如何見ても昨晩身に着けていたものではない。間違いなく女性用ではあるが、色からしてまったく違う。
「……あれ、どうされたんですか」
「明け方近くに君の侍女が持ってきた」
リリーだ。このあとのことを考え、カレンは額を押さえた。
ともかくさっさと着替えて戻らなくては――。リリーが用意した丈の短いコルセットは、さすがというべきか身体の前面で絞る作りになっている。
カレンがひとりでも身支度できるようにという配慮だろう。
「手伝おうか?」
「結構です、お気遣い無く。というか、紳士ならここは後ろを向くべきでは?」
「そうだね、僕は紳士じゃなくて幸運だったな」
普段は完全無欠の紳士面で通しているくせにどの口がいうのか。胡乱な視線を向けるカレンにリューイが笑顔を返してくる。
これはなにを言っても無駄だな、と早々に諦めて、背中を向けて着替えを続けた。
「苦しくないの?」
「コルセットですか? さすがにもう慣れましたが最初は大変でした。これは女性の鎧ですからと、礼儀作法の先生に何度も言われましたよ」
カンディアを出た後にカレンは女性としての礼儀を叩き込まれたのだが、当時のことは記憶の奥底に封印したい出来事ばかりだ。
「なるほど、確かに女性の防具だよね」
コルセットの紐を締めあげ結んだ後、軽く整えて振り向くと、感心したように頷いたリューイがなぜか手を伸ばしてきた。
悪寒を感じ、さっと身を引くと、おや? というような顔をする。
「学んだんだ?」
「……なにをですか?」
「昨日の夜、僕がコルセットの紐を解いたから警戒されたのかなと思って」
――そういえばそんなこともありましたね。
ずいぶん手際よく、あっという間に着衣を乱されていた気がする。手際のよさは踏んだ場数の違いなのだろう。経験豊かになりたいわけではないが、差を見せ付けられるのは少々――いや、かなり胸が痛む。
女性との逢引は頻繁に目撃していたはずなのに、どうしていまさらと思わないでもないが、色々と自覚してしまったことが原因なのかもしれない。
――なんてやっかいな。
柔らかな綾織りの衣装を手に取り、再びリューイに背をむける。もともと着替えも湯浴みもひとりで済ませていたので戸惑うことはないが、背中に感じる視線のおかげで、どうにも落ち着かなかった。
ようやく身支度を終え、綺麗に広がる裾を翻して振り返る。さらりと肌になじむ薄い緑の絹地は軽く、動きやすい。
「森に棲む精霊みたいだね」
「なに馬鹿なことをおっしゃっているんですか」
「ひどいな、本気なのに」
寝台の縁に座ったままリューイが手を伸ばしてくる。さっくり手櫛で梳いただけの髪先に整った指先が触れ、銀色がひと房持ち上げられた。
「やっぱり染めなくて正解だったね」
満足そうに呟くリューイの毛先は、やはり少し乱れている。
「あなたの髪は少し痛んでしまいましたね」
濃い金色を整えようと、無意識のうちに手を伸ばしていた。さらりとした感触に少しひんやりとした地肌。
驚いたようにリューイが目を見張り、カレンはしまったと慌てて手を引こうとしたのだが、手首をつかまれ引き止められた。
「……申し訳ありません」
「どうして謝るの」
「気安く触れてしまいました」
「もっと触れてくれてかまわないのに」
ゆるく目を伏せるリューイは心地よさそうにカレンの手に頭を預けてくる。
――これはまずい、のではないだろうか。そもそも爽やかな朝の光景としてふさわしくない。
起きた時点で爽やかな朝とは到底いえなかったが、これ以上取り返しがつかなくなる前にこの場から離れたかった。
「たしか今日は昼夜通してなにもありませんでしたよね?」
「うん、そうだね」
「でしたら少しタウンハウスの様子を見に帰ってもよろしいでしょうか? できれば早いうちに向かいたいのですが」
手の上から重みが消えた。だが柔らかな感触はまだある。光に透ける金色を気の済むまで撫でたい衝動に駆られ、馬鹿な考えに呆れた。
「――わかった。もう少し待てば君の部屋まで行く通路が無人になるから送っていくよ」
寝台から立ち上がったリューイが、カレンの横を通り過ぎる。はっとして、差し出していた手を慌てて引き戻し、きゅっと拳を握った。
