シュタッ子
シュタッと降りてきたショタっ子は、子供らしくぷんぷん怒りながら、ムキンチさんに文句を言った。
「もう先輩、こんなところで何をやってるんです。こんな下等な生物の傍に居たら魂が穢れますよ。さっさと空へと帰りましょう」
「ああいや、オレよりも強い人間がいたから勝負を挑んでたんだよ」
ムキンチさんの方が子供みたいな言い訳をする。
その返答にショタは理解できないといったように肩をすくめ、ついでに眉をひそめ、
「はぁ? 竜よりも強い人間がいる訳ないじゃないですか。何を寝ぼけた事を言ってるんです?」
「寝ぼけてねぇよ。ほら、そこの野郎だから、確かめてみな」
「え?」
ショタの視線がこちらに向く。初めてこちらの存在を認識したかのような目。指された僕は、思わず自分でも指を指す。
なんだろう。嫌な予感。授業中に教師と目が合った時のような感じ。
「…………」
ショタは黙ってこちらに近付き、何の前置きもなしにお腹を殴ってくる。
踏み込みのなってないテレフォンパンチ。
にもかかわらず、小さな拳が腹筋を突き破り、ずぶりとお腹にめり込む。
見た目に似合わぬ鋭く、重い一撃だ。
成程。これは結構ガチな強さ。
異世界チートの力がなければ、僕なんかは一瞬で肉片と成り果てていただろう。
元の世界の僕なら風圧だけで消し飛んでいた。
とはいえ、超重量戦車級のムキンチさんにはだいぶ劣る威力である。
ショタがフリーザ戦くらいなら、ムキンチさんはブウ戦くらいの差がある。
なので、身勝手級の僕には、「あいだっ」ぐらいで済んでしまう。
「…………え?」
案の定ショタが驚いた。
僕が無傷なのが意外というか、もはや理解不能といった感じ。
突然、街中で美女が話しかけてきた時の僕みたいな反応だ。
アレはただのキャッチだったけど。
「ほら、今度はそっちの番だ。そいつを殴り返してみな」
ムキンチさんが顎で僕とショタを指して、煽ってくる。
殴られて分かったが、確かにこれは子供がどうこうの話じゃない。
人間と竜の話だ。
だから子供相手に暴力でも許される。
竜側が望んでいる以上、こちらも竜の価値観に合った行動をとるべきだろう。
とはいえ、十歳くらいの子供を殴るのは気が引けるので、
「いきなり他人を殴ったらダメだろ、こらっ」
と、説教風に拳骨を堕としてみる。
これなら暴力も許されるかな、という判断である。
ま、ここは異世界だし、相手も人間じゃなくて竜だし、問題ないだろう。
しかし、僕の拳がショタの頭頂部にヒットすると、ショタは顔面から勢いよく地面にぶち当たった。
「ぶぎょあっ」
ショタの可愛らしい見た目に反して、粒交じりの放屁みたいな汚い悲鳴が飛ぶ。
見ると、ショタの頭が若干、地面にめり込んでいるのが判る。
どうやら、ちょいと強くやり過ぎたようだ。
「…………これ、生きてる?」
僕は、びくびくしながら乱暴なエロ同人事後の如くピクピク痙攣しているショタを指さし、ムキンチさんに尋ねてみる。
訊かれたムキンチさんは、
「あー大丈夫大丈夫。これくらいじゃ死なねぇよ」
とアルコール摂取中の海賊みたいに豪快に笑ってみせる。
…………本当に大丈夫だろうか。
僕がめり込んだショタを覗き込もうとすると、地面にめり込んでいたショタが勢いよく立ち上がった。
土にまみれて判り辛いが涙目だ。
今にも零れ落ちそうな瞳でこちらを睨んでくる。
「うぅぅううううっ!」と唸り声付き。
「…………あぁ、ごめん。ごめん。ちょっと強くやり過ぎたみたいだね。すまん」
ショタはサイレンの如く唸りながら、僕のふくらはぎを思い切り蹴る。
「アイタっ?」
思わぬ反撃に声が裏返るが、やはりダメージは皆無。
全裸で脂モノを揚げた時の方がずっと大きいくらいだ。
「嫌われちゃった」
「当たり前でしょ」
これまで黙っていたヤオ・ワンがぼそりと呟く。
