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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
35/43

ムキンチ再び

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 見つけたそぉおおおっ!」


 マイクだったら音割れ必至どころかマイクそのものが空気の振動によって破壊されるんじゃないかと思えるような凄まじい怒声が、おそらく二十メートル以上は離れているであろう距離にも関わらず、こちらの全身を震わせる。

 ビリ、ビリ、ビリ、と。空気の振動もそうだし、殺気でもビリビリ感じる。

 凄まじい圧力。


 デカい。


 二十メートル以上離れてるにも関わらず一目でそのデカさが判る。

 周囲の背景と比べて、パースが狂ってるんじゃないかと思えるようなサイズ感。

 巨大。

 圧力。


 そして筋肉。


 鋼のような筋肉の上にはおびただしい量のぶっとい血管が浮き出ており、その筋肉の膨れ上がり方を強調している。


 ヤバい。


 こいつを見たらおそらくは誰しもがそう思うだろうし、そうとしか言えないだろう。たとえ何かしらの文学賞を取るような豊富な語彙の持ち主であろうと、直視しただけで命の危機の直面したように感じる危険生物の前では、きっとそうとしか言えなくなると思う。


 この危険度はナウマンゾウの足元よりも高い。

 人の形をしておきながら、明らかに人外級の危険度を誇る巨大筋肉女性。


 即ち、ムキムキパンチパーマこと、ムキンチさんとの久しぶりの再会である。


 今はパンチパーマが進化してアフロになってる。

 赤ん坊くらいならベッドにして安眠できそうなくらいの巨大で弾力のありそうなアフロ。


「会いたかったぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 またしても怒声。


 咆哮に合わせて、ビリ、ビリ、ビリ、とさっきよりも強めに大気が震える。

 てか、地面さえもが胎動している。

 地中深くのマグマの持つ溢れんばかりのエネルギーがそのまま地表に噴出したかのような、ダイナミックな振動。


 強烈で、重厚で、そしてなにより強大な圧力。

 それが、五感を通り越して脳へダイレクトに響かせてくる。


 僕は身を反転させ、すぐに逃げ出した。

 僕にしては珍しく即断即決。言葉を交わすかどうかも迷わずに諦め、逃走に全意識を傾けた。


 逃げる事は得意だが、それはあくまで精神的な行為。

 こういう物理的な逃走はどうだろうか。

 誰かに追いかけられるなんて、元の世界じゃ子供の時以来だと思う。


 全力で駆ける。


 地面を蹴る度にその石レンガの割れる音が聞こえる。

 それだけ強い脚力で蹴り続ければ、それはもう恐ろしい速度となり、人間が出すべき力を超えてしまう。


 視界も視野の中央部だけがはっきりと見え、周囲の背景は放射状に流れていく。

 F1レーサーが見る景色がこれに近いんじゃないかと思う。

 あるいは宇宙船がワープする時のような感じ。

 アニメや映画とかでしか見られないやつ。

 ただ、惜しむらくはここは街の中で、そこら中に僕達とは無関係な通行人がいて、その人達を避けようとすると、その度に速度が落ちてしまう点だ。


 要は、避けながら逃げるのは難しいって話。


 ただ、それでも速度は人類の肉体の限界を余裕で突破し、下手したら音速の壁さえも突き破りそうな領域に達している。


 だから、逃走中の僕の意識は、速く走る事よりも、誰かにぶつかってしまわないようする事の方に集中している。

 なんか以前にも似たような事をした覚えがあるのは気のせいだろうか。


 ともあれ逃げる。


 逃亡先はおのずと決まる。

 学校だ。

 特に理由なんてない、というかそこしか選択肢がない。

 僕が知ってるところといえば学校か家具屋さんしかなく、この、鬼よりも恐ろしいムキンチさんを連れてサムさんのところに逃げ込むってのはあり得ないので、学校に逃げ込むしか選択肢が残されていない。


 徒歩一時間ほどの距離をわずか二分で走破して学校へと戻る。

 途中、人や壁にぶつかりそうになったりもしたけど、結果的には誰とも、何ともぶつからずに済んで一安心。

 いや、安心してる場合ではないか。


 校門を抜け、広い運動場に出て、僕は振り返り、ムキンチさんを撒けたかどうか確認する。


 すると、誰もいなかった。

 だが、そこには影があった。


 見上げると、影の上に巨大な筋肉が浮いていた。


 ムキンチさんは空を飛んでいた。


 武空術かなんかは知らないけど、とにかく空を飛んで追いかけてきていたようだ。

 十メートルくらいの高さを、まるでそこに地面があるかのように立って浮いている。


 飛行だと、僕がここまで来るのに一番苦労した障害物などの回避をする必要は一切ないし、こちらを追いかける速度にしても、高度を上げれば多少離れても見失う事はないだろうから、こっそりとした尾行はともかく、堂々とした追跡にはぴったりだ。


