第25話 少年、市場へ行く
樹海を抜けて、ブラバドに到着したアニエルたち。町へ入るために、身分証の提示を求められた。
シシリーが「身分証がない」と言うので、アトが「ふたりは夫婦ということにすれば良い」と提案したところ、クソ真面目なアニエルはそれを拒否してしまう。
そんなやりとりをしていると、警備兵に怪しまれてしまった。
(ここは逃げるしかない……)とアトが考えた時、背後から声をかけられる。
「し、司教様!?」
兵士が慌てて頭を下げたのは、灰色の聖職服を着た男性だった。どうやらたった今、到着した馬車から降りてきたようだ。
人の良さそうな垂れ目で笑みを浮かべながら近づいてくる。
「いやあ、ツレの者たちとはぐれてしまって……ここで会えてよかったです。さあさあ馬車に乗りなさい」
そう言って、男性はアニエルとシシリーの背中を押して馬車へ連れていく。
「誰だよ、オッサ……モゴモゴ」
アニエルがその男性に話しかけようとしたが、逆に男性から口を塞がれた。
「それじゃ、兵士さん、通らせてもらいますよ」
ニッコリしたまま男性は、馬車に乗り込む。
「いや、ですが、その者たちは?」
兵士の質問を無視して馬車が動き始めると、そのまま町の中に入って行った。
「あ、あの……どうして、私たちを?」
シシリーは聖職服の男性に尋ねる。年齢は三十歳前後、背の高い、細面の人物だった。
「余計なことをしましたかな?」と男性は言う。
「い、いえ、そういうわけでは……」とシシリーは戸惑う。
「だから、オッサンは誰なんだよ」と、アニエルは助けてもらった相手に失礼な言い方をするので、アトは(あとで叱ってやる)と思うのだった。
「これは失礼しました。私はレオナルド・ヨハネと申します」
アニエルにオッサン呼ばわりされても、男性は平然と応える。
「レオナルドさん? 先ほど、兵士さんは司教と呼んでましたが……」
「はい、この地域――王国北東部の聖教会を統括しております」
司教――つまり、教会内でかなり高位の人物である。それで、シシリーは萎縮してしまうのだった。
「そ、そのう……助けてもらってありがとうございます。ですが、なぜ?」
「そうですね……昔の知り合いにアナタが似ていたから……そういうことにしましょうか?」
そう、レオナルドと名乗った聖職者はやさしい口調で応える。
昔の知り合いに似ている――?
そういうことにする?
「本当に、ただそれだけで……」
「ああ、そろそろ、市場ですね。御者さん、停めてもらえますか?」
シシリーが話しかけているのを遮ると、レオナルドは馬車を停車させ、扉を開けた。
「この町の名物はワイルドボアの肉料理らしいですよ。ぜひ味わってみてください」
そう言いながら、二人を降ろす。
「私はしばらくここの教会に滞在する予定なので、困ったことがあれば声をかけてください」
愛想のよい聖職者はそれだけ言い残し、立ち去った。
「いったい、なんだったんだ?」
アニエルは走り去る馬車を目で追いながら、むずかしい顔をしていた。
すると、ギターから手が伸びて、アニエルの頭を叩く。
「イタッ! 何するんだよ、バカ!」
「バカはオマエだ! 相手が心の広い人だったから助かったが――オマエの態度で私たち全員が捕まるところだったんだぞ」
「捕まる? どうして?」
アトは「はあ……」と、呼吸もしていないのに、ため息をつく。
(コイツには、まず、一般常識と礼儀を教えなければ……)
それにしても――
「市場と言っていたが、ずいぶんとガラの悪いやつらが多いな」
アトがそう言うのも仕方ない。広場には屋台がいくつも並び、そこにいかにも喧嘩っ早そうな連中が、昼間っから酒を飲んで騒いでいた。
「みなさん、冒険者でしょうか?」
客の身なりから、シシリーがそう考えたようだ。
「おかしいなあ……五年前は冒険者なんて、この町にいなかったのに……」
このブラバドは『守り神』がいるとかで、大樹海に隣接しているにも拘わらず、ゴブリンやオークといった魔物が周辺に出没しない。だから、冒険者も必要なかった。
「なにか状況が変わったのでしょうか?」と、シシリーは話を合わせるのだが――
「さあ、ハラ減ったから、なんか食べよう――」と、アニエルは自分で振ったくせに別の話を始めるのだった。
「ココの名物は、ワイルドボアの串焼きなんだ」
「それは、先ほど司教が話していたぞ」
アトがツッコミを入れても、アニエルは動じず、さっそく、いい匂いのする屋台へ吸い込まれていく。
(ヤレヤレ、どこまでも人の話を聞かないヤツだ――)




