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第13話 酒場


 私達、三人は馬車で城下町にある酒場に向かっていた。レオ、ノアは私の向かい側に座っている。彼らの顔を見ないように、窓の外を眺めていた。辺りは、もう暗くなり始めていた。


 (お腹、空いたな…)


 不安と緊張でいっぱいなのに、こんな時でも食欲はわくみたいだ。昨日みたいに、お腹が鳴らないようにお腹を押さえた。


 「お腹、痛い?」

 「え?」


 ノアに声をかけられ、視線を彼に向けた。心配そうに私を見ていた。お腹を押さえていたせいで、腹痛だと思われてしまったのだろう。


 「痛くないです! ただ、お腹空いたな〜って……」


 から笑い混じりで答えた。呆れてしまうだろうか。こんな時でも、お腹が空くなんて。

 ノアは、出会った時と同じ穏やかな表情をしながら、「なら、よかった」と微笑みながら言った。呆れていない様子で、私は安堵した。


 「…月の雫の飯は美味いみたいだ」

 「そ、そうなんですか?」


 聞き返すと「あぁ」と言いながら頷いていた。


 「カドリーラムのシチューが有名だと、昔に聞いた事がある」


 付け足すようにレオが看板メニューを教えてくれた。聞き慣れない料理名を言われ、興味を持ってしまう。

 

 「よく覚えてるね。レオに言われるまで、忘れてたよ」

 「幼い頃に聞いた話だ。忘れていても仕方ないだろ」


 二人のやり取りを聞きながら、酒場についたら速攻で" カドリーラムのシチュー "を頼もうと心に決めた。


 「酒場なのに、ご飯が美味しいって有名だったよね」

 「酒より、そっち目的で行く客が多かったらしい」

 「そうそう! それを聞いて行きたくて、仕方なかったんだよね〜」


 二人の話を聞いて、ますます期待が膨らんでしまう。さっきまで感じていた、不安と緊張が少しだけ薄らいでいく。

 馬車の速度が徐々に落ちていき、静かに停まった。


 「着いたみたいだね。少しだけ歩くけど平気?」

 「大丈夫です!」


 レオが先に降りていく。私も降りようとすると、先に降りたレオが、こちらへと手を差し出していた。一瞬、戸惑ったが、その手に自分の手を重ねた。


 「ありがとうございます…」

 「いや。降りる時、気を付けろ」


 彼は私が降りるまで、しっかりと手を支えてくれた。降りると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 「行くか」


 レオの言葉に頷いて、私達三人は馬車から離れ歩き出した。

 

 二人の間に挟まれる形で、酒場へと向かっていた。

 もう夜になってしまったせいか、子供の姿は無く、大人だけの姿しかなかった。昼間とは違う雰囲気で、辺りを見回していた。

 通った事のない道でもあり、見るものが新鮮に感じる。ここら辺は酒場が多いのか、通りにある店先から賑やかな笑い声が漏れている。


 「月の雫は、この先だよ」


 隣のノアが、そう言いながら他の店より大きな建物を、指さしていた。

 近付くと入口の上には " 月の雫 "と、書かれた看板が掲げられている。レオが先に扉へと手を伸ばした。ギィッと音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。レオに続いて、中に入ると二人が話していた様子とは違い、客は数人しか居なかった。私達が入るなり、客の視線が一斉に、こちらへと向いた。その瞬間、空気が一瞬にして張り詰めた気がした。

 居心地の悪い視線から逃げるように、レオの後ろに隠れた。


 「……騎士様とガキかよ」


 静かな店内のせいで、呟いた声がハッキリと聞こえてきた。興味を無くしたのか、視線を私達から逸らした。


 (な、何だったの)


 張り詰めていた空気が、何事も無かったかのように、元に戻った。私は小さく息を吐いた。私とは違い、二人は気にしていない様子だった。


 (それにしても……)

 

 想像をしていたよりも静かな店内だった。もっと賑やかな場所を思い描いていた。

 

 「好きなとこに座りな」


 カウンターからマスターらしき、年老いたおじいさんが低い声で、こちらに声をかけてきた。白髪の髪に、白ヒゲを生やしている。

 私達は空いている席へと向かった。椅子に座ろうとすると、レオが椅子を引いてくれたのだ。お礼を言うと、レオは何でもない事のように小さく頷いた。私が座ったのを確認してから、レオも席へと腰を下ろした。ノアは私の隣に座った。


 (ち、ちかっ!)


 レオの隣に座ると思っていたのに、何故か私の隣に座ってきたのだ。


 (落ち着け…。落ち着くんだ、私!)

 

 気を紛らわすように、メニューでも無いか探し始めた。テーブルの上には小さなランプが置かれていた。その横には、一枚の紙も置いてある。手に取り、見てみると半分以上が黒く塗りつぶされていた。


 「黒い……」

 「どうかした?」

 

 私が言葉を漏らすと、ノアが紙を覗き込んできた。更に距離が縮まってしまい、体に力が入る。私が少しでも動けば体が触れてしまいそうだ。


 (近い近い近い!!)


