第12話 分からない事が怖い
「あーー……こわっ。怖すぎた」
「ヨミ様……さっきから、同じ事しか言ってませんよ」
「そんな事、言ったってさ!!」
今、私はエレナに怪我の手当てをされていた。私が不審者と鬼ごっこをしていた間、エレナは私の事を探し回っていたらしい。私の叫んだ声を聞いて、彼女は私の事を見つけだしてくれて、ようやく合流出来た。
それからは、やっとエレナと会えた事に安堵して、抱きついてしまった。一刻も早く城に帰りたくて、仕方なかったので、無理やりエレナを連れ馬車に向かい、急いで城へと帰ったのだ。
「もうエレナ本当に聞いてた? 私のホラー話!」
「きちんと、聞いてましたよ。馬車の中で、たっぷりと」
淡々と返されてしまった。不審者に会った事を、取り乱しながらも馬車の中で話した際、エレナは冷静に聞いてくれていたのだ。
「はい、終わりしたよ」
「ありがとー…」
ソファに横になった。横になると気持ちが、徐々に落ち着いていき、冷静さを取り戻していく。
右手の指輪を触りながら、もう一度外れないか確かめるように、引き抜こうとするが、外れないでピッタリとくっついたまま。
「下着が見えてしまいますよ」
「はい……」
エレナに軽く注意され、ゆっくりと体を起こした。指輪をいじりながら、不審者に言われた事を思い出していた。" 酒場に行くんだ " この言葉が、ずっと頭に残っている。
考えれば考える程、行くかない選択肢を選ぶべきではないと思えてしまう。理由なんて分からない。あの不審者は、ずっと軽い調子だったのに、あの時だけ真剣だったせいかもしれない。
「月の雫……」
口に言われた酒場の名前を呟いていた。行くのはいいが、問題が一つある。" 騎士の人達に連れ添ってもらって " これが私にとって一番の問題だ。もし、ノアとレオの二人が一緒に行くとなったら、私は冷静でいられるのだろうか。緊張して心臓が持つ自信が無い。
想像しただけで、別の意味で息が詰まりそうだ。エレナも居てくれたら、マシだと思う。多分だけど。
彼女も一緒だったら、少しは緊張を紛らわせれるのに。
(でも、変な男にエレナが絡まれたりしたら嫌だしな。あー……頑張るしかないのかぁ? 私の心臓保ってくれよ〜…)
息を吐いて、背もたれに体重を預ける。迷っていればいるほど、時間だけが過ぎていくだけだ。
( " 私の物語が始まる " か……なら、さっさと始めるか。その物語とやらを)
私は覚悟を決めた。
「私、行く。月の雫って所に」
「本当に、よろしいのですか?」
私の取り乱した姿を見たからか、不安げな眼差しで私を見つめていた。目を逸らさずに、私は頷いた。怖いのは変わらない。怖がっている理由は分かってる。
知らない人物に、意味の分からない事を言われたからだ。それに、指輪の事も。分からない事だらけで、怖いんだ。
それでも、分からないままでいるのは嫌だ。不審者の事は、まだ信じられないけれど、これで私の物語とやらが始まるっていうなら、言った通りにしてやる。
「分かりました。それでは、レオ様とノア様にお伝えしてきます。説明は私の方からしておきますね」
「助かります…」
エレナは軽く一礼し、そのまま部屋から出ていった。私は、すぐにまた横になった。
決めたはずなのに、どこか落ち着かない。寝返りをうとうとした時、ブレザーのポケットからガサッと音がした。
「何か入れてたっけな…」
体を起こし、音の正体を知るためにポケットに、手を入れ取り出した。出てきたのは、不審者から貰ったクッキーだった。横になったりしたせいで、クッキーが割れてしまっていた。ボロボロには、なっていなかった。
「どうしよ、これ…」
手の平の上にのせて、しばらく見つめる。食べていいのか、悩ましい。あの不審者が渡してきたものだと思うと、余計に警戒してしまう。けれど、捨てるのは違う。食べ物に罪は無い。匂いを嗅いでみると、バタークッキーの匂いがした。匂いには異常はなく、甘い香りが漂っているだけだ。嗅いだ所で、毒が入ってるかなんて分からないが。
「これで大丈夫だったら、少し信じてやる事もない……」
