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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
25/43

ヤオ戦1

 どうにも締まらないグダグダな状態で試合が始まってしまった。

 だが、いざ試合が始まると、気持ちは切り替わり、身体は自然と動いていた。


「ふっ!」


 ヤオ・ワンが踏み込み、右上からの袈裟斬りを放つ。

 僕はそれを後ろに跳んで避ける。


 続いてヤオ・ワンはさらに踏み込んで、左からの水平切り。

 僕は同じように後ろに跳んで回避する。


 ひとまず剣道の構えをやめたのは正解だった

 両足が横並びになっている剣道の構えじゃ、後ろに跳んで退くのは無理だっただろう。

 あれ? 剣道ってそういう構えだったか?


 ともあれヤオ・ワンの剣速は、後ろに跳躍する事でしか避けられないと確信できる速度だった。


 …………マジでヤバい。想像以上の速さだ。


 確かに異世界チートのおかげで、運動能力的には余裕かもしれないが、技術的、経験値的な面で、ヤオ・ワンの剣に対応するのは難しいと直感した。

 昨日、クリネさんと剣の訓練をしたけど、あれとは比べ物にならない速さだ。

 クリネさんには悪いが、昨日の訓練ではあまり役に立たない。

 いや、そもそもあれがなければ後ろに跳ぶこともできなかったか。


 と、とにかく想定以上の速さだ。

 元の世界での同級生の成長くらい速い。


「────ッ!」


 僕が戸惑っていると、ヤオ・ワンが更にどんどん剣を振るう。


 僕はそれを後ろに避け続ける。

 しゃがんで避けたり、左右のどちらかに避けたりするのは難しい。

 だから本当は避けるではなく、逃げると言った方が正しい。

 逃げ続けるだなんて、僕の人生と一緒だ。


「どうしたの? 逃げ続けるだけ?」


「うるせぇ!」


 ヤオ・ワンが挑発してきたので、泣きそうになる。

 今はそれどころじゃない。


 とにかく今は反撃の機会を探る事を優先────、


 ────と、ここで僕は一つある事に気付く。


 ヤオ・ワンの剣の形が変な事に。


 というのも、ヤオ・ワンの剣は片刃だ。

 剣というよりは刀に近い形状である。

 そのくせ振るう向きが逆だ。

 ヤオ・ワンは峰の方を向けて、剣を振るっている。


 つまり峰打ちという事らしい。


 殺したら捕まるからだろうか。

 いや、おそらくそうじゃない。

 これはヤオ・ワンなりの正々堂々とした戦い方なのだろう。


 僕が木刀なんか用意したせいだ。

 我ながらアホである。


 と、いきなりここでヤオ・ワンが突きを繰り出した。

 今までにない動きで僕は判断に迷い、その突きを受けてしまう。


「うわぁっ」


 当たったのは右腕。上腕二頭筋。


 直撃である。


 だが、その突きで僕にダメージが入る事はなかった。

 勿論それは、僕が上手いこと避けたとか、後ろに下がる事でダメージを減らしたとか、そういう事ではない。

 単純にこれは僕の硬さだ。

 異世界チートの防御力がヤオ・ワンの突きを無効化したのだ。


「…………へぇ」


 ヤオ・ワンは一瞬だけ目を見開き、そして猛禽類的な笑みを浮かべた。


「これなら峰打ちにする必要はなさそうね」


 確かにそうかもしれないが、できれば峰打ちのままにしていてほしい。


 ただ、少し気になるのは、ヤオ・ワンはわざわざ怪我しても致命傷にはならない部位を突いたんじゃないかってところだ。

 刃の向きも、貫かれたからといって僕の腕が千切れる事のない縦側だったし。

 ヤオ・ワンの技術ならそういう事を狙えるだろうとも思う。


 …………要は、手加減されてたって事だ。


 それに気付けば、悔しいという気持ちがふつふつと湧き上がってくる。

 ついさっき、できれば峰打ちのままがいいと思ったけど、前言撤回したい気持ちになっていた。


 突かれてもダメージが入らないと分かったからだろうか。

 ヘタレな僕だから、それも理由にある。

 だけど、男として単純に悔しい気持ちもある。

 負けたくない、と思う。