 出来る事なら、今すぐにでも、この場から叫んで逃げ出したい。


 「黒いね…。お酒しか書かれてない。料理名だけが、黒く塗りつぶされてるのかな…」


 ノアは、この距離感に何とも思っていないのか、普通にメニューを眺めながら首を傾げている。


 「ノア、離れろ」

 「え?」


 私の様子がおかしいのに気が付いたのか、レオが離れるように言ってくれた。ノアがどんな顔をしているのか分からないが、声の様子では、レオが何を言っているのか分かっていないみたいだ。


 「離れろって……何から?」

 「彼女からだ。顔が近い」


 レオにそう言われると、ノアは私の方に顔向けた。その瞬間、ノアの慌てた声が、すぐ耳元で聞こえてきた。


 「え、あっ……! ヨミちゃん、ごめん!」


 ようやく距離が近かった事に気が付くと、慌てて体を離した。


 (あーー……。死ぬかと思ったぜ…)


 離れた瞬間、一気に力が抜けていく。

 

 「まだ見るなら、紙を受け取って見ろ」

 「う、うん。そうするよ」


 ノアに紙を手渡した。


 「本当にごめんね…」

 「だ、大丈夫です!」


 大丈夫では無かったが、ノアが申し訳なさそうにしているのを見て、咄嗟に私は平気なフリをした。たった数分の出来事だったが、ドッと疲れてしまった。背もたれに深く寄りかかり、ぼんやりと店内を見ていた。テーブルの上を片付けている、女性の店員の姿が目に入った。ポニーテールが、よく似合っている。


 (あっ、横顔見えた)


 店員が顔を上げた時、横顔が一瞬だけ見えたのだ。可愛らしい顔立ちをしていた。ジロジロと、見ているのも失礼だと思い、視線を逸らそうとした。

 だが、逸らすよりも先に彼女と目が合ってしまった。嫌な顔もせず、小さく笑ったのだ。


 (私が男だったら惚れてたぞ…!)


 そんな事を考えている間に、彼女は片付けを終え、カウンターの方へと行ってしまった。私は何となく、その後ろ姿を見送った。

 

 紙を受け取ってから、静かなノアの方を横目で見ると、まだ紙を見ていた。


 「うーん…。何でだろ? 料理しなくなったのかな。あーぁ、俺も楽しみにしてたんだけどな…」


 独り言を聞いた瞬間、私は思わずノアを見てしまった。


 (今、何と……? 俺? 俺と言いましたか?)


 ノアの一人称は『僕』だと思っていたのに、『俺』と言ったのだ。私の視線に気が付いたのか、紙から視線を外して、私へと視線を移した。


 「…ん? どうかした?」

 「い、今…俺って」


 一瞬きょとんとした顔をして、すぐに小さく笑った。


 「使い分けてるんだ。親しい人達には" 俺 "で、初対面の人とかには" 僕 "にしてるんだ」

 「なるほど…」


 説明されて、私は納得した。納得した私を見ると、紙をテーブルの上に置いた。


 「とりあえず、何か頼もうか。今は飲み物しかないみたいだけど」

 「そうだな」


 レオが紙を手に取り、何を頼もうか決めている。ノアは、もう決まっているみたいだ。


 「ヨミちゃんはジュースで大丈夫かな?」


 ノアの言葉に頷いた。


 「ジュースは泡林果(ほうりんか)しかないが、それでいいか?」

 「……あっ、はい。それで、大丈夫です…」

 

 聞いた事のない飲み物の名前を言われてしまった。どんな味の飲み物か分からないが、それしか無いのなら仕方ない。


 「ノアは…」

 「水で。レオは呑んでもいいよ」

 「いや、俺も水でいい」

 「お酒、呑まないんですか?」


 酒場に居るのだから呑むつもりでいると思っていた。


 「一応ね」

 「何かあったら困るからな」


 私の事で着いて来てもらったのに、申し訳なさが募る。

 

 「一杯だけでも、呑んでください! 何かあったら逃げます! 死ぬ気で!」


 勢いで言ってしまうと、二人は同時に私を見た。ノアは隣で肩を揺らしてを小さく笑っており、レオは視線だけを向けていた。


 「それに…仕事終わりの一杯は最高だと父に聞いたので、是非! 」


 言い切った瞬間、私は恥ずかしさが込み上げてきて視線を泳がせる。


 「じゃ、一杯だけ呑ませてもらうね」

 「……何かあっても逃げないようにしてくれ。離れられたら、守れないからな」

 「離れません! 何があっても!」


 彼らの言葉を聞いて、即答してしまった。レオは私から視線を逸らすと、店員に声をかけた。


 「俺、いつものね」

 「分かってる」


 二人のやり取りが終わる頃には、店員が席へと注文を取りに来た。


 「泡林果、ミドル・ホップを二つで頼む」

 「分かりました」

 「料理って何かあったりしますか? お腹が空いていて」


 ノアがそう聞くと、女性の店員は申し訳なさそうに眉を下げた。


 「……すみません。今、料理は作ってなくて…出せないんです」


 手を握りながら、彼女は申し訳なさそうに顔を伏せた。


 「そっか。ごめんね、引き止めちゃって」


 ノアは穏やかな声で、そう言った。それを聞くと、彼女は伏せていた顔を上げた。

 

 「すぐにお持ちしますね」

 

 頭を軽く下げ、再びカウンターに戻り、マスターに注文を伝えていた。

 

 (シチュー食べてみたかったけど、仕方ないか……)

 

 不審者は『普通に食事して』と言っていたが、食事は出来なさそうだ。

 

 (嘘つかれた?……それとも、飲み物だけでも食事に入るのか…?)