唐突な竜の登場に驚いていたようだが、どうやら少し冷静さを取り戻したようだ。
と、ここでムキンチさんがショタに命令をする。
「あ、そうだ。なぁ、クソガキ。そこの広場が荒れちまったから、ちょいと直してくれよ」
「クソガキって……名前を呼んでやらないのかよ」
しかもヒモが小遣いをねだるかのような言い方で。
「いえ、こちらにはお前らみたいに名前で呼び合う習慣なんてありませんので」
とショタが嫌悪感マシマシの表情で口を挟む。
「あ、そうなの?」
これが人と竜の文化の違い。
外国ので刺青を否定するようなものか。
「ならいいや。そっちの慣習に口を挟めるほど偉くはないし」
「つうかそれより、さっさと直せって言ってんだろ、クソガキ」
偉そうな態度でムキンチさんがショタに命令を下す。
その命令にショタは嬉しそうな笑顔で、
「あ、はいっ。分かりました、先輩」
と言って、グラウンドを直しにかかる。
ショタの小さなケツからぶんぶんと尻尾を振っている幻覚が見える。
一見、DVクズ親と強制笑顔の子供みたいなものすごく闇の深い光景に見えるが、実際のところ、片想いの少年が大好きなお姉さんに話し掛けられてとても幸せ、みたいな状況なんだろう。
見方を変えれば、脳筋で乱暴な年上のお姉さんとと理性的で泣き虫な年下の少年というなかなかアリなカップリングなので、そこまで理解不能という訳でもない。
…………問題は、脳筋のお姉さんの方に交尾をせがまれてるのが、僕ってところなんだけどね。
どちらにせよ頭と心の痛い状況だった。
◆
僕が頭を抱えている間に、ショタが地属性魔法を唱え、月面の裏側並みに荒れ果てたグラウンドが、早戻し映像かのように、みるみる直っていく。
およそ三分ほどでボコボコに荒れたグラウンドがすっかり元通りになった。
「おぉ、お見事」
僕は素直に感心し、ショタに賛辞の拍手を送る。
「…………」
ヤオ・ワンに至っては驚愕し過ぎて、絶句している。
まぁ、元グラウンドというよりは超巨大イグアナの体表といった方が近いくらいに荒れていたから、ヤオ・ワンみたいになるのも無理はない。
抉れたところは一番深いところで二十メートル程、無事だったのは、ライトのところとバリアの制御装置のところだけで、比較的バリアの制御装置に近いヤオ・ワンのところでさえも地面がほとんどなくなっていた。
我ながらよくもまぁ、ここまで荒らしたもんだよと感心したくなるぐらいの荒れ方だった。
「終わりましたよ。帰りましょう先輩」
「…………ん? おぉ、そうだな」
ムキンチさんがぼんやりとした反応をみせる。
「どうしましたか?」
不安そうにショタが尋ねる。
「ああ、いやすまん。ちょっと血を流し過ぎたせいで、頭がくらくらする」
「大丈夫ですか? 先輩が血を流し過ぎるなんて…………あっ」
ショタがムキンチさんの変調の原因に気付き、こちらを睨みつける。
僕は言い訳する余地もないと判断し、目を伏せ、黙る。
ショタが言う。
「…………いつか、この借りは返してやりますから、覚えておいてください」
それからムキンチさんを抱えて、空へと飛び立っていく。
数か月放置したナスビみたいに萎びたムキンチさんの身体が点ぐらいの大きさになったところで、ショタが竜へと変身し、更なる大空へと飛び去っていく。
僕とヤオ・ワンはそれをどこか夢心地で見送る。
そして、暫くして、
「あんた、実力を隠してたのね? なんであたしとの戦いの時は本気を出さなかったの?」
「…………ああいや、あれは本気を出してなかった訳じゃなくて……」
魔剣が異世界チートの力を封じてたとか、そういう事を言おうと思ったが、その前にヤオ・ワンが、
「もういいわ」と話を打ち切り、
「先に帰るわね」そう言って、一人で帰ってしまう。
帰る先は同じなので、一緒に帰ってもいいんじゃないかと思ったが、どうもヤオ・ワンの向かってる先が違っていた。
