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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
24/43

試合開始直前

 カナ・ニサンは不満だった。

 ゴンベエがクリネ・ヨヨとコアカ・ファルゴにあっさりと慰められたからだ。


 自分とゴンベエの仲は特別だと思っていた。

 寓話とまでは言わないが、そこらを手を繋いで歩いているカップルに近い関係だと思っていた。


 だから自分だけが彼を慰められると思った。

 だが、その期待は障子紙のようにあっさりと打ち破られ、カナ・ニサンは途方に暮れた。

 どうして彼は自分以外に家具が壊された件を話したのだろう。

 確かにそのきっかけを作ったのは自分かもしれない。

 自分だけが彼の不調に気付いたという優越感に浸りたかった気持ちもあるにはあるが、それでも彼の事が心配だった気持ちの方が大きい。

 それは真実だ。

 だから訊いた。


 そしたら彼は、姉とすれ違いを起こしたからと言った。

 しかもこれまで秘密にしていた事もあっさりとバラしてまで。

 そこまで姉が大切なのか。

 自分とすれ違いを起こそうとした時は、ほとんど落ち込まなかった癖に。

 どうして。


 あの時は、自分だけが嫉妬に狂い、部屋に押しかけ、不満を吐き出していた。

 彼はそれを面倒そうに払いのけただけだ。

 自分はただの厄介な存在なのか。彼にとって取るに足らない存在なのか。

 どうして。どうして。


 さらに言えば、彼は昨日、クリネ・ヨヨと訓練を行っていたらしい。

 自分との訓練をできるだけ早めに切り上げたのは、まだ解る。

 ヤオ・ワンとの勝負の準備があるだろうから。

 だが、その準備、訓練の相手に何故自分ではなくクリネ・ヨヨを選んだのか。

 どうして自分では駄目だったのか。

 自分ならクリネ・ヨヨとは違い、金も取らないし、もっと献身的に訓練の相手を務めたのに。

 どうして。どうして。どうして。


 彼にとって、自分は一体何なのか。ただの護衛対象でしかないのか。


 どうして。どうして。どうして。どうして。


 これから彼はヤオ・ワンと試合を行う。

 自分はそれの応援に来た筈だ。

 だが、試合前の控室でのやり取りを経て、彼を応援する気にはなれなくなった。

 たとえこの試合に彼が負けても、彼はこの学園を止める訳ではない。

 あくまでボディーガードが務められなくなるだけだ。

 それなら、自分が彼の傍に行けば、何も問題はない。

 むしろボディーガードを務めてる方が、他の四人との距離が近いままなので、問題である。


 …………いつの間に自分はこんなにも彼の事ばかり考えているのだろう。

 彼との付き合いはたった数日の筈だ。

 それなのにどうして彼が他の人と仲良くしているのを見ると、こんなにも苦しいのだろう。

 腹が立って、悔しくなって、惨めな気持ちになるのだろう。


 感情が暴走する。神経がささくれ立つ。

 元々、感情のコントロールが上手な方ではないが、彼と会ってからますますその傾向が強くなる。


 どうして…………。


 いや、理由は分かっている。


 それでもまだ認めきれないところがある。

 だからこうしてうじうじと悩んでいるのだ。

 彼が魔闘台の方に行っても、まだ感情の切り替えが効かない。


