第22話 少年、魔族の脅威となる
アスタリア大陸――
その北部を支配するのは魔族である。
極寒で人類や獣、植物までもが生きていくには厳しい環境なのだが、そもそも頑強なカラダに冷涼な気候を好む魔族にとってはむしろ住みやすい土地だったのである。
どこまで行っても、氷と雪に囲まれる荒廃した地には、巨大な建造物が二つ存在している。
ひとつは北西部にある魔王城――建物だけで東西南北十キロに及ぶ。百本ある塔はどれも千メートルを超え、その中でひときわ高い中央の塔は、高さ十キロにも達するという。
その主人は言わずと知れた『魔王』だ。だが、魔王と呼ばれる者は年代で異なる。現在はベリアルという悪魔がこの城の主人である。
そして、もうひとつの建築物は魔族領の北東に位置する。
建立が数千年前という魔王城に対し、こちらは六百年前に建てられた、比較的新しい建造物だ。
大きさ、高さこそ魔王城に及ばないものの、中央にある巨大なドーム状の建物は、直径五千メートル、高さ千メートルある。
人族が唯一神と崇める女神アスタリアを祀るために建てた、ガルチ大聖堂の形状にとてもよく似ているが、大きさは十倍以上。なにより異様なのは、全てが漆黒に塗りつぶされているということだ。
この建造物の所有者はバエルという。魔族軍の重鎮であり、五虎将のひとりに数えられるが、実績、権力、魔力とも他の四人からは頭ひとつ抜けた存在である。
いわば、魔族ナンバーツーと言うべき存在だった。
向こう端が見えないほど広い部屋は祭壇のような装飾が最奥部にある。ガルチ聖堂なら、ここにアスタリア像が安置されているのだが、ここにあるのは闘牛のような勇ましい角を持つ存在。先の魔王、サタンを模したモノだ。ただし、これには顔がない。サタンは自分の顔を他人に晒したことがなかったからだ。たとえ腹心であるバエルでさえ――
今、祭壇の前にふたりの悪魔がいた。
ひとりはこの漆黒な空間にひときわ目立つ、純白の服に金の糸で施した刺繍が鮮やかな聖職服の人物。頭には、カロッタと呼ばれる人族の世界で『教皇』と呼ばれる人物が着用する帽子を被っていた。
なぜ悪魔がそのような姿なのか?
そのカラダは七百年前の初代教皇であり、人類史上最高の聖人と称された人物のモノだった。その魂を所持していることを誇示するため、この悪魔は今でも聖人の骸に憑依している。
彼こそがバエルだ。
そしてもうひとりは――
「バエル様、今回の失態、痛恨の極みです。どうか、この私に名誉挽回の機会を与えてください」
ハエの翅を生やした悪魔。ベルゼブブだった。
「そう萎縮するでない。余も見ていた。たしかにあの人間、尋常ではなかった。貴様が敵わなかったのも理解できる」
教皇の姿をしたバエルは、やさしい声で相手を慰める。
もちろん、ベルゼブブにとって、そのような労いは屈辱でしかなかった。五虎将である自分が、人間などに後れを取るなど許されるものではないのだ。
「もはや一時も我慢できません。今すぐにも――」
「そう慌てるでない。まあしかし、貴様の憤りがわからなくもない。これを見るのだ」
「こ、これは?」
「あの少年の戦闘能力を鑑定器で測定した結果だ」
空間に映し出された数値を見て、ベルゼブブは困惑する。
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名前 アニエル・ウィルキンソン
年齢 十五歳
種族 人間
ジョブ 未定
レベル 9
攻撃力 297 防御力 252
素早さ 796 精神力 1450
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この数値の異常さはすぐに理解できた。本来、レベルに合わせて、全ての能力値はほぼ同じように向上する。しかし、この少年は素早さと精神力がレベルよりも明らかに高いのだ。なにせ、レベル12のベルゼブブより素早さが上。精神力に至っては桁が違うのである。
「こ、こんなのはありえません。ヤツは人間なのですか?」
「うむ、余もそう思う」
いったい、どんな鍛錬を続けたら、このような能力値になるのか――
「つまり、特定の能力に関しては、レベルごとの能力限界値を突破する鍛錬術を人間は編み出した――ということでしょうか?」
「その可能性もあるな。しかし、余が考えたのは別の可能性だ」
「それは?」
「魔人化――」
「な、なんと!」
魔人化とは人間を魔力的に改造し、魔獣をも上回る身体能力を得る、古代人が開発した技術である。ただし、それによって本体の人格が崩壊し、暴走してしまったらしい。魔人を生み出した人物もろとも、その文明は魔人によって崩壊、滅亡し、魔人もいつしか死に絶えた。
したがって、その技術はすでに廃れており、文献にも残っていない。
「では、人間は魔人化の術を復活させたと?」
ベルゼブブの質問に、バエルは「そう考えるのは自然だろう。とにかく、それについては調査する必要があるな」と、応える。
もちろん、アニエルは『魔人』ではない。彼の能力は無謀ともいえる訓練から得られた偶然の産物である。
だが、魔族は高度な思考力を有する。だから、勝手に結論づけてしまったのだ。
こうして、本人の知らないところで、アニエルは『魔族にとって脅威な存在』と勝手に認識されてしまうのだった。




