第八章〈過去〉心臓の告白
保健体育の時間は、ほかの授業より教室の匂いが薄い。教科書の紙の匂いより、消毒液の匂いが勝つ。窓を開けても残る匂いは、身体を言葉にするための匂いだと真壁彰は思っていた。身体は本来、言葉にされる前に動いている。動いているものを机の上に並べ、名前を付け、位置を示し、間違いを探す。その作業が「正しい教育」だと言われれば、反論は難しい。反論が難しいものほど、後から効いてくる。
教室の隅に白い箱が置かれていた。木箱ではなく樹脂のケース。四角い取っ手。貼られたラベルに「人体模型」とある。文字は丁寧で、筆圧が軽い。軽い筆圧ほど、書いた側の責任が薄いように見える。真壁はそのラベルの位置を見ただけで、胸の奥が少しだけ冷えた。箱が怖いのではない。箱が開いた瞬間、教室の空気が一つの方向へ揃ってしまう気配が怖い。
教師は淡々と話を始めた。声は戻っている。担任ではない。代替の教師だ。代替というだけで、生徒は油断する。油断すると、言葉が刺さりやすい。教師の指先がケースの留め具を外す。留め具が外れる音は、想像より軽かった。軽い音で、重いものが開く。
白い胴体が出てくる。頭はない。胸郭と腹部があり、皮膚の代わりに平滑な面がある。背中側の留め具を外すと、内側の臓器が見える仕組みになっていた。臓器は色分けされ、位置も「よくある身体」に合わせてある。正面から見て左に心臓、右に肝臓。誰も疑わない前提。疑わない前提は、疑う者を炙り出す。炙り出された者は、説明を求められる。説明を求められた瞬間、授業は個人へ向く。
「いいですか。左右というのは、鏡で見た左右ではありません。自分から見た左右です。ここ、間違える人が多い」
教師はそう言って、自分の胸に手を当てた。左側。生徒が何人か真似をする。真壁も反射で左に触れかけて途中で止めた。止めた理由は、ふざけていると思われたくないからだ。ふざけていると思われないための自制が、教室ではよく働く。よく働く自制は、肝心な場面で遅れる。
九条雅紀は、机に両肘をつかずに座っていた。姿勢が良い。良い姿勢は教師にとって扱いやすい。扱いやすい生徒ほど、教師の苛立ちを誘うことがある。真壁はそれを薄く知っていた。担任の件で覚えた。覚えたはずなのに、覚え方が遅い。遅い覚え方は、守るべき瞬間に手が出ない。
教師は人体模型の胸郭を開き、臓器を一つずつ指した。名称、役割、位置。位置が正しいことが前提になっている説明は、聞き手に安心を与える。安心は思考を止める。思考が止まったところへ、別の意味が入ってくる。
「心臓は、通常は左にあります。肺は左右にありますが、形が少し違います。肝臓は右、胃は左。では質問。左右が逆の例はありますか」
教室に小さな笑いが起きた。質問が軽い冗談に見えるとき、人は答えをゲームにする。ゲームにされた答えは勝ち負けになる。勝ち負けになると、声が大きい者が勝つ。
「ないでしょ」
誰かが言った。笑いが重なる。教師も口角を上げる。上げた口角は、授業の空気を明るくするためのものだ。明るさは、時に残酷だ。明るい中で告白されたことは、遊びの素材になりやすい。遊びにされた瞬間、本人の声は本人のものではなくなる。
「どう思いますか? 九条くん」
九条が顔を挙げた。真壁は、それが視界の端に入った瞬間、息を止めた。止めた息が戻る前に、教室の音が落ちた。起立する九条の動きは迷いがない。迷いがない動きは決意に見える。決意に見えるものは、周囲の好奇心を煽る。
「あります」
九条の声は大きくない。大きくないのに、教室の全員に届いた。届く声は、教室が静まっているからだ。静まりは集中ではない。期待だ。期待は獲物を見る目になる。真壁はその目の向きが、もう九条の胸元に揃っているのを感じた。
教師が一瞬だけ目を瞬いた。驚いたというより、思考を組み立て直している目だ。
「そう。例えば?」
九条は立ったまま、淡々と言った。
「……完全内臓逆位です」
言葉は短く、説明はない。説明がない言葉ほど強い。強い言葉は教室の中に落ちて跳ね返り、どこに当たったか分からないまま広がる。広がり方が分からないというだけで、人は勝手に補完を始める。補完は、本人の許可を取らない。