 ふと見ると、クリネ・ヨヨが声も掛けずに自分の様子を伺っていた。

 どうして声を掛けないのか。

 まぁ、掛けられたとしても、自分はそれにうまく応えられないのだが。


 こちらが彼女の方をじっと見つめると、


「そろそろ観客席の方に行こっか」と何事もなかったかのように振る舞われる。


 ヤオ・ワンと違い、嫌われてはいないのだろうが、どうにも気を遣われているように思う。

 ゴンベエと比べると、明らかに壁がある。

 気を遣われるにしても他人行儀だ。

 これだけ見ても、たった数日の付き合いである彼の方が距離が近いのが判る。

 これならばむしろ嫌われてるヤオ・ワンの方が健全ではないのか。

 彼女は嫌われてはいても、自分を曝け出している。

 それに比べて自分は壁越しに話し掛けられているだけ。


 問題は、これがクリネ・ヨヨのせいではなく、自分の方に原因があるという事だ。


 自分が、自分を曝け出さずに、壁を作って、勝手に閉じ籠っている。

 自分から壁を壊さないと、相手は近付いてくれない。


 だからこそ、こちらの壁を壊してくれたゴンベエに対して強い執着があり、彼が誰かと仲良くしてるのを見ると、こうも心が掻き乱されてしまうのだ。


 そんな事を考えていたら、クリネ・ヨヨが、


「それじゃ、行こっ」


 と言って、観客席の方へ歩いていく。


 結果として自分はクリネ・ヨヨの言葉を無視してしまったにも関わらず、彼女は気を悪くした様子も見せずに、笑顔でもう一度同じような言葉を投げかけてくれた。

 優しい人だ。

 それに比べて自分はなんて身勝手な女だろう。

 彼との関係に嫉妬し、挙句に話し掛けられても無視をして…………最低だ。


 カナ・ニサンは己の弱さに自己嫌悪しながら、クリネ・ヨヨの後ろを付いていった。



 ◆



 ────時が来た。


 僕のこれからを左右する大切な試合だ。

 ここで負ければ、僕は彼女達とは距離が開く。

 それは個人的には望ましくないし、もしかすると何もかもが終わってしまう可能性もある。


 メタ思考だが。


 チート能力を得た状態で異世界に来たから、自分が物語の主人公であると思っているけど、そこら辺の事はあくまで僕の妄想にしか過ぎない。

 だけど、異世界に来るという非現実な状況が実際に起きてるが故に、この妄想が当たってるという可能性を捨てきれない。

 だから物語的に負けてはいけない試合に対して強いプレッシャーを感じてしまう。

 チート能力を持ってるので負ける事はないと思うが、それでも緊張はしてしまう。

 もしも僕が傍観者であれば、何を緊張してるんだか、と一蹴してしまうだろうが、今回は僕が当事者だ。

 当事者故に、僕の動き一つでこの先の未来が変わってしまう。

 当然だ。

 学力的に余裕のあるセンター試験でもある程度の緊張感があるように、この試合もそれなりの緊張感がある。

 そして、僕はプレッシャーに弱いタイプなので、それはもうバチバチに緊張してしまっている。

 胃が重くなりすぎて、自重を越えそうなくらいだ。


 さっきまでヒオカさんの件で緊張どころの精神状態じゃなかったけど、それがコアカさんのおかげでストレスから解放されて、またバチバチに緊張した状態に戻ってしまった。むしろ本番直前に解放された事で、なんだかいきなり危機的状況に投げ出されてしまったような感覚さえある。コアカさんは何も悪くないし、それどころかものすごく感謝するべきなんだけど。


