現実
「ボクが死んだァああああああああ──────────────────っ?」
妹の原稿を読み終え、ヒオカさんの絶叫が寮内のロビーにこだました。
膝を付き、助けを乞うように天へと手を伸ばし喘ぎながら、ゆっくりと倒れていく。
その絶望する姿を、生み出した本人である妹のカナ・ニサンは、ソファーに座りながら平然と眺めている。
姉を悲しませた事に対して、特に何の感情も見いだせてないようだ。
うん。
まあ。
はい。
────という訳で、現在、カナ・ニサンの書いた小説をヤオ・ワン除いた寮生四人で読んだところだ。
つまり、今までのは実際にあった事ではなく、カナ・ニサンが書いた作品の中での出来事でしたというオチだ。
もう一度言っておこう。
今までのは全部、カナ・ニサンの創作内での出来事だ。
実際には起きていない。
もしも僕の世界が創作物の世界なら、章の区切りが■ではなく★になってたりするだろう。
ちなみに言っておくと、あれは現実にあった事を基にしているので、ある程度、改変こそしてあるものの、それなりに真実を書いている。
だから、それほど嘘はない。
特に、ヤオ・ワンが家具を壊した犯人である事は本当だ。
でもって、動機がヒオカさんへの独占欲を暴走させた事も本当である。
勿論、ヒオカさんを殺したのは嘘である。だって、そこで泣いてるし。
トリックなどに関しても本当なので、僕の間抜けさが皆にバレてしまう事になるが、この際仕方ない事だと諦めておこう。
実際、自分でも間抜けだったと思うし。
ともあれ、今までのはカナ・ニサンの創作。
それを一通り読み終えたので、僕は軽く息を吐く。
「どうでした?」とカナ・ニサンが感想を求めてくる。
「…………うん。まぁ、かなり真実に近い出来だったかな」と僕は言う。
ヤオ・ワンとブルババが繋がってたのは、ヤオ・ワンではなくブルババの口から聞いたとか、そういう違いはあるけれども、大筋としては間違ってない。
それよりもだ。
いつの日か執筆をしたら見せてみるみたいな話をした事があったが、まさか実際にあった事を小説にするとは思わなかった。
あの時点で生モノを書く事に躊躇がなさそうだったので、こういう話を書くのはよんでおくべきだったか、と自問する。
「うぅ……妹に殺された…………」
隣でヒオカさんが嘆き悲しんでいるけど、面白いので無視しておこう。
「細かいですが、話に粗がありますね」とコアカさんが言う。
「事件当日の朝にゴンベーさんが悲劇が起きた事を知ってるような夢を見たのは、演出としても無理があるでしょう。
それに、密室トリックを説明する際も、状況的にゴンベーさんがヤオ・ワンさんの部屋に予め入ってる訳ではない筈なのに、まるでそれを実際その目で見たような口ぶりである事。
細かい事を挙げていけばおそらくまだまだ出てくるでしょうが、とりあえずワタシが気になったのはそれぐらいですね。
文章技術、演出の見せ方などについては稚拙ながらも、個人的には嫌いではないです。
初めてでこれだからカナさんはすごいですね。
これからのカナさんの作品も是非、読んでみたいと思います、はい」
「おぉ、かなり真面目な感想だ……」
とクリネさんが若干、呆然としながら言う。
「わたしは、まぁ、面白かったかなぁ、って感じかな。コアカちゃんの後だと、やりづらいよ」
「すいません」
コアカさんが謝罪するが、当然、彼女に悪びれた様子はない。
「ところで実際、ヤオちゃんがあんな風に自白したのかなって気にはなるかな?」
不意にクリネさんが訊ねてくる。
「それについては黙秘します」
といっても、特に驚く様な感じでもなければ、ドラマチックな感じでもなかった。
僕が問い詰め、ヤオ・ワンがしらばっくれ、無理やりヤオ・ワンの部屋に押し入ったら、壊れた筈の家具が綺麗に並べられてあって、それでようやくヤオ・ワンが折れて、白状した感じか。
かなりグダグダ。
僕も本当は問い詰めるつもりはなかったのだが、ボディガード就任を認めた後のヤオ・ワンの態度が、