 ヤオ・ワンがかちりと剣を持ち帰る。

 刃の向きを入れ替える為だ。

 僕はそれを見て、少し怖くなる。

 斬られたらどうしよう。

 異世界チートの力で斬撃を無効化するくらいの防御力があるのは判っているけど、怖いものは怖い。


 それでもヤオ・ワンは構わずにやってくる。

 これからが本番だ。

 人生だって、いつもこれからが本番なのだ。



 ◆



 ヤオ・ワンが剣を振るう。

 脳天からの振り下ろし。

 僕はそれを左に回避する。

 次にヤオ・ワンは下からの切り上げ。

 僕はそれをしゃがみ込みで避ける。

 更にヤオ・ワンはぐるぐると水平の二連撃。

 下段、中段の順番で間髪入れずに放つ。

 僕はそれを、一撃目は高さのない跳躍、踵を尻に当てるようなジャンプで避け、二撃目をボクシングのスウェーのような態勢で回避する。


 ついさっきまでの僕は後ろに逃げる事しかできなかったが、今回は逃げるのではなく、避ける事ができた。

 ヤオ・ワンの剣が遅くなったからではなく、僕がようやく戦う為のギアに切り替えられたからだ。

 それも偏に僕の持っている異世界チートの力。

 これがなければ、たとえギアが切り替えられても、まともな戦いにならなかっただろう。


「おっ、やるじゃない」


 ヤオ・ワンが余裕たっぷりな感じに言った。

 この調子だとまだまだ速度は上がりそうだ。

 案の定、その予感はゼロコンマ一秒後に当たった事を教えてくれた。


 鬼のような猛撃。

 無茶苦茶に剣を振り回しているようにも見えるが、一つ一つの動作がやはり洗練されている。

 なんというか自然だ。

 体重移動から、足の運び、そして何より剣と腕の動き。

 月光にも似た銀の軌跡は瞬く間に次の半円を描き、それらはまるで一つの線を繋げる為の舞踏のようでもあった。


 …………美しい。


 だが、それでも僕は避ける事ができた。


 異世界チートの反射神経のおかげ、というのは簡単だが、おそらくはそれだけではない。

 ヤオ・ワンの剣劇に対する適応力が上がってきている。

 それもヤオ・ワンの剣速を越える勢いで。


 この適応力も異世界チートあっての事だから、結局は異世界チートの力なのだろう。


 だが、その言葉だけでは片付けてほしくないと思う。


 僕の中のCPUがオーバーヒートしそうなくらい恐ろしい密度の応酬があったのだから。


 時折、ヤオ・ワンの剣がこちらの急所へと肉薄する。

 それを僕は回避ではなく、木刀で受け流す。

 ギィンという鋼同士がぶつかるような重い音。

 やはりというか。木刀は魔力で覆っているので、木の強度を超越している。

 おそらくはヤオ・ワンの剣さえも折る事ができるくらいの強度に。


 ────が、折れない。


 試しに振ってみるが、簡単に受け流された。

 もう少し強く振ってみるが、それでも結果は変わらない。


 …………この女、普通に上手い。

 剣を扱う技術が半端ない。

 合気道の達人かよって感じに、力が逃がされてる。


 こんなんどうやって勝てばいいんだよ、マジで。


 僕は悔し紛れに剣を振る。

 左から右への居合い抜き。

 が、当たらない。

 そもそも届いてない。

 ならばと地面を蹴り、足を出す。

 剣ではない攻撃。

 半ば跳び蹴りのような態勢の蹴り飛ばし。

 この攻撃にヤオ・ワンは、


「お」


 と声を上げ、なんでもないように避ける。


「剣以外の攻撃もするのね。いいわ。素人のくせに、枠に縛られないのは素敵だと褒めてあげる」


 素人だからこそ枠に縛られないんだよ、と思いつつ、僕は剣を振る。

 右上から左下への袈裟斬り。

 それをヤオ・ワンは右を向いて難なく躱す。


「でも振りは素人。そんな大きく振りかぶれば、攻撃を見ずとも回避は余裕だっての」


「指導かよんがっ!」


 ヤオ・ワンの蹴りが脇腹に入る。

 痛みはないが、衝撃はある。僕の身体は簡単に吹っ飛ばされ、地面を無様に転がる。

 そこにヤオ・ワンの追撃。

 僕の頭を狙い打った踏みつぶし。

 僕はそれを避けずに、腕を交差してガードする。


 と、同時に、足を掴もうとする。