どういう事だろう、と思うが、どこかに用件があるのだろうと判断し、すぐに忘れる事にする。
なにはともあれ、こうして事態は終結した。
色々大変な事が起きたけど、結局は皆、無事だった。
それに、ムキンチさんの正体が、僕が異世界に来たばっかりの時に戦った竜だった事が判明しただけでも、今回の件は無駄ではなかったと思う。
いや、思っておこう。
じゃないと、徒労感が半端ない。
色々と、精神的にも肉体的にも疲れる一日だった。
◆
次の日、見知らぬ女性が僕を起こしてきた。
「おはようございます」
「いや誰?」
眼鏡を掛けたキャリアウーマンみたいな風貌。
眼鏡のレンズに当たる程の長い睫毛。
覗き込まなくても下着が見えそうな短いスーツスカート。
お尻の形が丸わかりなくらいぴっちりしている。
「理事長先生の使いの者です」
夜の生活がとても激しそうなキャリアウーマンさんが言った。
「理事長先生……? ああ、ブルババのことか」
「はい。支度ができたら、すぐに向かってほしいとの事です」
「分かりました。ですけど……」
「勝手に上がり込んできたのは謝罪します。ですが、何度かノックをしても返事がなく、鍵も掛かってなかったようなので、申し訳ありませんが、勝手に上がらせてもらいました」
「ああいや、それは別にいいんです」
昨日は疲れてたから、ぐっすり眠っていたのだろう。
「それよりも、こんなに綺麗な貴女から毎日起こされたいと思いまして、できればこれから毎日僕を起こしにきてくれないでしょうか」
「…………お断りします」
「ですよねー」
分かってはいたけど。
「それでは、支度を整え次第、すぐに向かうようお願いします」
キャリアウーマンさんは丁寧に頭を下げ、部屋から出て行ってしまった。
「…………」
僕は出て行く際のぴっちりした尻を眺めながら、どうして自分があんな事を言ったのか、と後悔する。
…………寝起きの頭であんな美人見ちゃったら仕方ないよね。
顔を洗おうと、頭を振りながら自室を出たら、まだそのキャリアウーマンさんがいた。
なにやら顔が赤く、僕の部屋の前でしゃがみ込んでいる。
「うぉっ?」
「え? あ? し、失礼します!」
キャリアウーマンさんが慌てて走り去っていく。
その際、短いスーツスカートの中から下着がチラリと見えた。
なんと素晴らしい光景。
いや、それよりも、彼女は一体、何をしていたのだろう。
なんとなく悪い事をしてはいないと思うのだけど。
…………まぁいいか。
気持ちを切り替え、僕は顔を洗いに向かった。
◆
支度を整えたので、理事長室に向かう。
そしてそこで碇●ンドウみたいなポーズをしたブルババから、
「ヤオ・ワンが、あんたをボディガードとして認めるって言ってきたんだけど、何か心当たりはあるかい?」
「それよりあんたの部下の名前を聞かせてくれるか? すっごい美人だったんだが?」
「悪いが初対面の女にチ●コを勃起させながら口説くような奴を紹介したくないさね」
「あ、いや、それは男性特有の生理現象で……」
「発情してチ●コを勃起させるのも男特有の生理現象だろう?」
「違うんです。誤解があります」
思わず敬語で否定。
「冗談さね。だけど、あのコは男性に免疫がないんだから、あまりからかわないでおくれ。アタシの大事な部下なんだよ」
「別にからかってるつもりはないんだけど……」
まぁいいか。寝起きで欲望が前のめりになり過ぎてた事は否定できないし。
「それよりも、用件は何?」
「さっき言ったじゃないか」
「うん?」
記憶を探り、思い出す。
「え? 嘘? ヤオ・ワンが僕を認めるって? どういう風の吹き回し?」
「だから、それを聞いてるさね。本当に心当たりがないのかい?」
「え、あー、うん……」
竜と戦ってるところをみせて、実力を分からせたって言っても信じてくれるだろうか。いや、むしろこれは信じられた方がまずいのか?
