第11話 少年、少女と出会う
私は人間の世界で歌姫になる!
銀髪、左右の三つ編み団子が印象的な少女、シシリーはそう決心した。
美しいドレスを脱ぎ捨て、身軽な服装とピンクの外套に着替えた彼女は『魔王城』から逃げ出したのである。
魔族領を越え、あとはこの大樹海を抜ければ――というときに、追手のベルゼブブたちに囲まれてしまった。
「お願い、ベルゼブブ! 見逃して!」
彼女はそう叫んだ。
「姫様、大変申し訳ないですが、そういうわけにはいきません」
人の姿だが、背中にハエの翅が生えた魔族がそう応える。
「どうして? 私が魔族を統べるなんて、とうてい無理なことです」
「はい、そんなことはわかりきっています」
「なら、このまま私を逃がしてくれても――」
「それでは、困るのです。アナタには死んでいただかないと」
――えっ?
ベルゼブブと呼ばれた悪魔は含み笑いをしながら――
「姫様……いえ、卑しい血の女。崇高なる吾々、魔族とあさましい人間の混血など存在してはならないのです。あまつさえ、魔王の後継者などありえません。ですので、ここで消えてもらいます」
そうぬけぬけと言い放つので、シシリーは唇を噛みしめた。
ハエの翅を生やした悪魔が言うとおり、彼女の父は魔族を統べる者、つまり魔王である。しかし、母親は人間だった。
小さい頃は母親と一緒に人間の村で生活していたシシリー。十歳の時、村に賊が押し入る。それを察した魔王が助けに向かうのだが、母親はすでに殺された後だった。
魔王は賊を皆殺しにすると、シシリーを魔王城へ連れて帰る。そして、彼が統べる魔族たちへ向けてこう宣言した。
「わが娘、シシリーを余の後継者とする!」
こうして、彼女は魔王の後継者として育てられた。もちろん、それはシシリーが望んだことではない。
まだ母親が生きていた頃、彼女からたくさんの歌を教わったシシリー。歌を歌うことが大好きだった。母親もそんな彼女にこう語っていた――
『アナタはきっと、歌姫となって人々に夢と希望を与えることになるわ』
シシリーもそうなりたいと願っていた。
『シシリー、お母さんと約束して。アナタは歌で、この世界を救うのよ』
歌で世界を救う――その意味はまだ理解できていない。
でも、シシリーは強く決心した。母親との約束は絶対に守る――と。
(だから、ここでは死ねない!)
なんとかして、この状況を打開しなければ――そうシシリーは考える。
しかし、見たところ相手は魔族軍の精鋭たち。それだけでも厄介なのに、ベルゼブブまでいる。彼は魔族軍五虎将のひとり。魔王に匹敵するほどの魔力と知力を持っているのだ。
「ク、ク、ク……アナタが城から逃げ出した――そう聞いた時には肝を冷やしましたが、結果的に都合がよくなりました」
魔王の娘は家出し、樹海に迷い込んだところで、魔物に襲われ死んだ――それが、ベルゼブブの描いた筋書きである。
「アナタをどのように暗殺するのか……最も悩ましい問題だったというのに、アナタ自身からその機会を与えてくれるとはね」
それを聞いて、シシリーは自分の浅はかな行動に後悔した。だが、もう遅い。多勢に無勢。相手は自分に対して明らかな殺意を示している。
(こうなったら、一か八か)
彼女は地面に何かを叩きつける。
「えい!」
すると、激しい光が発せられた。
「うわっ! なんだぁ!」
突然のことで目が眩む魔族の兵士。
このタイミングを逃してはならないと、シシリーは全力で駆け出そうとした。
しかし――
「私の複眼にそんな目眩ましが通用するとでも?」
「あっ……」
いつの間にか腕を掴まれていたシシリー。振り向くと、頭がハエに変化したベルゼブブがいて、ギョッとしてしまう。
「まったく、お転婆なお姫様だ!」
ベルゼブブは彼女の腕を掴んだまま、ピンクの外套を乱暴に剥ぎ取る。デニムのへそ出しトップスとショートパンツという姿になったシシリーはバランスを崩して倒れた。
慌てて、肌が露出した部分を両手で隠す。
「なんという、はしたないお姿ですか! いくら死に際だとしても、せめて、魔族として相応しいお姿でいてほしかったです」
人間のカラダにハエの頭と翅が生えた、おぞましい姿の悪魔がそんなことを言うのだった。
「もう、観念しなさい」
彼女の着ていたローブを地面に投げ捨てると、ベルゼブブの右腕は鋭い刃物のような形に変化した。それを、銀髪の少女へ向ける。
シシリーは悔しげに顔を背けた。
(お母さん、ゴメンナサイ……私、約束を果たせなかった……)
「あのう――」
突然、少年の声が聞こえる。




