私の家族を紹介します
生まれたばかりの身体は、小さくて、柔らかくて、思うように動かせるのは指先と視線だけ。
けれど――なずなだった頃の記憶が、リュナには確かに息づいていた。
忘れると思っていた記憶は、しっかりと残っている。女神の手違いだろうか、それともなずなの勘違いか。
どちらにせよ、考える事が楽しいなずな、いやリュナは観察を続けた。
母フェルシアの顔が近くにある。
淡い青の瞳は、澄んだ湖のようで、リュナを覗き込むたびに形を柔らかく変える。
「……可愛い子ね、リュナ。私たちのところに来てくれてありがとう」
その声を聞くだけで、胸の奥があたたかくなる。
なずなが、夏美に抱かれて眠った日の安心感によく似ていた。
父レイヴンは、静かな男だ。
背が高く、肩幅が広く、けれど大きな手は驚くほど優しい。
抱き上げられるたび、まるで揺れの少ない丈夫な船に乗せられているような、そんな安定を感じる。
――不器用だけど、優しい人ね。
――正史にちょっと似てる。
リュナは赤ん坊の身体で精いっぱいに瞬きをして、父を見上げる。
「……フェルシア、この子、よく笑うな」
レイヴンが珍しそうに呟く。
生後間もない赤ん坊が、本来こんなに表情を見せることは稀なのだろう。
だがリュナには、かつて家族を安心させたくて表情を作っていた“癖”がまだ残っていた。
フェルシアは嬉しそうに笑う。
「きっと、あなたに似たのよ。強くて、優しくて、家族思いのところ」
レイヴンは照れたように小さく咳払いし、視線をそらした。
部屋には、穏やかな時間が流れていた。
窓から入る陽光は金色に揺れ、
木造りの床には昼下がりの柔らかい影を落とす。
梁にはいくつもの薬草束が吊るされており、その香りが家中にほんのり満ちている。
――いい匂い……夏美の家みたい。
ルーメン商会は“そこそこ”の家柄だ。
豪奢ではないが、手入れの行き届いた家具や道具のひとつひとつが、暮らしを丁寧にしてきた年月を物語っている。
壁には地図と、商圏の予定表らしき巻物。
部屋の端では職人が作った見本品の箱がいくつか積まれている。
仕事の匂いと、家族の匂いが混ざった、懐かしい空気だった。
フェルシアが布を直しながら言う。
「リュナ。あなたがもう少し大きくなったら、一緒に工房に行きましょうね。
小物を作ったり、染めたり……楽しいことがたくさんあるのよ」
――ものつくり……したい。
――夏美みたいに、手を動かしてみたい。
心がふわりと弾む。
犬だった頃、お風呂や工作の匂いが好きだった記憶が胸の奥で微笑んだ。
父レイヴンは、そんな妻の声を聞きながら、棚に置いてあった古い本を手に取った。
「この子には、沢山の世界を知るためにも本を読ませてあげたいな。世界は広いんだと伝えたい。」
――本……読みたい。
――正史の本棚、懐かしいな。
リュナは思わず小さく手を伸ばした。
まだ指がしっかり動くわけではないが、本の方向へ伸ばしたその仕草に、二人は目を丸くする。
「まあ……本に興味があるの?」
フェルシアがくすくすと笑う。
レイヴンは驚いたように眉を上げ、少しだけ誇らしげな表情を浮かべる。
「……この子は、きっと聡い子だ」
――違うわ、14年も犬をやってたからよ。
リュナは心の中で照れくさくつぶやく。
だが、そんな秘密を知る者は誰もいない。
両親はただ、天から授かった小さな命を喜び、慈しんでいた。
その日の午後、リュナは母の胸に抱かれながら眠りに落ちた。
温かい体温。
安心する心臓の音。
香草の匂い。
優しく揺れる揺籠のような感覚。
――この家族が好き。
――今度は私が、ちゃんと“子ども”として育っていくの。
その静かな決意を胸に、リュナはすうっと深い眠りへと沈んでいった。