 ヤオ・ワンは僕の意図を察し、踏みつける前に足を戻した。

 代わりに剣を突き刺そうとする。

 今度は、ガードではなく転がって回避する。

 そしてその反動で起き上がる。

 すると、背中から後頭部にかけて鋭い音が駆け抜ける。


 今、起き上がらなかったら、完全に斬られていただろう。


 ヤオ・ワンは嬉しそうに笑う。

 こちらの背筋がゾッとする悪い笑みだ。


「まだまだぁっ!」


 ヤオ・ワンの連撃。

 僕はそれを反射神経だけに頼って避ける。


 考えずに身体を動かすのは昨日の訓練で少し学んだ。

 元の身体なら無理だっただろうが、この世界に来て手に入れた新しい身体は、思ったよりも自由に動くし。習った事をきちんと吸収してくれる。


「オラァアッ!」


 掛け声に合わせてヤオ・ワンが剣を振るう、と思ったら、振るわない。

 なんだそりゃ、と思うが、これがフェイントだと、続く攻撃で察した。


 フェイントで硬直した僕の身体をヤオ・ワンは空いた右手で思いっきり殴る。

 渾身の右フック。

 僕は咄嗟に脇腹をガードしたら、途端に彼女の右拳は軌道を変え、こちらの顔面に飛び込んできた。


「んごぇっ!」


「やっぱ、殴るなら顔面よね」


 くそっ。今のはヤオ・ワンの性格を考えたら読めた攻撃だった。


 ヤオ・ワンは楽しそうに笑っている。

 その態度にはまだ全然余裕があり、戦闘を楽しんでいるというよりは、こちらをからかって遊んでいるという印象が残る。


 僕は剣を左手に持ち替え、ヤオ・ワンに向かってタックルを行う。

 ヤオ・ワンは僕のタックルを余裕で避けつつ、躱し際に拳を二発、僕の顔面に入れる。


「今、こっちの腕を掴もうとしたでしょ? あまいあまい」


「ぐぬうっ」


 見抜かれていた上に、カウンターまで決められた。


 余裕たっぷりのヤオ・ワンの牙城がどうにも崩せない。

 だが、まだまだ戦いは始まったばかり。

 慌てるな、と自分に言い聞かす。

 ヤオ・ワンがケラケラ笑う。癪に障る笑い方だ。


 僕は腰を落とし、剣を構えると、それを見て、ヤオ・ワンも同じように構えた。


 僕達は同時に地面を蹴った。



 ◆



「────成程。つまりゴンベー君は何も悪くないって事だね」


 やっとで本当の理解を示したヒオカ・ニサンに、コアカ・ファルゴは嘆息する。


「なんだ、それならそうと、早く言っておくれよ、コアカ君」


「……………………」


「ちょいちょいっ! コアカちゃん! 観客席を壊しちゃダメだって!」


 見れば、コアカ・ファルゴは笑顔で壊した観客席を振り上げていた。

 余程頭に来たのだろう。

 クリネ・ヨヨが止めなければ、彼女はヒオカ・ニサンの頭を勝ち割っていたに違いない。


「ってか、ヒオカパイセンも、十回も同じ説明させといて、その態度はあんまりだよ! コアカちゃんに感謝、っていうかその前に謝らないと」


「ああ、それもそうだね。すまない、コアカ君。説明感謝するよ」


「だから先に謝ってって! このおバカ!」


 クリネ・ヨヨの必死なツッコミもヒオカ・ニサンの前には無力だった。


 校舎屋上から頭から落ちてかすり傷で済む耐久力の持ち主には、たとえ暴言であっても無効にするらしい。


 カナ・ニサンは、ポンコツ姉が笑顔でコアカ・ファルゴに頭を勝ち割られる光景を横目に見ながら、試合観戦を続けた。

 ちなみに笑顔なのは両方である。


 試合は一見ヤオ・ワン優勢のようだが、実のところそこまで差はない。

 むしろ能力差を考慮すれば、一気に形勢逆転し、ゴンベーが勝つことだってあり得るだろう。

 実際、彼はヤオ・ワンの攻撃を幾度も受けているにも拘わらず、大してダメージを負った様子が見られない。

 それに彼の動きの速さは明らかにヤオ・ワンを凌駕している。

 まるで違う時間の中を生きているかのようだ。


「ねぇねぇ、カナちゃんはどっちが勝つと思う?」


 まるで行楽であるかのようにクリネ・ヨヨがカナ・ニサンに話し掛けてくる。

 コアカ・ファルゴの制止は諦めたらしい。


 カナ・ニサンは彼女の問いに答えなかった。

 否、この場合、答えられなかったと言った方が正しい。