一瞬の沈黙があった。笑いが起きない沈黙。起きない沈黙は、全員が「どう反応すべきか」を探している沈黙だ。探している間に、誰かの顔に「面白い」が浮かぶ。面白いが浮かぶと、次の言葉は軽くなる。
「そう。正解。九条くんがそうだもんね」
九条の名前が、教室の中央に落ちた。一瞬遅れてざわめきの波。波は押しては引く。だんだん、好奇の声が混じる。
「へえ……」
誰かの小さな声が、許可の合図みたいに落ちた。
「そこ、騒がない……ごめん、九条くんの例が分かりやすいと思って」
教師はすぐ授業へ戻ろうとした。戻ろうとするのは配慮だ。配慮は善意だ。善意は外へ漏れると武器になる。教師は人体模型の心臓を指し直し、続ける。
「ただし、それ自体は病気ではありません。体のつくりの個性です。そういう人に出会っても、迷惑をかけないようにしましょう」
迷惑。という語が出た瞬間、教室の空気が僅かに変わった。迷惑という語は、誰が迷惑かを決める。決められた瞬間、個性は負担になる。負担になった個性は、周囲のルールの中へ入れられる。ルールに入った瞬間、噂は「注意事項」になる。
九条の表情は変わらない。変わらない表情は強さにも見えるし、距離にも見える。距離に見えたものを、人は埋めたくなる。埋めたい者は質問をする。質問は、本人の生活へ踏み込むための正当化になる。
休み時間になった。チャイムが鳴ると、教師は人体模型の蓋を閉めようとした。閉める動作は終わりを示す。終わりが示されたのに、教室は終わらない。終わらないのは、九条の一言が残っているからだ。真壁は立ち上がりかけて、椅子の脚が鳴る前に止まった。止まったのは、九条の周りへ人が集まる気配がしたからだ。集まる気配は止めるべきだと分かる。分かるのに止め方が分からない。止め方が分からないと、また遅れる。
「痛くないの?」
近くの女子が聞いた。悪意はない。悪意がない質問ほど危ない。断れないからだ。
「運動しても大丈夫?」
「できるから、雅紀は足はえーんだろ、なあ、雅紀!」
男子が続ける。声が明るい。明るい声は責任を持たない。
「え、じゃあバフなん?」
「九条みたいに頭よくなれるんなら、俺も内臓逆がよかったわ」
「ばか、お前は無理だよ」
笑いが起きる。
「なんかさ、病院とかでさ、特別扱いとかあるの?」
「VIP? VIP?」
九条は答える。
「普通」
普通。その言葉はここでは役に立たない。普通は比較を求める。比較は優劣を作る。優劣が作られると、九条はまた一段別の場所へ置かれる。
「でもさ、特別じゃんね」
誰かが言った。言った本人は褒めているつもりかもしれない。特別は褒め言葉の形をしている。だが特別は距離を作る言葉だ。距離は役を作る。役が作られると、次の出来事が意味を持ち始める。
真壁はそのやり取りを見ていた。見ているだけだ。見ているだけで何もしていない。何もしていないことが、後で一番痛い。止める理由が思いつかない。事実だ。九条は嘘を言っていない。嘘でないことを止めるのは、正義に反する。正義に反することをしたくないという自分の気持ちが、九条を守る気持ちより先に来る。その順序を、真壁は怖がっている。怖がっているのに、その順序で動いてしまう。
九条は質問の輪から少しだけ距離を取り、机の上の教科書を閉じた。閉じる動作が丁寧だ。丁寧さは周囲に「踏み込むな」を伝える。だが踏み込む者は、丁寧さを「拒絶」と読む。拒絶と読まれた瞬間、悪意が育つ土ができる。土ができると、次は「冗談」の形で水が撒かれる。
放課後、教師は職員室で話をした。
真壁は廊下を通りがかったとき、職員室のドアが半分開いているのを見た。見たくなくても耳に入る。職員室は声が外へ漏れる構造になっている。漏れるように作られた声は共有のためだ。共有のための声は、共有された瞬間に別の意味を帯びる。
「うちのクラスね、珍しい体質の生徒がいて」
教師の声。珍しい、という語が真壁の背筋を冷やした。珍しいと言った瞬間、その子は「珍しい子」になる。珍しい子は配慮の対象になる。配慮はメモになる。メモは引き継がれる。引き継がれた配慮は、別の教師の口から出る。口から出た配慮は、また別の生徒の耳へ入る。
