コアカ・ファルゴの説得
次でラストです
「な、何を言ってるの? 私がお姉ちゃんを殺す訳ないじゃないですか」
コアカ・ファルゴの思わぬ要求に、カナ・ニサンは声を震わせながらも否定を行った。
「誤魔化すのが下手ですね」
だが、コアカ・ファルゴは一蹴した。
「本当にそういうつもりがない場合、否定よりも先に困惑、理解不能といった反応を示します。実際に事件が起きた後に犯人だと指名されたならともかく、まだ何も事件は起きてないのに、どうして否定を行ったのですか?」
カナ・ニサンは僅かに目を伏せながらこう答える。
「そ、それはコアカさんの予想でしょう? 貴女の予想と違った反応示しただけで、人殺し扱いは酷いんじゃないですか?」
「…………そうですね。そういう事にしておきましょうか」
意外にもコアカ・ファルゴはあっさりと引いた。
「ですが、あんな小説を書いて、今更誤魔化そうとするのも変じゃありません?」
「あんな小説って……」
カナ・ニサンは鼻で一笑しつつ、
「たかだが小説内でお姉ちゃんを殺したからといって、私が本当にお姉ちゃんを殺そうとしてるっていうのは、少々発想の飛躍が過ぎませんか?
私はただ、話の盛り上がりが欲しくて、あんな展開にしただけです。お姉ちゃんを被害者にしたのも、私の身内だからです。失礼な事をやっても大丈夫そうなのがお姉ちゃんだったからですよ」
「ならば、どうしてキッチンに置いてあったはずの包丁がカナさんの部屋にあるんですか?」
コアカ・ファルゴは台の上に置いてあった包丁を持ち、訊ねてくる。
一方、カナ・ニサンは冷静さを取り戻しつつあった。
「それはこちらの私物です。私物なんだから、私がどう扱おうと、私の自由じゃないですか」
「そうですね」これもまたコアカ・ファルゴはあっさり引く。
「それじゃあ質問を変えましょうか。カナさんはどうして、ゴンベーさんのモノローグであんな事を語ってんですか?『人間は所詮独り』だって」
「別にいいじゃないですか。彼が言いそうにない事を小説内で言わせたって、何も変じゃありません」
コアカ・ファルゴが首を傾げる。
「おや? 彼が言いそうにない事? ゴンベーさん本人は自分なら言いそうだって言ってましたよ?」
「え……っ?」
途端、カナ・ニサンの中で何かがひび割れる。
「確かに少し方向性が違いますが、それでも考え方が似ているっておっしゃってました。彼自身の口で。確かに」
カナ・ニサンの中でガラガラと何かが崩れ落ちていく。
「嘘だっ!」
カナ・ニサンが叫ぶ。沈痛な面持ちで。
しかしそれとは対照的にコアカ・ファルゴはシニカルな笑みを浮かべ、
「嘘じゃありません。カナさん。貴女、ゴンベーさんに幻想を抱き過ぎじゃありません? 彼はそれほど大した人間じゃありませんよ。
どちらかというとカナさんと同類です。
他人の視線を恐れ。他人の言葉に怯え。他人の顔色を伺い。他人の評価を意識し。他人との交流を避け。他人との接触を断ち。
自分が、自分だけが、自分を認めてくれる存在なのだと殻に引き籠り…………そういう人間なんですよ」
「嘘だっ!」
カナ・ニサンは尚も叫ぶ。
「そんなの絶対に嘘だっ!」
「嘘じゃありません。カナさん。貴女、夢を見過ぎです。彼はただの根暗ですよ。貴女が望むような王子様じゃありません。貴女がどれだけ理想を押し付けたって、彼は貴女を助けてなんかくれません。
実際、彼が初めて寮に来た時、寮生にあいさつ回りをしたんですが、彼は部屋の前に立つ度にうじうじしながら、扉とにらめっこしてましたよ。まるでカナさんを見てるようでした」
「そんな…………そんなのある訳…………」
「別に信じなくてもいいですよ。単なる事実ですから。ただ、彼は貴女と違って変わろうと努力してたみたいですけどね」
コアカ・ファルゴはため息を一つ吐き、
「それで先程の質問に戻りますが、どうして貴女はゴンベーさんにあんなモノローグを喋らせたんですか? カナさんの中では、彼は決してそういう事を喋りそうにないというのに。一体どうして?」
「…………」
カナ・ニサンは答えない。
答えられない。
「もしかしてですけど、カナさん。貴女、本当は気付いてほしかったんじゃないですか?
ゴンベーさんに貴女の気持ちを、貴女の考え方を聞いてほしかったんじゃないですか?