 彼女の今の心境は微妙だ。

 彼に勝ってほしい気持ちと勝ってほしくないという気持ちの両方がある。

 彼が勝てば、ボディガードを続け、自分以外の四人とも距離が近いままになる。

 だが、彼が負ければ、ボディガードは辞め、他の四人とも距離が離れる事になる。

 自分はたとえボディガードでなくても、彼の傍を離れないでいようという意思があるので、彼と距離が開くとは考えない。


 故に彼には負けてほしいという気持ちがある。

 しかしそれとは別に、素直に彼を応援している自分もいる。


 矛盾だ、とカナ・ニサンは思う。


 だからカナ・ニサンはクリネ・ヨヨの問いには答えられない。


 どっちに勝ってほしいかではなく、どっちが勝つと思うか、という質問である事を理解しつつも、カナ・ニサンは問いに答えられない。


 幸いにもクリネ・ヨヨは空気が読めるので、カナ・ニサンが自分を無視していると捉えずに、


「そっかぁ。迷ってる感じかぁ」


 と、カナ・ニサンの心境を適格に見透かすような言葉を言った。


「ちなみに、わたしは断然ヤオちゃんが勝つと思ってるよ」


 そう言ってクリネ・ヨヨは、試合の方に目を向ける。

 彼女の隣では頭から血を流しつつも平然と笑っている姉ことヒオカ・ニサンが居た。

 彼女は、顔の大半を赤い血で染めながらも、試合についてこう言った。


「ボクもヤオ君が勝つと思うな。できればゴンベー君に勝ってほしいと思ってるんだが」


「あ、そうなんだ。ヒオカパイセンはゴンベー君に勝ってほしいって思ってるんだ」


「そりゃそうさ。ボクは彼の事が好きだからね」


 瞬間、カナ・ニサンの中の何かに亀裂が入った。


「えエッ? ヒオカパイセン、それってマジですか?」


「別に嘘をつく必要はないと思うが…………クリネ君は彼の事が好きじゃないのかい?」


「えっ? そりゃあ……嫌いではないですけど…………あ、もしかして友達としてって意味ですか?」


「そうだけど、他にどういう意味がある…………あぁ、そういう事か」


 二人が互いの意図とすれ違いに気付き、軽く笑い合う。

 カナ・ニサンも密かに安堵の息を吐く。


「あはは、マジでびっくりしたぁ。ゴンベー君、悪い人じゃないけど、絶対童貞だし。そんな人に惹かれるとか、ホントあり得ないって思ったから……」


「それを処女のキミが言うのかい?」


「ッ!」


 図星を突かれ、クリネ・ヨヨが顔を赤らめ、口を尖らせる。


「…………なんで知ってるんですか?」 


「なんとなくかな? あまり性的経験の有無で人を判別するんじゃないよ」


「ぐぬぬ。なんて真っ当な指摘。反論の余地がない……!」クリネ・ヨヨは呻くも、「あ、でもアレじゃない。ヒオカパイセンだって処女なんでしょ?」


「そうだね」


 ヒオカ・ニサンは一切恥じずに、堂々と言う。


 そりゃそうだ、とカナ・ニサンは密かに思う。

 姉は性的知識に欠けている。

 キスで子供ができると信じてるレベルの女だ。

 そんな女が性交渉の一つもある訳がない。

 むしろ童貞や処女の言葉の意味を知っているだけでも驚きだ。


「一応、ギリギリのところまではいった事があるんだけどね。裸で絡み合うまでは」


 瞬間、カナ・ニサンの中で、心臓が掴まれる心地がした。


「うぉっ! いきなりとんでもない事ぶちまかしましたよ、この女! てか、そこまでいって、なんで最後までいかなかったのかが逆に疑問なんだけど!」


「…………貴女達、一応仲間が真剣に戦ってるという時に、なんでそんな下品な話ができるんですか?」


 コアカ・ファルゴが下品な話をする二人に口を挟む。

 ジト目の彼女は侮蔑の視線が良く似合う。


 ただ、彼女の言う事もそうだが、姉が酷い暴露をした瞬間、カナ・ニサンはなにかとてつもなく嫌な予感がした。


 …………相手は一体誰だったのかと。


 追及したい気持ちと絶対に聞きたくない気持ちが混ざり合い、カナ・ニサンは密かに震えていた。


 …………嫌な予感ほど、よく当たるという事を彼女は知っていた。


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