「配慮が必要かもしれません。心配はないけど、変なからかいにならないように」
善意の形をしている。善意の言葉が、一番遠くへ行くことがある。遠くへ行った善意は、本人の手を離れて「注意事項」になる。注意事項になった瞬間、からかいは“確認”に変わる。
真壁は足を止めた。止めて、何かを言いかけた。言える言葉がない。配慮を咎める理由がない。理由がないから言えない。言えない沈黙は、また遅れになる。遅れは、教室の外で増殖する。
その日の帰り道、九条は胸に手を当てなかった。だが真壁には分かった。九条が無意識に、右側へ意識を寄せそうになる瞬間がある。寄せそうになるのを、九条は抑えている。抑えると、余計に意識が強くなる。強くなる意識は鼓動の音を大きくする。
九条は歩きながら言った。
「右にあるだけです」
独り言のように。
真壁は返せなかった。返す言葉を作ると、また説明が増える。説明が増えると、役が厚くなる。厚くなった役は、肌の上に乗って剥がれなくなる。
夜、遠藤がスマートフォンをいじっていた。遠藤は真壁のクラスメイトで、笑いに乗るのが上手い。上手いのは賢いからだ。賢い者は場の安全な方へ流れる。安全な方へ流れるために、話題を見つける。
遠藤の画面には検索窓があり、そこへ文字が打ち込まれる。
「内臓逆位 いじめ」
「逆の心臓 有名人」
「右に心臓 嘘」
「内臓逆位 呪い」
遠藤は笑っていない。笑っていないのに、顔が明るい。明るさは興奮だ。興奮は新しい玩具を見つけたときの顔になる。
検索結果には医学的説明が並ぶ。頻度、合併症、生活上の注意。遠藤は医学的説明を読み飛ばし、もっと刺激の強い語だけを拾った。拾う語は「稀」「逆」「奇」「例外」。例外は物語を作る。物語は、教室の退屈を一瞬で溶かす。退屈が溶けると、人はそれを“共有”したくなる。共有した瞬間、当事者は当事者ではいられない。
遠藤は画面をスクロールしながら、誰に向けるでもなく呟いた。
「やっぱ、そういうのってさ」
その呟きはまだ誰にも届かない。届かないうちに止めれば、何も起きない。だが止める者はいない。真壁はこの場にいない。九条もいない。教師もいない。いない場所で生まれた言葉は止めにくい。止めにくい言葉ほど、翌朝の教室へ自然に入ってくる。自然に入ってきた言葉は、誰の責任でもなくなる。
真壁はその夜、風呂から上がって台所へ行き、冷蔵庫の前で立ち尽くした。何かが起きたわけではない。起きていないのに、起きる準備だけが増えている。増えた準備は見えない。見えないものは怖い。怖さは担任の失声と同じ種類だった。原因が分からないまま、教室の笑いだけが残る怖さ。笑いの次に来るのは説明だ。説明は正しさの形をしてやって来る。
翌日、保健室の前を通ったとき、人体模型のケースが棚に置かれているのが見えた。透明なケースの中で、白い胸郭がこちらを向いている。向いているように見えるだけで、真壁の背筋が冷えた。
真壁は想像した。誰かがふざけて心臓の位置を入れ替える。そんなことは簡単だ。簡単な悪戯は、簡単に世界を変える。心臓が左右逆に置き換えられるイメージが、頭から離れない。置き換えられるのは模型だけではない。九条の人生の位置も、外の言葉で入れ替えられる。
九条は帰り道、いつもの角で立ち止まり、空を見上げた。空は同じ色をしている。色が同じでも、意味は変わる。意味は、誰かが作る。
九条は小さく息を吐き、心の中で言った。
右にあるだけだ。
右にあるだけなのに、それが物語の中心にされる。中心にされた瞬間、逃げ場が塞がる。
その夜、テレビの音が遠くで鳴っていた。ニュースの声は、事件でもない出来事を事件の形で語るのが上手い。画面の向こうでアナウンサーが言った。
「過去に宗教的共同体との関連も――可能性として指摘されています」
可能性。その一語で、また線が増える。線が増えた先に、地名が置かれるのはまだ少し先のはずだった。だが言葉は先に走る。走った言葉が、現実を引きずる。
学校のチャイムが耳の奥で鳴り、白い人体模型の胸郭が閉じる音が重なる。閉じる音は、終わりの音ではない。――役が貼られる音だ。




