解決編2
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友達がいないから孤独というのは些か早計ではないだろうか。
たとえ周りが自分を孤独な人間として見てきても、それを自身が認めなければ、孤独とは呼ばないのではないかと、そう自分に言い聞かせてきた。
たとえ孤独の定義が前述の通りだとしても、自分は常に孤独な存在だと、誰よりも自分自身がそう思ってきたので、結局のところ自分が孤独なのは間違いない。
友達がいない事に寂しさと劣等感を常に抱きながら、自分はこれまで生きてきた。
にもかかわらず、自分は孤独を否定してきた。
誰よりも友情に飢え、誰よりも孤独の寂しさを感じながらも、自分は孤独ではないと言い続けてきた。
これは矛盾ではない。
単に見栄っ張りなだけだ。
ちっぽけなプライドを後生大事に護り、他者との関わりを捨て、自分自身の世界にのめり込む。
それが自分の生き方で、それ以外の生き方は知らなかった。
知らずに生きてきた。
世間体を重んじる両親が自分に望むのは我が子の幸せではなく、優秀な成績であり、自分はそれに応える為にあえて孤独な世界に浸っているのだと、自分に言い聞かせてきた。
我ながらなんという間抜け。
なんという愚か者だろう。
その哀れな愚者が他者との関りがどれだけ暖かで、どれだけ心安らぐものかを教えてくれたのが、あの人だった。
あの人と初めて会ったのは図書館だったか。
最初な思わず逃げてしまったが、それでもあの人は何度も辛抱強く話しかけてきてくれた。
しまいにはこちらの趣味を調べ上げ、それについての話題を振って来てくれた。
純粋な優しさ。
温かな思いやり。
一度、壁が壊れれば、自分があの人に依存するのはある意味当然だと言える。
依存を自覚しつつも、自分はその想いを止められずにいた。
こんなにも重い感情が、自分の胸の内から生まれてきたのは驚きだった。
おそらくそれは、恋に近い感情だったと思う。
身勝手な独占欲が邪魔しなければ、崇拝と呼んで良かったかもしれない。
相手の事を思わず、自分の事を相手に押し付けてばかりで、自分の醜さばかりが嫌になる。
そのくせ自分の醜さを棚上げして、他者に責任を押し付けるから、余計に孤立する。
それでもあの人は自分を避けなかったのだから、とんだお人好しだ。
だからますますあの人に依存していったのか。
だからあの人に近付く異性にここまで嫉妬したのか。
だから自分は壊したのだ。
あの人に関わるものを────あの人の全てを壊したのだ。
★
「でも、どうして自分が犯人だと分かったの?」
ポエミーな動機の告白の後、彼女は自嘲するように尋ねてきた。
僕は話すかどうか少しだけ迷ったが、
「最初は勘違いだったんだ。僕の部屋の鍵を外から閉める事のできる魔法を持ってるのはヤオ・ワンしかいないと思ってたんだ」
僕の部屋の鍵は最初から開いていた。
だから入るだけなら誰でもできる。
だけど、閉めてから外に出るとなると話は変わる。
如何にして鍵を閉めたか。
それについて僕は考えた。
必死に考えた訳ではないけど、頭の片隅でうっすらと考えてた。
気付いたのは、ヤオ・ワンと戦った時だった。
ヤオ・ワンの魔法。
空中に電気を流して、磁力を操る魔法。
それで僕の部屋のあのちんけなあおり止めを動かしたのだと考えた。
だけど違った。
あれに磁力は帯びてない。
だからヤオ・ワンがどんなに電気を流したところで、あれを扉越しに動かす事はできない。
それに電気を流したら、扉に焼け焦げた跡が残る筈。
その痕跡は何処にもなかった。
ならば、電気で煽り止めを動かした訳ではない。
そもそもあの時の扉にはもう一つの鍵、ヒオカさんの目があった。
ヒオカさんが目を離してない限り、あの扉を使った可能性は除外できる。
…………とんだ思い違いだった訳だ。
ならば、犯人はどうやって僕の部屋の鍵を掛けたのか。
もう一つの出入り口である窓も、一応は調べたが何の痕跡も残ってなかった。
さっきのと同様の理由でヤオ・ワンの電気で鍵を掛けた可能性は除外できる。
ならばどうやって。
