初めてのことば
昼下がりの庭は、春の陽光が柔らかく降りそそいでいた。
リュナは大き目のブランケットの上に座り、
フェルシアに作ってもらったぬいぐるみを抱えている。
丸い頬は少し引き締まり、
立っちもゆらゆらできるようになった、1歳半のリュナ。
その傍らで、カイがそわそわと落ち着かない。
「ロイ! ほんとに、ぼくに“まもるやつ”教えてくれるの?」
ロイは淡々とうなずいた。
「はい。カイ様はリュナ様とよく遊ぶでしょう。
いざというとき、危険から身を引く術を知っておくに越したことはありません」
カイは胸を張って、力こぶを作る。
「ぼく、リュナちゃんまもる!!」
その言葉に、庭の端で帳簿を読んでいたレイヴンが
“ぴくっ”と眉をあげるのは、もはや日常。
ロイは静かに構えた。
「ではカイ様、まずは足の運びから――」
「こう!?」
「そうです。ただし前のめりになりすぎ――」
ずしゃッ。
勢い余って、カイが芝生に頭から突っ込んだ。
「うぇっ!? いたっ……!」
見ていたリュナは目を丸くし、
ぬいぐるみを抱えたまま立ち上がろうとして、よろりと座りこんだ。
ロイは手を差し伸べる。
「大丈夫ですか、カイ様」
「だ、大丈夫……! もういっかい!」
カイは痛みをこらえながら、再び立ち上がる。
リュナはブランケットの上から、カイをじいっと見つめていた。
いつも遊んでくれる男の子が何度も転んでは起き、真剣に動いている。
その姿に、彼女の胸の奥がふわりと温かくなる。
ロイは淡々と指導を続けた。
「次は腕の受け身――」
ずだん。
「いてて!」
「膝はもっと曲げてください。ほら、もう一度」
「うん!!」
――そのときだった。
リュナが、
カイの真似をするように手を前に伸ばし、
「……あぃ……」
小さく息を吸い、
精一杯の声で、言った。
「……かぁい!」
その場の時間が止まった。
ロイは目を丸くし、レイヴンは本を落とし、
フェルシアは工房の窓から飛び出してくる。
そして――
カイは、ぽかんと口を開けた後、
ぱああっと顔を輝かせた。
「……リュナちゃん!!
いま、ぼくのなまえ、いった!? ねぇ!!?」
リュナは嬉しそうに拍手をした。
「カイ! カイ!」と、何度も、つたない声で。
カイは胸を張り、誇らしげに叫ぶ。
「よし!! ぼく、もっとつよくなる!!
リュナちゃん、ぼくがまもる!!」
ロイが苦笑しながらも頷く。
「では、続きを……」
「うんっ!!」
レイヴンは感極まったのか、微妙に震える声で呟いた。
「……リュナ……初めての言葉が……
お父さんではなく……“カイ”とは……」
フェルシアが肩をすくめて笑う。
「言いやすかったのよ。短いし、親しみやすいしね」
リュナはそんな大人たちの会話など知らず、
カイの動きを見ながら楽しそうにまた手を伸ばす。
「……かぁい!」
その声に応えるように、
カイは転んでも転んでも立ち上がった。
――こうして、
リュナの初めての発語は“カイ”。
その瞬間から、カイにとって“守りたい存在”の意味は
少しずつ、本物になっていくのだった。