「…………マジかよ」


 いくら異世界で、魔法があるからといって、ここまで当然のように空を飛べる奴なんて見た事がない。


 異世界チートの力を持ってる僕でさえ、スピ●ツでも歌わないと空は飛べない(すぐに覚えられるかもしれないけど)。

 そう考えると、ムキンチさんはただの爆裂筋肉バーサーカー娘ではなく、かなり魔法技術も高い恐るべき戦闘筋肉生命体かもしれない。


 なにはともあれ、危険なのは間違いない。


「な、なんで追いかけてくるの……?」


「何で逃げるんだぁああああああっ!」 


「こ、怖いから……」 


「そうかぁああああっ! なら交尾するぞぉおおおおおおおおおおおおっ!」 


 あ、やっぱそれか。


 なにが、なら交尾、だよ。話の繋がりがないくせに、主張が強すぎる。


「嫌です」


「こっちも嫌だぁああああああああっ! 今回はするぞぉおおおおおおっ!」


 駄目か。


 なんかそんな気がしたんだよな。


「すぅ」


 息を吸い、構える。

 戦闘の構えではない。

 これから行うのは、ある種伝統の構え。

 こちらの世界では知らないけど、元の世界でなら謝罪などの際の切り札として使われてきた。


「ごめんなさい」


 土下座だ。

 とある界隈では猛虎落地勢とも呼ばれるとかなんとか。


 この土下座の構え。

 謝罪する側は精いっぱいの謝意を示す行為だが、それを受け取る側から見てみれば、


「いや、謝ったって仕方ないだろ」


 急にガチトーンで断ってきた!


 そうだよな。土下座って、実はあんまり効果がないんだよな。

 特に使う人間が僕みたいに薄っぺらい場合。

 せめて周囲に無関係な人がいて、それを目撃させながら行う事で協調圧力を発生させたりでもしないと、ただただ無様なだけである。


 でもって、現状、周囲には人がいないし。

 そしてなにより、ムキンチさんにはその手の圧力は通用しなさそうだ。

 じゃないと天下の往来であんな大声を叫ぶ筈がない。


「よっしぁあああ! ヤルぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「ひぃいっ! 誰か助けてぇえっ!」


 僕はすぐさま土下座態勢を解除し、無様に転びそうになりながらも必死に逃げる。

 あまりに無様すぎて、二足歩行ではなく四足歩行での逃走になりつつある。


 当然、二足歩行の人間じゃ、四足逃走では速度が出ない。

 追いつかれてしまう。


 ────だが突然、それは現れた。


 バァン、と何かが破裂するような音。


 僕は振り返り、それを確認する。

 と、そこには知ってる少女の背中があった。

 少女はまるでムキンチさんに立ち塞がり、こちらを護るように構えている。


「…………ヤオ・ワン?」


「様を付けなさいよ、クズ野郎」


 ヤオ・ワンがこちらを見ず、背中越しに返答する。

 彼女の腰には剣がぶら下がっている。


「な、なんで……?」


「別に。騒がしいからちょっと見に来ただけ。あたしは助けを呼ぶ人を無視する程、性根が腐ってないの」


「さいですか…………。……あっ!」


 思わぬヤオ・ワンの登場に呆気に取られてしまったが、ふと冷静に考えたらこれはマズい事に気が付いた。


「ごめん! 助けを読んだのは撤回する! だから、やめて! 逃げてくれ! 頼む!」


「はぁ?」


「ぅおぉおおおおおおおいっ、邪魔すんじゃねぇぞぉぉおおおおおっ!」


 ヤオ・ワンの怪訝な反応をムキンチさんの怒号がかき消す。

 こちらに振り向いていたヤオ・ワンは、その圧倒的な怒号にすぐ向き直り、剣を構えて、飛び掛かる。


「あ、馬鹿! やめろ!」


 思わず僕は叫んだ。ヤオ・ワンの迎撃に移るまでの判断が早い。

 まだほとんど状況を見極められてないだろうに、躊躇なくいくのはちょいと攻撃的過ぎるんじゃなかろうか。


 僕は慌てて、ヤオ・ワンの方に向かおうとしたが、ガクンと、急に膝が折れる。

 力が抜けるような感覚。

 この感覚は一度、体験した覚えがある。


 見ると、ヤオ・ワンの手にはあの魔剣が抜かれていた。

 この前の戦いの時に、ヤオ・ワンが暴走し、僕の異世界チートの力を無効化した、あのヤバい剣だ。


 どうしてあのヤバい剣がヤオ・ワンの手に?