一見不可能に見える状況でも、真実を知ればこれ以上ないほど単純であり、だからこそ自分自身の間抜けさが際立つというか、どうして気付かなかったのかと頭を捻りたくなるものだった。
★
現在、僕の部屋にある家具はベッドと勉強机とタンスと時計の四つだ。
そのうち時計はつい最近、家具屋で購入したもので、残り三つは最初から部屋に備え付けられてあったものである。
そしてベッドと勉強机は重さを除外すれば簡単に動かせるのだが、壁側に置かれたタンスについてはその限りではない。
タンスだけは壁にびっちりとくっついて、そしてそこに固定されてある。
言うなれば、タンスだけ壁と一体化しているようなものだ。
そして、そのタンスが今回の密室の鍵ともなる存在である。
このタンスは、特に変わった形状をしている訳でもなく、普通の直方体で引き出しが複数ついてある、ごく普通のタンスがが、置かれた場所と固定のされ方が問題だ。
…………あまり細かい説明をすると逆に分かりにくくなりそうだから、もういっそ簡単に言っておこう。
この固定されたタンス、実は動かせるのだ。
でもって、動かしたら隣の部屋に自由に行き来出るのだ。
言うなれば、隠し扉か。
隣の部屋からはタンスの裏側が見えていて、そこにねじ止めしてある固定具を外せば、あっさり行けるような仕掛けとなっている。
裏を見れば一目瞭然だし、むしろ隠し扉と呼ぶのもおこがましいと思える程のしょぼい造りである。
というか、真実を言うと、もともとそこは中に仕切りのある大きな一つの部屋で、最初から繋がっている。仕切りのところにタンスを置いて出入口を隠して、一つの部屋を二つに見せかけてただけだ。
つまり、僕の部屋からは密室に見えても、隣の部屋から見れば密室でもなんでもない。
ただの地続きの同じ部屋だ。
僕の部屋の明かりが消えなかったのも、隣の部屋の犯人が密かに細工してたせいだ。
夜の暗闇の中、隣の部屋の明かりが漏れてしまえば、そこが元々同じ部屋だという事がバレてしまうからだろう。
思い返してみれば、僕があの部屋に越してきた次の日に、隣の部屋の奴が僕の部屋の前で変な工具を持って立っていた。
あれは僕の部屋の明かりに細工をし終えたところだったのだろう。
あの時、既に僕の部屋の家具を壊すつもりがあったのか、それとも僕の部屋から何かを盗み出すつもりだったのか。
それは定かではない。
ただ、僕の部屋が元々はヒオカさんの部屋だったという事は忘れてはならない。
僕があの部屋に来る少し前に二階の広い部屋に移動したらしいが、独占欲を拗らせている彼女がその対象であるヒオカさんと同室だったのは、見過ごしてはいけない事ではないだろうか。
…………まぁ、当人であるヒオカさんが大して問題視しないような気もするけど。
「とにかく、密室を破れるのが隣の部屋の住人であるお前しかいなかったからだよ」
と、僕は彼女を指さし、告げる。
「犯人お前だよ────ヤオ・ワン」
告げられたヤオ・ワンはため息を吐き、苦笑いを浮かべながら反論する。
「それじゃ、自分の予想外のトリックが使われてたら、何の理由にもならないんじゃない? 証拠はないの? 証拠は」
「動機まで語っといて、何を今更抵抗してんだよ」
「それはそうだけど」
ヤオ・ワンは再び溜息を吐き、
「ま、証拠はあたしの部屋に来れば一発なんだけどね。実を言うと、あんたの買った家具は全部、あたしの部屋に保管してるから」
「え、嘘? それじゃ僕の部屋にあった、あの破壊の残骸は?」
「あれは、元々あたしの部屋にあった家具類。あたしの家具を壊して、あんたの家具を盗んだ訳。理由は言わなくても判るでしょ」
「目的が僕への嫌がらせじゃなくて、ヒオカさんに関わるモノが欲しかったから……か?」
「そういうこと」
ヤオ・ワンが首肯する。
「実を言うと、あたし、あんたの事、そこまで嫌ってはないのよ。あれだけ意固地になってボディガード反対してたのも、半分は理事長先生の指示だし」
「マジか? それじゃ僕への悪態も、ボディガード就任を反対したのも、全部ブルババの仕業だったって事?」
「いや、だから半分だってば」
ヤオ・ワンが否定する。
「最初、理事長室でぶちギレたのはあたし自身の意志だし、あんたに嫌な態度をとったのもあたし自身が、あんたの事を嫌いだと思ってたからやってただけだから。