ほんの少しだけ躊躇したが、それでも意を決して、割れた欠片を口に運んだ。
「うっ……うまっ!!」
さっきまでの警戒が一瞬で、吹き飛ぶくらい美味しい。もう一口、もう一口となりながら、気付けば手が止まらなくなっていた。あまりの美味しさに、頬が緩んでいくのが分かる。
「うん。少しは信じてやろう」
最後の一欠片を口に放り込んだ。空になった包みを、畳んでゴミ箱へ捨てた。
ソファにもたれかかり、天井を見上げた。頭の中で、不審者の彼が言った言葉が、何回も繰り返されていた。
「酒場に行くんだ」「君の物語が始まる」
この言葉が頭の中に居座っているみたいに離れない。気にしないようにしても、勝手に思い出してしまう。
(あーー……だる)
ため息が出て、私は目を瞑った。
何分経っただろうか。このまま目を瞑ったままでいると、眠ってしまいそうになる。
その時、眠気を覚ましてくれるように、ノック音が聞こえてきた。エレナが戻ってきたみたいだ。
「どうぞ」
姿勢を正して、返事をした。扉が開き、エレナが入ってきた。その後ろには、見慣れた二つの影が。
エレナは横にズレると、二人の姿がハッキリと見えた。
「二人をお連れ致しました。説明の方は、しておきましたので」
視線が自然と二人に向いた。一気に緊張が押し寄せてきた。
「ありがとう、エレナ」
緊張を紛らわせるように、エレナに視線を向けて、お礼を告げた。
「いえ。いつでも行けるよう馬車も準備してありますので」
手際のいい報告に感心してしまう。
(さすがすぎる……)
一度、ゆっくりと深呼吸をして立ち上がった。向かうのは、二人の元へだ。
前まで行くとノアは微笑んで、こちらを見ていた。レオは腕を組みながら、私の事を見つめていた。
「あの……」
声を発したのはいいが、続きがすぐに出てこない。何をどう言えばいいのか分からない。
「そのですね…」
視線が泳いでしまう。無意識に指先を握りしめた。
二人は何も言わずに、私の言葉を待っていてくれている。目を閉じて深呼吸をする。意を決して口を開いた。
「一緒に酒場に行ってほしくて。着いてきてくれますか…?」
やっとの思いで言葉が出た。言いたかった事が。お願いをするのに、こんなに緊張したのは初めてだ。
返事を待っている時間が、やけに長く感じる。思わず、うつむいてしまった。
「勿論、いいよ。ヨミちゃんのお願い事なら大歓迎」
ノアの言葉に、顔を上げた。嫌な顔もせずに、いつも通り微笑んでいた。
「最初から、そのつもりだ」
レオも腕を組んだまま、承諾してくれた。二人の言葉を聞いて、肩の力が抜けた。
「ありがとうございます!」
安心のあまり、大きな声が出た。さっきまでの、緊張が嘘みたいに、無くなっていくのが分かった。
「ヨミ様……」
エレナは何か不安そうにしていた。その様子を見て、首を傾げる。
「どうかした?」
「……無理はなさらないで下さいね」
「ノアさんとレオさんが居るし大丈夫だよ」
安心させるように笑ってみせる。その言葉を聞いて、エレナの表情が少し和らいだ。
「分かりました…」
小さく答えた後、そっと息を吐いていた。
「エレナさん。僕達がついているので、大丈夫ですよ」
「そうですよね……ヨミ様をお願いします」
ノアとレオに深く頭を下げたのだ。
「任せてくれ」
酒場に行くだけのはずなのに、これから戦場にでも行く雰囲気になってしまっているのは、気のせいだろうか。
(あれ? 私、酒場に行くだけだよね?)
ちょっと大袈裟な雰囲気に、苦笑いを浮かべた。
「じゃ、行こうか。レオ、ヨミちゃん」
「あぁ」
「あっ、はい!」
ノアの言葉に続いて、レオは短く返事をし、私も続いた。そのまま私達、四人は部屋を後にした。
エレナは馬車まで一緒に着いてきてくれるみたいだ。
白の外へ出ると、午前の時のように馬車が停まっていた。
「ヨミちゃん、行こうか」
「はい。エレナ、行ってくるね」
「ヨミ様……お気を付けて」
エレナに手を振りながら、馬車へと向かった。レオが馬車の扉を開け待っていた。軽く頭を下げ、中へと乗り込んだ。




