義父の死(後編)
季節が変わるころ、義父もすっかりやつれてきた。ストレスの発生源である参謀さまは、とっくに王都に戻っている。最高の笑顔で送り出してあげたよ。義父は食も細くなり、食べれる物も限られてきた。そろそろ頃合いだろうと、王都の義兄と夫にこちらに来るように伝える手紙を出す。最後はみんなで見送るよ。
予想より早く夫が到着した。義兄は後からやってくるそうだ。大丈夫、まだ時間はあるからね。大事な話があると硬い顔をして告げられる。ところで、なんで参謀さまが付いてきた?そして、なんで目を逸らす?
じょーだんじゃないわよ!なんで、あんなところで暮らさなきゃいけないのよ?そりゃ、この領地を相続するのは義兄だから、義父が亡くなったら生活が変わるのはわかっていたわよ。私には商会があるから、この国の中なら、どこでもなんとかなる。そのために夫の家以外の地位を築き上げてきたんだから。だから、それは問題ない。ただ、あそこだけはないでしょ!いや、環境がいいのは知っている。温泉もある。それは大事なことだ。でも、リスクが高すぎるでしょ!
いや、隣国に最も近い領地、要するに、先の戦争で一時占領された領地の相続で、もめているのは知っていた。領主が戦死した上に、後継者がいなかったんだから、そりゃもめる。国をあげてもめる。もめに、もめる。もう、もめまくる。ただ、なんで夫がそこの新領主に指名されるのさ?おかしいでしょ??と、おしとやかに主張する。いや、あまりおしとやかじゃなかった。ちょっと逆上してしまった。私の人生設計どうしてくれるのさ!
「私と大将さまが、国王に強く推薦した。」あー、参謀さまの陰謀ですか...要するに、まず領主となる夫の後ろにいる私を利用しながら、隣国に対する防衛体制を夫に築かせる。そのあと長男を夫の後継者にして、陰謀長女にサポートさせることで、少なくとも2代は、防衛に最適な人材を配置出来るってことですね...罠にはめられたんだ。まあ、参謀さまですからね、それぐらいの知恵は回りますわね。涙目だよ、私...夫は予想外の爵位が嬉しいんだろうけどね。まったく男は単純なんだから。
まあ、決戦では活躍できなかったけど、そこまで持ちこたえたのは、比較的早く出兵できた近領の中で、最も上位で指揮権を握っていた義父と、それを支えた夫の功績だ。義父の功績を夫が引き継いだ形にすれば、主を失った領地を引き継ぐ理由ぐらいにはなる。で、私、参謀長男、陰謀長女の存在を裏の理由として、王様に大将さまと参謀さま二人がねじ込んだってことだ。他の子達は幼いからまだわからないが、なんか大物になりそうな予感がする、ぐらいは吹いただろう。この理屈っぽいが話好きの参謀さまに、議論で勝てるのはこの国じゃ私ぐらいのものだろうさ。王様が説得されたのは仕方ない。
分かっているわ、抵抗はできないことぐらい。国にとって重要な防衛を根拠であること、大将さまと腹黒参謀さまの強い推薦、そして王様の承認が得られており、さらに、人の良い夫は受諾してしまっているんだから。もう、全てが決まった後だ。人が良い奴も、腹黒い奴もどちらも嫌いだ、バカヤロー!はい、腹黒いことについては、私も人のことは言えません。それは分かっています。ただ、今は少し泣かせてください...
うっかりしてたんだ。思い返せば凱旋歓迎会のとき、誰かから、そんな話を振られたような気がする。参謀さまだったかも...「嫌ですわ、あんな危険なところ」って答えたような...って、どうすればよかったんだろう?そうだね、少なくとも子供達を参謀さまに会わせるべきじゃなかったよ。大失敗だ。すべて、多忙とストレスが悪いんだ!手抜きしようとしたのは悪くない。あー、ひとときの手抜きで、これからの苦労を背負ってしまったよ。
何とか私も落ち着いて、それから夫とともに義父に報告した。義父は涙を流して喜んだよ。夫の手を握って、「よかった...よかった...もう思い残すことはない。本当によかった...」って、何度も繰り返しながら。これも、親孝行だね。そして、参謀さまにも感謝の言葉を繰り返し伝える。そのあと、私の手も取ろうとしたけど、ためらった後引っ込めた。まだ、不機嫌オーラが出てたかな?まあ、あとで「お父様との思い出の詰まったこの城を出ることが悲しくって...」とでも言い訳しておこう。まあ、もう私の本質についてはバレているような気がしないでもないが。実務から離れて寝たきりだったから、自分の人生を振り返って色々考えているようだったし。
2日後の朝食の後、参謀さまは帰られた。長男と仲が良いから、その間二人で放っておいた。知るかよ、腹黒男め。お見送りの時には、まあ、なんとか立ち直ったよ、私。一応、笑顔で送り出せた。いつの間にか、長男の成人前に参謀さまのところで修行するっていう話が決まっていた。もういい、好きにしろ!