理事長先生が指示したのは、ボディガード反対の件。
五人全員がボディガードを認めると言わないと、あんたのボディガード就任を認めないって言いだしたのは理事長先生なのよ」
「うわぁ、マジか……。動機については、たぶん僕について調べる為か……」
「あ、うん。そう言ってた。それと、終わった後は全部バラしてもいいとも言ってた」
「隠す気なしか。まぁ、そうだろうな」
既に言ってた事だし。
「あ、もしかして家具を壊し、いや、盗んだのもブルババの指示か?」
「いや、それは関係ない。それはあたしの勝手な我儘。理事長先生が企んだのは、あんたの戦力を見極める為にボディガード就任を反対した事だけ。だから魔剣をあたしに渡してきたんでしょうね」
「ボディガード就任を反対すれば、ヤオ・ワンと戦う流れになるって予め読んでた訳か…………ふうん……………………あれ?」
────ふと、唐突に僕は違和感を覚える。
話の内容に関して違和感を覚えた訳ではない。
そっちはおそらく真実を語ってると思う。
そうじゃなくて、先程まであったヤオ・ワンの異様な雰囲気。
喉がひりつく様な得体の知れない恐怖と、虚ろな瞳。
自白した事でそれが吹っ切れたように思えたのだが、なにか違う。
確かに吹っ切れたのかもしれないが、どこか違うカタチで吹っ切れてるのではないか。
こちらが望まないカタチで吹っ切れてないだろうか。
むせ返るような鉄の臭いと証拠も提示してないのにあっさりと自白したヤオ・ワンの態度。
そしてキッチンになかったヤオ・ワンの包丁。
不意に音がする。
────ぴちょん、ぴちょん、と水滴の落ちる音。
ヤオ・ワンの足元に水溜まりができている。
血でできた赤い水溜まり。
今まで気付かなかったのが不思議なくらいの大きさ。
まさかと思い、ヤオ・ワンの身体を検める。
腹部から背中、胸、首、手首にいたるまでしっかりと確かめる。
だが、怪我らしい怪我はどこにも見当たらない。
こんな突然の僕の行為に、ヤオ・ワンは何の抵抗も示さない。
「あーあ」
といたずらがバレた子供のように肩をすくめる。
その手には血にまみれた一本の包丁。
ずっと隠し持ってたのか。
僕はその包丁を見る。
包丁からは血の滴が垂れている。
それが足元の血だまりを作っていたようだ。
しかし、彼女に怪我はない。
しっかりと確かめたから間違いない。
ならばその血はどこから?
ふと、僕は床を見る。
真っ白だった筈の廊下。
だけど違った。日差しのせいで真っ白に見えて、見落としていた。
ヤオ・ワンの足元に落ちる水滴────血の滴。
それが足跡のように奥側の部屋へと続いている。
あれは…………ヒオカ・ニサンの部屋だ。
という事は、これから向かうのだろうか。
いや、違う。
既に行った後だ。
行った後の帰りに僕と遭遇したのだ。
という事はつまり────。
僕はすぐさまヒオカ・ニサンの部屋に向かう。
ヤオ・ワンの事は知らない。放っておく。
ヤオ・ワン自身もこちらの行動を止めようとしない。
急いで部屋の前に向かい、勢いよく扉を開ける。
鍵は掛かっていない。
仮に掛かっていたとしても、むりやりこじ開けてただろう。
扉を開けた途端、むせ返るような鉄の臭いが更に強まった。
鼻腔どころか眼球にまで絡みついてくるような強い臭い。
僕は目を擦り、部屋を見る。
廊下とは対称的な黒の空間。
明かりがともっておらず、夜闇のように暗くなっている。
そこには人の気配がない。
音もない。
唯一聞こえるのは僕の呼吸する音と心臓の音。
それ以外は何もない。
夜の廃墟のように静まり返っている。
辛うじてあるのは熱だ。
床に零れた赤い液体に溶け出している。
胸が痛い。
痛いし、煩い。
喉も焼け付くような痛みを訴えている。
苦しい。
呼吸がままならない。
僕は、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
だが、一向に落ち着かない。
心臓も呼吸も全力疾走した後のように暴れまわり続けている。
ぴくぴくと瞼の端が僅かに痙攣を起こす。
だが、僕は構わずに見る。
薄暗い部屋の中。
その中央。
そこには、ヒオカ・ニサンの死体が転がっていた。