だからわざわざ彼のモノローグであんな事を喋らせたんじゃありませんか? そもそもカナさんの性格で、自身の創作物を何のためらいもなく見せる方が不自然なんですよ。何かしら目的があるとしか思えません。
カナさん、もう素直に認めちゃいましょうよ。ワタシ、本当はこんな風にカナさんを追い詰めるつもりじゃないんですよ。
カナさんが素直に認めてくれれば、こんな風に追い立てるような言い方はしませんよ。いや、素直に認めてくれなくても、お姉さんを殺すのをやめてくれればそれでいいんです────ねぇ、カナさん?」
コアカ・ファルゴは言う。
「────こんな事をしたって、ゴンベーさんは振り向いてくれませんよ?」
一瞬、カナ・ニサンは自分の脳が沸騰したかのように感じた。
焼け付くような怒り。
だが、カナ・ニサンは何も言えない。
ここで何かを返せるようなら、ここまで拗らせてはいない。
「いやぁ、なんと言いますか、随分と婉曲的な愛情表現ですよね。正直、ゴンベーさんも孤独を拗らせてなければ、こんな遠回しな主張フツウ気付きませんよ。
カナさんは本当アレですね。構ってちゃん。
自分はこんなに悩んでいる。自分はこんなにも独りぼっち。自分はこんなにも寂しい想いをしている。だから助けて。だから構って。
じゃないと姉をコロすから。じゃないとお姉ちゃんをコロしちゃうから。だから早く来て。私を早く抱きしめて…………
嗚呼、なんという独りよがりな主張でしょう。カナさん。貴女、最悪ですよ。そんなんじゃ彼は振り向いてくれるどころか、見捨てられますよ」
「そ、そんなこと…………」
「そんな事ありますよ。だって────だから、私が来たんじゃないですか」
カナ・ニサンの大切な何かが完全に砕け散った。
◆
「ふぅ」と息を吐いて、コアカさんが部屋から出る。
「お疲れさまでした。ありがとうございます」
一仕事終えたコアカさんに僕はねぎらいと感謝の言葉を掛ける。
「おや、待っててくれたんですね。聞き耳も立ててましたか?」
「はい。立ててました。随分とカナさんを虐めてくれましたね」
コアカさんを責める気はなかったが、どうにもそういう言い方になってしまった。
「自業自得ですよ」コアカさんが薄く笑う。
「あんな自分勝手な理由で実の姉を手に掛けようとしたんですから」
「それについてはマジで何の反論もできないからノーコメントで」
「ああでも」とコアカさんは少し上を見ながら言う。
「案外、刺す気はあっても殺す気はなかったかもしれませんね」
「なんですか、それ? どういう意味ですか?」
「ヒオカさんだったら包丁で刺されても死なないって事です」
「なんですか、それ? どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですよ」とコアカさんは言う。
「実際、ヒオカさんはナイフで脇腹を刺されても平気でいたんです」
「マジですか」
「一週間前ですね」
「つい最近じゃないですか」
「刺したのはヒオカさんの取り巻きの内の一人で、事件の数日前に二度と顔を見せないでほしい言われたのが動機だそうです」
「…………へぇ、そうですか」
なんか、それ、聞き覚えがあるというか。その時、僕、現場にいた気がする。
十二人くらいから囲まれて、ヒオカ様に相応しくないとかなんとかで、ヒオカさんが怒って、そんなこと言ってたような…………。その後、うみゃみゃみゃみゃ、ってイチャついて、すっかり記憶から消し飛んでたけど。
でもまさか、あれがきっかけで事件が起きてたとは夢にも思わなかった。
「被害者のヒオカさん本人が、反省してるなら別にいいよ、とケロリとしてたので、大ごとにはなりませんでしたけど…………普通だったら、命に係わるレベルの怪我だったらしいんですけどね。全治三日だそうです」
「って事は、もう治ってるじゃないですか」
事件が一週間前なら。
え、もしかして僕の異世界チートって、実は大した事ない…………?
密かに世界最強とか思ってたけど、全然そんな事ない? 一般人に毛が生えたレベル?
…………まぁいいや。
「それはそれとして、コアカさん、カナさんにだいぶきつく当たってたと思うんですが、彼女、大丈夫ですかね。…………まさかとは思いますけど、自殺とかしないですよね?」
「あはは、それは全然大丈夫ですよ」
コアカさんは、軽い調子で笑いながら、でもはっきりとした態度でこう言う。
「カナさんはああ見えて、かなり図太いですから」
「そう?」
「そうですよ。────ワタシ、図太いカナさんの事が好きですから」
と、ここでコアカさんは何故かこれまでよりも声を不自然じゃない程度に大きくして、更には不自然なくらいにウインクを繰り返しながら、そんでもって親指でカナ・ニサンの部屋の扉を指して言う。
…………これはどういう意味でのジェスチャーだろう? と思うが、すぐに理解する。
おそらくカナ・ニサンは僕達の会話に聞き耳を立ててるという事だろう。
コアカさんがはっきりとこちらに目配せしながら、
「ゴンベーさんだって、図太いカナさんの方が好きでしょう?」
「…………ああ、まぁ、うん。そうだね。図太い方が好きだね」
「だからきっと大丈夫ですよ。」
そう言ってコアカさんがシニカルに笑う。
つまりは、僕を餌にしてカナ・ニサンを励まそうとしてるのだ。
言い過ぎたと思ってるからこんな事をしてるのかどうかは分からないが、結果として、カナ・ニサンは自殺なんかしなかったし、落ち込んだ様子も見られなかった。
ただまぁ、実際に落ち込んでたかどうかまでは分からない。もしかしたら表面上だけ平静に振る舞って、内心は落ち込んでいたかもしれない。
どちらにせよ、カナ・ニサンが僕たちの話を盗み聞きしてたのは間違いなさそうだった。
というのも後日、カナ・ニサンの体重が十キロほど増加したからだ。
…………いや、それ、そういう意味じゃないから。




