第28話 少年、堕落する
串焼きを買いにきて、今さら、おカネを持っていなかったことに気づいたアニエル。アトに叱られた。
すると――
「あのう、おカネなら私、持ってます」
シシリーがそう伝えた。いつの間にか左手に金貨がある。
「ですが、今はこれだけなんです。すみません……」
細かいおカネがないと謝る銀髪の少女。
「いいよ。今回は助けてくれたお礼にタダであげるよ。それにしても帝国金貨かい?」
「帝国金貨?」
アトはシシリーの持っている金貨を覗き込む。アトは五百年間、樹海の中にいたので近年の情勢を知らない。帝国は百年ほど前に成立したので、当然、その金貨を見るのは初めてだった。
「帝国金貨は王国金貨より金の純度が高いから、高値で両替してくれるはずだよ」
市場の出入り口近くに両替屋があるから、そこで換金すればいい――と串焼きの女主人、マルシアは教えてくれるのだった。
「へえ――」とアニエルも興味津々で、「これで銀貨何枚くらいになるの?」と尋ねる。
「そうだね、王国銀貨百枚に少し色が付くんじゃないかな?」とマルシア。
「えっ? そんなに! ボク、シシリーに養ってもらおうかな?」
「――えっ?」
「こら! その歳でヒモ宣言するな! ちゃんと就労意欲を持て!」
アトは堕落した考えの少年を叱咤するのだった。
「――? ヒモってなに?」
アニエルの質問を無視して、アトはマルシアへ――
「ところで、この町に冒険者はなぜいるのかな? たしか『守り神』がいるとかで、魔物は寄り付かないと聞いていたのだが?」
すると、マルシアは「それがね――」と前置きしたあと、こう説明する。
「五年前に『守り神』だった『オオグモ』が死んでしまってね。それ以来、このブラバドに魔物が現れるようになったのさ」
町近くの樹海を縄張りとしていたクモ型の魔物のおかげで、この辺りにはゴブリンやオークといった人型魔物が近寄らなかった。しかし、突然、その魔物が死んだことで、人型魔物が樹海から出てくるようになったらしい。
それ以来、魔物が町へ侵入しないように柵を作ったり、冒険者を雇って魔物を駆除してもらったりしているそうだ。
「魔物から守ってくれている手前、あまり文句は言えないのだけど――おかげで、こんなふうに町の治安も悪くなってしまってね……」
静かな辺境の町だったブラバド――それがこのように、冒険者が魔物狩りをする拠点となった。町が賑やかになったのと引き換えに、冒険者とのトラブルも後を絶たないらしい――
「五年前……ね」
アトはチラッとアニエルを見た。少年は「それは、困ったね……」と心配するような素振りを見せている。
「オバちゃん、串焼きをおくれ」
別の客が来たので、マルシアは「はいよ」と言って、離れていった。
「ところで、アニエルよ」
マルシアがいなくなったところで、アトが声をかける。
「ん? 何?」
「五年前、ここに来た時、クモの魔物を見なかったか?」
「クモの魔物? そんなモノはいなかったよ。ちょっと大きなクモとは戦って倒したけど……」
ちょっと大きな――ね。
「どのくらいだ?」
「うーん――だいたい、三メートルくらいだったかな?」
「なるほど……よくわかった」
もはや、ツッコミを入れる気力すら失せたアトだった。