 閑話休題。


 僕は控室から出て、魔闘場のリングに向かう。


 手には木刀。

 クリネさんから「……うわっ」と何故か引かれたやつだ。

 それを固く、まるで幼子にとっての母親の如く握りしめている。


 裏側特有の不潔な控室前廊下を進み、重い扉を開き、いよいよ対決の場に出る。


 そこは運動場を屋内に移し替えただけのような場所だった。

 周囲は野球施設みたいな壁と応援席に囲まれ、高い天井にはたくさんのライトが備え付けられている。

 ボクシングやプロレスみたいなリングはないし、それどころか漫画でありそうな円形の石板みたいなリングもない。

 細かい砂を薄くまぶしただけのような地面が直径100メートルくらいの円形に拡がっている。

 それだけの空間。

 本当に何もない。


 ただ、観客席の方をよく目を凝らして見ると、半円型の何かがぴっちりと張り巡らせているのが判る。

 おそらく結界とかそういうのだろう。

 魔法とか異世界系のやつだ。

 観客席には四人の女の子が並んで座っている。

 それ以外は誰もいない。


 座っているのは勿論あの四人だ。


 そしてそのうちの二人、コアカさんとヒオカさんがなにやら話をしている。

 僕は耳を澄ませてそれを聞いてみる。


「────という訳なんです。理解しましたか」


「成程、完璧に理解したよ。もう一度説明してくれるかい?」 


「…………分かりました。五回目ですが、もう一度説明しますよ」


 …………コアカさん。本当にありがとう。


 僕は責任感のあるコアカさんに心からの感謝を捧げ、対戦相手が来るであろう方向を見る。


 ほとんど待つ事はなく、僕が逆側のフェンスを見ると同時に、扉は割れるように開かれた。そ

 こから一人の少女と一匹のババアが入ってくる。


 少女はヤオ・ワン。


 そしてババアはブルババだ。


 どうしてブルババが、と疑問に思うが、すぐに審判役だと察した。

 雰囲気的にそれっぽい感じがしたのだ。


「お待たせ」

 とヤオ・ワンがシニカルに言う。

 彼女の腰には二本の剣がぶら下がっている。

 デザイン的に同じ剣ではない。

 全く別の剣だ。

 二刀流にするのも変なくらいデザインが違っている。

 鞘越しでも判るくらいに。


 …………というか、この剣、どこかで見た事あるような…………。


「よく逃げないで待ってたわね」とヤオ・ワンが言った。


「そりゃ逃げないよ」と僕は答える。


 当然のように言ったが、元の世界の僕なら逃げててもおかしくなかったな、と思った。


「アタシは審判役さね」とブルババが口を挟んでくる。

「ルールの確認はしておくかい?」


「一応お願いします」とヤオ・ワンにしては珍しく丁寧語でお願いする。


「武器の使用は自由。魔法使用もアリ。勝敗の条件は気絶か戦意の喪失の二つだけ」


「…………殺すのは?」


「戦闘後に逮捕されてもいいなら」


 ヤオ・ワンは肩をすくめた。


「他に質問はないかい?」


 ブルババが僕とヤオ・ワンを交互に見て確認を取る。


「はい、ありません」


「ないです」 


 僕とヤオ・ワンが頷き、それぞれ剣を構える。


 僕は木刀で、剣道みたいな構え。


 対するヤオ・ワンは鞘から抜いた剣を右手に持ち、左足を前、右足を後ろにした半身の構え。

 漫画やゲームとかで見た事ありそうな構えだ。


 それが実践的な構えなのかは判らないが、少なくとも素人の僕から見ても、それが堂に入ってるのは判る。


 確かに僕の剣道みたいな構えは、斬る事よりも防御と当てる事を優先させた構えだ。

 防御に関しても、剣道であるが故に、何かしら抜けがあると思う。

 面、胴、小手、突きの防御に特化してたり、あるいは回避の事をあまり念頭に置いてなかったり、そういう感じのところがあると思う。

 少なくとも実際に構えてる僕には、これって避けにくくね? って思えてくる。


 僕は構えを変え、ヤオ・ワンと同じような構えにする。

 が、どうも違和感が残る。


「むむむ…………?」


 素人があれこれ考えるのは、どうも駄目らしい。

 下手の考え休むに似たり。

 こういうのは自分がやりやすい自然な構えをするのが一番なんだろうけど、それを意識すればするほど自分がやりやすい自然な構えというのが判らなくなる。

 創作活動と一緒だ。


 僕があれこれ構えを変え、迷っていると、ブルババは僕の構えが決まるのを待たずに、手を上げ、


「それではいざ尋常に────勝負開始────ッ!」


 そうして勝負の幕が上がった。



 ◆



 って、ヤオ・ワン真剣じゃん!


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