 

 考えを頭の中で巡らせていると、重みのある音をたてて、木樽ジョッキに入った飲み物が、テーブルに置かれた。

 

 「お待たせしました。それと…コレ、よかったら」

 

 そう言って、店員は小さい皿をソッとテーブルに置いた。皿には、焼き菓子が並んでいた。

 

 「お菓子だけですけど…。料理の代わりには、ならないと思いますけど……」

 

 少し気まずそうに付け足した。

 

 「ありがとう、嬉しいよ」

 「ありがとうございます!」

 

 ノアは微笑みながら、言っていた。お腹が空いていて、お菓子でも嬉しかった。店員は小さく頭を下げると、そのままカウンターの方へ戻って行った。

 お菓子を食べたかったが、先に食べるのは気が引けて、木樽ジョッキを手に取った。

 

 「乾杯しよっか」

 

 ノアの言葉に、レオが無言のまま自分のジョッキを持ち上げた。私もそれに続いて、自分のを持ち上げた。

『乾杯』と、三人の声が重なりジョッキが軽くぶつかった。

 初めて飲むジュースに、恐る恐る口をつけた。一口飲んでみると、口の中でシュワシュワと炭酸が弾けた。甘酸っぱい林檎の味が広がる。私の世界でいうと、アップルソーダだ。

 

 「…美味しい!」

 

 声が漏れると、ノアがこちらを見てきた。

 

 「気に入った?」

 「はい!」

 

 勢いよく答えると、ノアは嬉しそうにしていた。

 

 「腹が空いているなら、食べた方がいい」

 

 そう言いながら、私の方へと皿をそっと寄せた。お礼を言い、クッキーに手を伸ばした。

 不審者から貰ったものとは違い、チョコチップクッキーだ。食べてみると、チョコチップがほろ苦いおかげで、甘さがくどくない。

 

 「美味しい?」


 食べている最中に聞かれてしまい、クッキーを飲み込んだ。


 「物凄く!」

 

 勢いよく答えると、「よかったね」と言いながら、クッキーを一枚手に取り、口に運んでいた。


 「ヨミちゃんの言う通り、物凄く美味しいね」


 ノアはそう言って、もう一枚皿からクッキーをつまんでいた。


 (甘いの好きなのかな?)


 そんな事を考えながら、私もクッキーを手に取った。

 

 十枚ほどあったクッキーも残り二枚になってしまった。レオは一枚も食べずに、私とノアで食べてしまっていた。

 食べるのは気が引けて、皿へと伸ばしていた手を引っ込め、代わりにジョッキを手に取った。

 私の様子を見ていたのか、レオが視線をこちらに向けてきた。


 「遠慮しなくていい。食べてくれて構わない」

 「レオは甘い物、得意じゃないんだよ」


 補足するように付け足した。レオは否定もせずに、お酒を呑んでいた。言われてすぐ食べるのは、気が引けてしまう。


 「はい、ヨミちゃん」


 ノアはクッキーを一枚、私に差し出した。躊躇いながら受け取ると、ノアは嬉しそうに頷いて、最後の一枚を自分の口に運び食べていた。私も、それにつられるように最後のクッキーを食べた。

 クッキーを食べたせいで、喉が乾いてしまい、ジョッキを持ち上げた時だ。

 バンッ!!と、突然、店の扉が勢いよく開いた。


 (あっっっぶな……!!)


 驚いた拍子で、飲み物を零しかけたが、慌ててジョッキを両手で持ったおかげで、何とか零さずに済んだ。

 常識がなっていない奴は、どんな奴かと扉へ視線を向けた。見るからに、柄の悪そうな連中が店内に入ってきていた。静かだった店内が、一気に騒がしくなる。

 空いてる席の椅子を乱暴に引き、周囲を気にする様子も無く座った。


 (うわーー……嫌な客すぎる)


 私達より先に居た客達は、次々と席を立ち初めていた。会計を済ませると、早足で店を出て行ってしまい、私達三人と嫌な客達だけが残った。

 まるで、面倒事に巻き込まれる前に逃げ出したようだった。その気持ちは分からないでも無い。私も出来る事なら、この場から逃げ出したい。逃げ出しでもすれば、ここに来た意味が無くなってしまう。

 面倒事に巻き込まれないよう、静かに目立たないようにしていようと、視線を下げたままジョッキを口元へ運んだ。

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