王宮内の諸事は、日々規則正しく決められている。リューイはそれらをすべて把握しているのだろう。おかしな噂になることはどうにか避けられそうだ。
ほっと胸を撫で下ろすカレンの前で、王太子がなぜか服を脱ぎ始めた。
「……なにをされてるんでしょう」
「なにって、着替え」
「きがえ……一応わたしは未婚の伯爵令嬢なんですが……」
「豪快に僕の前で着替えたのは誰だっけ」
「それは……っ、わたしは下着をつけてましたから……っ」
「僕もそれは着てる。カレンの基準はたまに謎だよね」
ふっと吹き出したリューイはカレンの抗議に頓着せず、絹の上衣についた留め具を外していく。
「わたしはあちらの部屋に」
「そこで見ていてくれて僕は全然かまわないけど?」
「露出趣味ですか」
シャツの留め具がすべて外され、リューイの腹部がちらりと覗いた。不可抗力で目にしてしまったそれをつい凝視してしまう。
余分なものをまるで感じない隙のなさに、やすやすと押さえ込まれてしまったわけだと思わず納得してしまった。
「……いい腹筋ですね」
「――うん?」
首をかしげたリューイは珍しく困惑した様子だったが、口元に指先をあてて俯くカレンの意識はまったく別の方向に突き進んでいた。
「そうだ、フロイさん」
「フロイ?」
「彼はいまのところ、わたし付きなんですよね?」
「うん、そうだね。――だから?」
「相手をしていただけないかと」
ぽつりと零す。考えにふけっていたカレンは、迂闊なことにふっと頭上に影が落ちるまでリューイの変化に気付いていなかった。
「なんの?」
「え? 剣術の稽古相手になって、いただこうか、と……?」
なにやらずいぶんリューイが近くにいる。踵をやや退いて距離をとろうとするが、同じだけリューイが進んでくる。
「そう。どうしてフロイなのか教えてくれるかな?」
どうしてといわれても、単純に取捨選択していった結果だ。
王宮内に迂闊な人物を招き入れることはできないし、許しがもらえるとも思えない。
それなら、既に王宮内にいて腕の立つ人物、しかもカレンの特異性を知っている者に的を絞るしかない。
この時点で、候補としてはリューイとフロイが残るのだが、加えてカレンの動悸がおかしなことにならない相手となれば、もうフロイしか選択肢はなかった。
多少、馬の合わない相手ではあるが――そして気に入らない人物でもあるのだが――それはフロイにしても同じことだろう。彼から好ましく思われている気配をまったく感じないからだ。だが、リューイに如何伝えたものか悩む。そのまま伝えてしまえば隠し通すと決めた想いを告げることになってしまう。
「カレン?」
「特に理由は……」
「ないの? じゃあ僕が相手でも問題ないよね?」
「あなたは駄目です」
瞬時に拒否してしまった。ぴりっと空気が張り詰めたと思ったら、踵が幅木に当っていた。いつの間にか壁際に追い詰められていたらしい。
見上げるリューイはどうみても威圧感が増している。
「ふうん、どうして駄目なのか教えてくれるかな」
「……あなたより強くなりたいのに、その本人に教わるのは本末転倒かと……」
「僕より?」
「当然でしょう。あなたより弱かったら、有事の際にあなたを守れないじゃないですか」
嘘ではなかった。フロイがリューイよりも弱いと言うのなら話にならないが、護衛官としてついているのだから、少なくとも拮抗する力の持ち主であるはずだ。
虚を突かれたように黙り込んでいたリューイの気配がふっと緩んだ。
「――まったく君は、僕を誑し込むのがうまい」
「いや、なんですかそれ」
どちらかと言えば、それはリューイの得意技だろう。カレンに誑し込んだ覚えなどないし、そんな芸当ができるとも思えなかった。
「王都に来てから、間違いなく技量も体力も落ちてます。昨夜、はっきりと自覚しました」
「そこを自覚するんだ……。手を握ったときに皮膚が少し厚かったから気にしてはいたんだけど、稽古、続けてるんだね」
「続けてました――隠れて、ですが」
「隠れて? どうして」
「礼儀作法の教師に、淑女の腹は割れません、二の腕に隆々とした力瘤もできません、筋肉質な足も必要ありません、とものすごい形相で諭されました。ひとつの季節が過ぎるまで延々と繰り返され、あの時は、とうとう幻聴が聞こえ出して大層困りましたが」