「はんっ、あたしが認めてやったおかげでここに居られるんだから、感謝しなさいよね」
みたいな感じで癪に障ったので、つい問い詰めてしまった感じだ。
こっちもグダグダ。
ここら辺を物語として語るなら、だいぶ端折らないといけないと思う。
「あんな風にポエミーな感じだったの?」
「あ、うん。それはポエミーだった」
ちょいと内容に齟齬がある気もするけど。
と、僕がゲロった直後、僕の側頭部に衝撃が奔る。
見ると、そっちの方角にはエッチなマイクロビキニメイド姿のヤオ・ワンが真っ赤な顔でこちらを睨んでいる。
投げつけたのはお玉か。
「…………アレは?」
クリネさんが顔を青くしながら尋ねてくる。
僕は正直に答える。
「あの後、ヒオカさんにヤオ・ワンの悪事をバラしてね。そしたらヒオカさんが、二度とボクの前に顔を出すな、と大激怒。泣きついたヤオ・ワンが許してもらう為の贖罪がアレって話さ」
────許してほしいんなら、ゴンベー君にきちんとした誠意を見せる事だね。ヒオカ。
────許してください。何でもしますから。ヤオ・ワン。
────おっしゃ、それじゃエッチなメイドさんのコスプレして、僕に奉仕だ。僕。
そんな感じ。
「…………後で刺されても知らないよ」
と、クリネさんが慄きながら言う。
「知りませんね」
と、コアカさんが他人事のように言う。
「既に三回ぐらい刺されたんだっけ?」
と、ヒオカさんも他人事のように言う。
「刺されそうにはなりましたね」
と、僕も他人事のように言ってみる。
「…………既に事後だったんだ」
クリネさんが引き攣った笑みを見せたところで、ヤオ・ワンが泣きそうになりながら自室に引っ込んでいく。
僕は、ティーバックのお尻が揺れながら去っていくのをしっかりと見送る。
どうやら怒りよりが若干収まり、羞恥心の方が勝ったようだ。
…………たぶん後で襲い掛かられるだろうから警戒は忘れないでおこう。
「それじゃ、これで事件はまるっと解決な訳だ」とクリネさんが言う。
「うん。まぁ、そうなるかな」と僕。
「ゴンベーさんがヤオさんに殺される事を除けばそうなりますね」とコアカさん。
「既に殺されるのは規定事項なんだ……」
「「それはそうでしょ」」
クリネさんとコアカさんが声を重ねて言う。コアカさんにいたっては、クリネさんに口調を合わせているのでポイント高い。
「うっし」と、これまで床で項垂れてたヒオカさんが立ち上がる。
「そろそろボクはおいとまするよ」
「あ、わたしも」
ヒオカさんに続いてクリネさんも立ち上がる。
「…………私もそうします」カナ・ニサンも続く。
「皆さん、私の拙い作品を読んでくださりありがとうございます」
「いやいや。お礼を言うのはこっちの方だよ。カナちゃん。ホントありがとうね。また何か書いたら読ませてね」
「こちらこそよろしくお願いします」
「それじゃまた明日」
そう言って、ヒオカさん、クリネさん、カナ・ニサンが寮のロビーから去っていく。
残ったのは僕とコアカさんの二人。
「…………」
「…………」
三人が部屋に戻っていったのを確認してから、僕は口を開く。
「もしかしてですけど────、」
一通り話し終えた後、僕とコアカさんは揃って笑みをつくる。
ただし、僕は浮気男が浮かべるような苦笑いでコアカさんは聖母のような微笑だった。
◆
自室に戻った後、カナ・ニサンはベッドに腰掛け、天井を仰いだ。
その瞬間、どっと疲労感が押し寄せ、身体が重くなるのを感じた。
「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ」
地獄からの怨嗟みたいな声が出る。
自分の喉からここまで醜く恐ろしい声が出るとは思わなかった。
自身の胸の内が喉から漏れ出したのだろうか。
そう考えると、少し納得がいく。
さて、これから動こうか。
と一瞬身体を起こすが、もう少し待とうかと理性が押し止める。
今はまだ早い。早すぎる。