ちょっと人間離れした強さを持ってると知られたら、まずいかもしれない。
ある程度の強さなら見せつけてもいいだろうけど、ちょっとムキンチさんレベルの強さはダメな気がする。
あれはちょっと規格外過ぎ。
音速越えの速度を十分以上維持して息を乱さないとか、我ながらやり過ぎたと思う
。今にして思えば、ヤオ・ワンにもバレたらまずかったと思う。
ムキンチさんが口を挟んできてうやむやにしてくれたけど。
「別に弱みなんか握ってないよ?」
と僕は言う。
咄嗟の言い訳にしては、我ながら上出来だと思う。
さて、どうか。
「…………」
「…………」
ぎろり、とブルババが睨む。
落ち窪んだ眼窩からやや濁り気味の眼球が蠢き、じっとこちらを見つめる。
眼光の鋭いババアってのは、素直に怖い。
もともと妖怪じみた容姿だから猶更だ。
鉛を飲み込んだような重い沈黙の後、
「…………まあ、いいさね」
と、ブルババが視線を切り、ため息を吐いた。
僕もほっと息を吐いたが、ゲロも吐きそうだった。
「そういう訳だから、あんたのボディガード任務は続行さね。カードに印は今更いいだろう? あれはヤオ・ワンが納得する為に作ったものだからね。ヤオ・ワン本人が認めたら、いらない筈さ」
「…………まぁ、ヤオ・ワンが文句を言わないなら別にいいけど」
「それじゃ、改めてボディガード就任、おめでとう。これから宜しくさね」
「ま、特に何かをするって訳じゃないらしいけどね」
「そうだね。あんたの住む場所が五人と一緒の寮か、普通の男子寮かぐらいの違いさ。あと、給料が発生するかどうかだね」
「給料は本当に貰っていいの?」
「構わないよ。どうせボディガードじゃなくても、特待生扱いで奨学金を与えるつもりだったからね」
「…………マジで特別扱いなんだな」
「言ったじゃないか。嘘はついてないさね」
「…………まあ、ヤオ・ワン使って、僕の実力を確かめようとするぐらいだもんな。そんな手間掛ける価値があるって思ってるみたいだし」
途端、ブルババの表情が止まる。
凍るとも違う。
完全な無表情。
さっきとは別種の沈黙が周囲を包み、少ししてから、ブルババがシニカルに笑った。
「へぇ、どこで気が付いたんだい?」
「いやぁ、やっぱあの魔剣かな。あの剣ってあんたが用意したんでしょ? それをわざわざヤオ・ワンに渡すって、二人が繋がってる証拠だと思って。まぁ、確証とまでは言わないけどさ」
「ふぅん。成程。でも、どうしてアレがアタシの物だって気付いたんだい?」
「博物館に展示してたのを見つけたんだよ。いや、見つけてたんだよ。その時は全然気づかなかったけど、後でケースが空だったのを見て思い出したんだ。それと、その展示品のプレートに記載されてた提供元の名前。そこにあんたの名前が書いてあったから」
────ブルースキン氏、と。
「そういえば、あんたの名前は最初の最初、ここに連れて来られる前、この街の門兵さんから聞いてたんだよ。それを思い出してね」
だいぶ遅くはなったけど。
それでも一応は思い出せた。
「後々になって思えば、あんたもそこまで隠す気はなかったんでしょ? 試合が終わった後にも、用件がないか聞いてきたし」
「そうだね。あんたがどれくらい鋭いかを確かめようと思ったのさ」
悪びれずにブルババが言う。
そう。これらは全てバレてもいいと思ってるからの行動。
結局、全てはブルババの手のひらの上で踊ってた訳だ。
「そうまでして僕の実力を確かめたかったのか。どうして?」
「そりゃあ、折角、竜が人間に変身してるんだから、色々と好奇心が動くのは当然だろう」
「…………」
「別に隠さなくていいさね。あの日、馬車が襲われる前、森の中で竜が暴れてるのはこの目で見てるんだ。アレは、あんただろう?」
「…………?」
「…………おや?」
数秒間沈黙した後、僕は大声を出して笑った。
「アッハッハッハッハッ! マジか! そういう勘違いされてたんだ! なんだ! そういう事だったんだ! アッハッハッハッハッ!」
幼稚園以来の大爆笑。
こんなにも笑ったのは、本当に久しぶりだ。
意図してなかったとはいえ、まさか黒幕ポジションのブルババを出し抜けるとは思わなかった。
出し抜くというより、ブルババが勝手に勘違いしただけだけど、それでも構わない。
ものすごく愉快。
他人の失敗ってこんなにも笑えるものだと、初めて知った。
「あらら、どうやら読み違えたみたいだね」
ブルババが頬をかきながら、苦笑いを浮かべる。
本当だったら赤面ものだろうに、おそらく必死に表に出すのを我慢しているのだろう。
「いやぁ、まさか僕を竜だと勘違いしてるとは思わなかったわ。僕はただ竜と戦っただけだってのに。うわぁすごい間抜け」
「へぇ、って事は竜に勝ったのかい? それと昨日、学校上空に現れた竜を追い払ったのもあんたかい?」
「…………」
僕はすぐさま笑いを止め、両手で顔を覆った。
どうやら僕はハメられたようだ。
ブルババはあくまでそういう可能性もあるって考えてただけで、本当に勘違いしてた訳ではなかったようだ。
それを確認する為、ちょいと罠を仕掛けて、まんまとハマってしまったようだ。
「すごい間抜けなのは僕だったか…………ハハハ、笑えよ」
「いや、あんまり面白くないから笑わないさね」
なんて滑稽。
なんて哀れ。
我ながらすごく惨めだ。
やはり他人の失敗を嗤うのは良くない事だ。
それをこの身を持って学んだ。
ともあれそういう感じで、折角ブルババの企みを見抜いたのに、僕は恥をさらしてしまう結果となった。