口元を手で覆ったリューイの肩が小さく震えている。
「……はっきり笑ってくださって結構ですよ」
カレンとて、令嬢としてかなりおかしな行動であることは自覚しているのだが、隠居生活を送るにしても知識と体力はやはり重要だ。
「……でもあきらめなかったんだ?」
「いえ、流石に彼女が気の毒になりまして……女性を困らせることは本意ではありませんし、一度はすっぱりやめたんです。でも、どうにも調子が狂ってしまって……結局、公ではなく細々と。役割はおろそかにしませんので、できれば早朝に稽古をさせていただけないでしょうか?」
病気療養という名目で引きこもっていたカインのころに比べても、女性になってからの生活はかなり不自由だ。偽りでなく男に生まれていればこんな苦労もなかったのだろうかと考えると、少しだけリューイがうらやましい。
うら若き乙女がうらやましがるところではまったくない、ましてや淑女としては落第だろうことを考えながら、ふと見上げると、端正な美貌がどことなく困ったようにカレンを見下ろしていた。
「リューイ?」
どうしたんだろうか、と暢気に構えているカレンに危機感はまったくない。本人も自覚しているとおり、リューイに対してはつくづく警戒が甘くなっている。
「これは君が悪い」
「え? あの……?」
カレンの唇に、薄いが形のよいそれが重なりかけ――ぎりぎりでとまった。
――ん? え? これはいったい……。
頭の中が真っ白になり微動だにできない。はあ、というため息と共に、カレンの胸元に、なぜかうなだれたリューイの金髪が押し付けられる。
「……君は僕の忍耐力を褒めるべきだよ」
「……はあ」
呆然として気の抜けた返事しかできなかったカレンを、その後、リューイは約束どおり部屋まで送り届けてくれた。
「ただいま、リリー」
「おかえりなさいませ、大事ございませんでしたか?」
戻った後、カレンは真っ先に控えの部屋からリリーを呼び出した。
化粧で隠されているが、リリーの目の下にはうっすらと隈がみてとれる。おそらく一睡もしていないのだろう。
「ええ、大丈夫。着替えをありがとう。それと――ごめんなさい」
「わたしに謝る必要はありませんよ。さ、御髪をまとめましょう」
苦笑するリリーに促され、鏡台の前に座る。垂らしたままだった銀髪が手早く纏めあげられ、出来上がりを検分するリリーと鏡越しに目が合った。
じっとカレンを見つめた後、納得したようにひとつ肯く。
「殿下とは、なにもなかったようですね」
――なぜわかる。
そんなにわかりやすく態度に出てしまっているだろうか、と思わず頬を押さえると、ふふ、と背後でリリーが笑った。
幼いときから常に傍にいてくれた。ずいぶん助けてもくれた。カレンにとってリリーもまた守るべき大切な存在だ。ふうっと息を吐き、気持ちを静める。
「リリー、お願いがあるの。できるだけ早くエレノア様と会えるように手配して欲しい」
「内密に、ということでしょうか」
「ええ」
まずはひとつめ。だが、公爵令嬢としての役目をこなしているだろうエレノアと今日中に会えるかは微妙なところだ。
その前にもうひとつの用件を済ませてしまうつもりだった。
「それと、これから直ぐオルガに会いに行く。すまないけれど、こちらも手配を」
「かしこまりました、オルガの件は直ぐに」
「リューイにはタウンハウスに向かうと伝えてあるから、悪いけれど辻褄あわせをお願い」
「はい、そのように」
軽く一礼したリリーが退室する。完全に独りになった後、カレンは鏡に映った自身に目を向けた。エバーグリーンの瞳が見つめ返してくる。
秘密の露見――それは本当につい先ごろの春だったのだろうか。
「――はっきりさせなければ」
昨晩、戦女神の話が中断されたことに、正直どこかでほっとしていた。
けれどもう避けて通ることはできない。カレンを戦女神だというリューイの真意を確かめるつもりだ。
そのためには、エディンバ家お抱え医師であるガルバの娘、王都で町医者を営んでいるオルガに会わなければならなかった。