この時間だとまだ誰かが廊下に残っていてもおかしくない。
動くならもう少し後。夜も更けた深夜の十二時過ぎが懸命だ。
カナ・ニサンは立ち上がり、机の上に自身の著作である原稿用紙を放り投げる。
ゴンベーから聞いた話を元に書き上げた、彼女の処女作だ。
タイトルはないし、ストーリーに関しても特に練り込んでいない。事実と自分の考えを思うように書いただけだ。
彼女自身、これを作品と呼ぶのはおこがましいと思っている。
始まりも彼がヤオ・ワンと戦い終えてからだし、終わりも姉が死んだところまでと、明らかに中途半端なものだ。
これを他人に読ませるには相当の度胸がいる。
カナ・ニサン自身、あまり気は進まなかった。
だが、それでも彼には読ませるしかなかった。
彼は気付いてくれるだろうか。
カナ・ニサンは彼がノックしてくれるのを密かに期待しながら、本を取る。
取ったのはお決まりのグラハム・ベントレーの小説。
彼女のお気に入りの一品だ。
ベッドに寝転び、本を開く。
既に何度も読み返したものなので、どこから読んでも問題ない。
どこからでも楽しめる。
────と、気付けば一時間以上が経過していた。
カナ・ニサンの部屋には時計はないが、砂時計ならある。
かなり大きいもので、三時間経過すれば自動的にひっくり返る仕組みとなっている。
具体的な時間までは分からないが、体内時計と日の高さでおおよその時間は割り出せる。
今は大体十時ちょい過ぎぐらいだ。
十二時過ぎまでまだまだ時間はある。
お風呂もご飯もとうに済ませており、これ以上特にするべき事はない。
流石に今日は勉強に励む気にならないので、できるだけ気を落ち着かせて、夜が更けるのを待つだけだ。
────不意に、扉をノックする音がした。
カナ・ニサンはすぐさま反応し、立ち上がる。
「はいっ」と返事をしながら小走りで扉に向かう。
相手が誰か、確認する事もなく扉を開けた。
彼女の中では、彼が来る事しか頭になかった。
だが、その期待は大きく外れた。
扉の前に立っていたのは、ゴンベーではなくコアカ・ファルゴだった。
ジト目で、理知的な彼女。
五人のうちで、おそらく一番頭の良い少女である。
「…………ど…………どうかしましたか?」
カナ・ニサンは怯えたように尋ねる。
あまりに予想外過ぎて、喉から声を出すのも一苦労だった。
コアカ・ファルゴはいつもの機械的な態度で、
「カナさんにお話があって来ました。部屋に入れてもらってもいいですか」
言葉上ではこちらの許可を求めるような口ぶりだったが、実際には有無を言わさぬ、強制的な態度だった。
駄目だと言っても、何かしら理屈を詰めて無理やり上がってきたであろうと思った。
実際、コアカ・ファルゴはカナ・ニサンの返事を待たずに部屋に入ろうとしてきた。
「あ、あの……」
とカナ・ニサンが抵抗を試みるも、
「失礼します」
の言葉だけで、カナ・ニサンの抵抗意志を挫く。
部屋に入るなりコアカ・ファルゴは周囲を見渡し、ふぅ、と小さく息を吐く。
「あ、あの……」
カナ・ニサンは何かを喋ろうとするが、
「彼なら来ませんよ」
と、まるでこちらの心の内を読んでるかのような台詞を言ってくる。
カナ・ニサンは言葉を失う。
(…………いきなり何を。…………いや、この台詞は…………。コアカさんはどこまで…………どこまで気付いているの?)
カナ・ニサンの中で混乱が起きる。
コアカ・ファルゴがどこまで気付いているのか。
恐怖のあまり、先程まであった精神の高揚が嘘のように消えている。
背筋が冷え切っている。
「色々とお困りのようですが、こちらは特にカナさんを糾弾する意思はありません。あくまでお願いと忠告です。カナさんが素直に受け入れてくれれば、話自体はすぐに終わります」
「い、一体何を…………?」
震える唇でカナ・ニサンが尋ねる。
コアカ・ファルゴは特に表情を変える事もなく、抑揚のない声でこう言った。
「────お姉さんを────ヒオカ・ニサンを殺すのはどうかやめてください」




