第32話 少年、調子に乗る
アニエルたちは町の市場まで戻ってきていた。
市場と言っても、広場に屋台が軒を連ねるだけの場所だ。先ほどもそうだったが、屋台の周りには、冒険者らしい男たちがブラブラしている。中には地べたに胡坐をかいて、酒や食いモノを口にしている者や、横になってイビキをかいている輩も――
「おい、こんなところで歌っても、聴いてくれるヤツなどいるのか?」
アニエルの肩に乗ったクリムがそんなふうに心配するのだが――
「なあに、ボクの歌声に心奪われない人なんていないさ」
「そうだな。アニエルが歌えば、みんな正気でいられなくなる。『騒音を出すな』ってな」
ギターの姿になったアトが、そうツッコミを入れる。
「騒音じゃねえよ!」
「それで、何を演奏するのじゃ? 儂は行進曲がやりたいのじゃ!」
景気よく、ガンガン、太鼓を叩きたいとクリムは言う。
「そんなの冒険者が聴きたいわけないだろ! ココは英雄譚だよ。勇者アーサーが恋人ギネヴィアのために歌ったラブソングがグッとくるんだ」
「英雄譚なのか、恋愛譚なのか、どっちかハッキリするのじゃ! てか、オマエ、案外ロマンチストじゃな?」
クリムとアニエルの無意味な言い合いに、銀髪の少女は困った顔を見せる。
「シシリー、ヤツらは無視しろ。予定通りにいくぞ」
「は、はい……」
すると、ギターの音色が市場に響く。
「うわっ! いきなり弾き始めるなよ」
「いいから、黙って弾いているフリをしろ」
面白くない――という表情を見せるが、アニエルは言われたとおりギターを弾いているフリを始めた。
そして、今度はシシリーの番。
美しいメロディに哀愁を感じさせる歌詞。女性が戦場に向かう恋人に向けて歌ったとされるバラードだった。この国の民なら誰もが知る歌である。
それまで、ざわざわとした雰囲気だった市場が、彼女が歌い出すと一瞬にして他の音が消え、彼女の歌声だけが響いた。
屋台の店主に文句を言っていたオヤジ――
自分の冒険談を誇張して話す老人――
追いかけっこをしていた子供――
ケガをして虚ろな表情で座っていた若者――
誰もが彼女の声に耳を傾ける。気がつくと、人が彼女の周りに集まっていた。
(これは……予想以上だな)
アトは伴奏しながら、周りの反応を観察する。
クリムのパーカッションも加わると、観客もリズムに合わせてカラダを左右に動かす。
(ほほう、コヤツの打楽器にはこういう効果もあるのか)
アトは何か気づいたようだ。
一曲終わると、パラパラとだが拍手が聞こえた。
「おい、あれ、妖精だぞ」
「オレ、初めて見た」
クリムに気づいたのか、そういう囁きが聞こえた。
(やはり、妖精族の注目度は高いな。よし、それなら)
アトは、クリムに「アレをやれ」と命令する。
「わかったのじゃ!」
ドン、チャ、ド、ド、ドン、チャ――
小気味良いパーカッションの音が鳴り響く。それだけで、市場の雰囲気がパッと明るくなった気がした。
ギターの音色も加わると、どこからともなく手拍子が起きる。
そして、シシリーのボーカル――
それは、この地方に古くから伝わる遊牧民の民謡だった。夜、火を囲んで踊りながら唄うのが遊牧民スタイルらしいが、昼間でも充分気分が乗ってくる。
観客の顔色を見ていたアトは、(やはりな……)と思う。
(シシリーの歌声には、治癒効果があるようだ。そして、クリムのパーカッションはリズムによって感情を刺激する)
高名な吟遊詩人が奏でる曲には、バフ効果が得られるモノもあるらしい――
もちろん、その域に達するためにはかなりの修業を必要とする――はずなのだが……
(なるほど……寄せ集めのユニットだなんてたかをくくっていたが、これはひょっとしたらひょっとするぞ)
なんて、アトは考えてしまうのだった。
「うおぉぉぉぉっ! 調子に乗って来たぞ!」
動きが激しくなるアニエル。
「いや、オマエは調子に乗るな。黙ってフリだけしてろ」と釘を刺すアトだった。