 片付けてなかったのか?

 様々な疑問や想いが走馬灯のように駆け巡るが、肝心な身体の方が現実の方に追いついてこない。


 案の定、魔剣を抜いたヤオ・ワンは

「ギャギャギャギャッ!」と理性を失い、暴走をし始める。


 だが、相手が悪い。

 悪すぎる。


 ヤオ・ワンが上半身を捩じり、あの禍々しい魔剣を振りかぶる。


 そして上半身のバネを総動員して、魔剣を振りぬく。


 一切躊躇のない全力の攻撃。

 あれで地面にクレーターが出来たのは記憶に新しい。


 しかし、ヤオ・ワンの突撃はあまりにも容易く、あまりにもあっさりと終結する。


 ヤオ・ワンの振りぬいた魔剣が、砕かれていた。


 見るも無残に。

 原型がないくらいに。


 ムキンチさんはヤオ・ワンの魔剣に対して、軽くジャブ以下の拳を放っただけだ。

 まるで扉をノックするかのような、ほとんど力を込めてない攻撃。


 にもかかわらず、魔剣が粉々に砕かれているのだから、圧倒的な力量差は推して図るべきだ。


 やはりムキンチさんは次元が違う。

 立ってるステージに差があり過ぎる。


 根性論ではどうにもならない実力差。


 魔剣を砕かれたヤオ・ワンが意識を取り戻すが、事態はそれだけでは終わらない。


 ムキンチさんが、次に拳を繰り出したのはヤオ・ワン本体だ。


 これも扉をノックするかのように軽く叩いただけだ。

 だけど、あまりにも違いすぎる実力差は、ヤオ・ワンの命を簡単に踏み躙ってしまった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁッ!」


 僕は無意識のうちに叫んでしまっていた。


 僕の必死な慟哭の中で、ヤオ・ワンの右わき腹が吹き飛んだ。

 根こそぎぶち抜かれてしまった。


「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 あまりに無常な光景。ヤオ・ワンの左右非対称な身体が、内臓を巻き散らしながら宙を舞う。


 僕は叫びながらヤオ・ワンに駆け寄った。


 宙を舞うヤオ・ワンの歪な身体をキャッチし、その重さに愕然とする。 


 なんて軽い…………。


 そりゃそうだ。

 なんたって中身の大半が無くなってるんだから、当然だ。


「あ、すまん。やり過ぎたわ」とムキンチさんが謝罪する。

 だが、その態度には謝意も後悔も何もない。

 反射的に謝罪の言葉を吐いただけだ。

 案の定「ま、いっか」とすぐに開き直っていた。


「そっちから飛び掛かって来たんだ。自業自得だろ」


「…………そうかもしれないな」と僕は言う。


 ヤオ・ワンの目は見開いたまま。

 何が起きたか解かってない様子だ。


「だけど……」


「…………っ」


 ヤオ・ワンが何かを言おうとする。

 だが、彼女の口からは言葉ではなく、血が噴き出てくる。

 既に無くなった右わき腹のところからは、血液どころか内臓そのものが零れ落ちている。

 命そのものが無くなっていく。


「だけど…………僕は、お前を許さない」


 ヤオ・ワンの手がこちらの頬に伸びてくる。

 だが、その途中で力尽きて、落ちてしまう。


 僕は動かなくなったヤオ・ワンを抱きかかえたまま、ムキンチの方に向き直る。


「へぇ……」


 僕の戦意を見て、ムキンチが笑みを零す。


「そうだよ。それだよ。オレはそれを待っていたんだ。その肌がひりつくような殺意を待っていたんだ」


 猛禽類的な笑みを見せながら、ムキンチがこちらに近付いてくる。


 僕の中には様々な感情が蠢いていた。だが、それらは全てムキンチへの憎しみに塗り潰されていく。


 戦闘が始まった。


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