参謀さまを見送った後、義父の部屋に行くと、呼吸が苦しい...って訴えてきた。もう、固形食は食べられない。スープをゆっくり飲ませて、命を繋ぐ。いよいよ最後の時が近づいてきた。
こちらの世界には、魔法があるって言ったよね。この設定、100年以上前の話だから、私もすっかり忘れていたよ。危なかった、ホント。魔法って言っても、生命活動において、エネルギーを使って無理にそうしているのを、そのままにしておくっていう程度ね。簡単にいうと、神経活動を抑える。意識を失わせ、眠ったような状態にできる。もちろん、記憶や感情をいじったりなんて複雑なことできないよ。本人にもできないのに、他人に対してできるわけないからね。どう言う原理で?知らないよ、私はなんの特殊能力ももらえなかったからね。こういったごく限られた魔法なんだけど、痛みや苦痛は感じなくなる。そして、かなりの人がそれを必要とするから、魔法師は大事にされている。
そう言うものがあるのなら、なぜ防衛戦で負傷兵に使わなかったのかって?魔法師の数は多くないんだよ。私の領地には1人だけ、あと彼についている見習いが二人。あまりに少ないから覚えるのも簡単だよ。重ねて言うが資源はほぼ一人だ。数名の負傷兵だけでパンクしてしまう。負傷兵が数百人になると、もはやその存在に何の意味もなくなる。だから、使わなかった、というより使えなかった、撹乱要素を増やすだけだからね。
お金はいる。魔法師だって生きていかなきゃいけないんだから。向き不向きあるし、長く厳しい修行が必要だから、限られた人だけしか魔法は使えない。だから、彼らに大金を払えるごく一部のものだけが、魔法の恩恵をうけられる。そして、同じ時に複数の希望者がいる場合、謝礼を多く払う人が優先される。貧乏人は治療を受けれないのは問題じゃないのかって?いや、そんなこと問題にするやつ、こちらにはいないよ。常識だよ!
というわけで、義父のために抑えておいた魔法師を城内に招く。まだ、大丈夫だけど、いつ急変するかわからないから、世話役を一人彼につけた上で。これで最後は苦しまずに逝かせてあげることができる。
そちらでもやってるでしょ?モルヒネなんかのオピオイドって薬使って。意識を刈り取って、痛みや苦痛を感じさせないようにすることは。ただ、日本ではオピオイドの疼痛に対する適応が、手術と癌性疼痛だけなのはいただけないね。人生の最後の時期には広く使用できるようにすればいいんだよ。
そして「命を救う」っていうのは嘘だよ。命は救えない、延命させれるだけ。5才の子の延命に成功すれば、70年間程度の延命が期待できるし、現在存在しない、次世代が生まれる可能性があるから、大事だよ。でも、80才の延命でどれだけの延命期間が期待できるの?前編でも触れたけど、効率が悪すぎる。資源は限られているのだから、全ての状態に対して、早めに緩和ケアに移行すればいいと思うよ。
そして、3日後に義父の呼吸が止まった。安らかな顔で。苦しみが長引くようになってからは、魔法で意識を失わせていた。というか義父から言い出した「もう、いいから...」って。だから、みんなが納得の上で、それが最後になることが確定した会話はすでに交わし終えていた。義母は死の直後には号泣したが、覚悟はしていたわけだから、すぐに落ち着いた。今は食堂でお茶を飲みながら思い出に浸っているはずだ。そっとしておく。義兄も夫も泣いた。うん、儀姉も私も涙は流した。女にとってはそれぐらい何でもない。多分儀姉も私のことをそう見ている。子供達は部屋に引き揚げさせた。義父の寝室には兄夫婦と私たちのみ。「終わったな、いや、これから始まるか...大変だぞ、お前らも」と義兄。無言で深くうなづく私たち。そして義兄が数名の責任者を集め、葬儀の指示をだす。
お葬式では、私がやることは何もない。ただ、夫に付き従うだけ。3日ほど領民も喪に服すことになる。その間静かな街が訪れる。私たち夫婦が主体的にやらなければいけないことは一切ない。言われるままに行動するだけだ。今回は、たまたま次男である夫の爵位と領地受領が決まっているからまだ安全なんだ、私たちの命は。しかし普通こう言った状況で、下手に動くと相続争いの疑いがかけられる。だから相続者から言われた通りに動くのはこの世界では常識だ。もちろん最大限の保身を気にしながら。お葬式も戦争なんだよ。
だから義父が夫が領地拝受したことに大喜びしたんだ。自分の死後に発生する可能性を否定できない、兄弟戦争の危機が去ったのだから。私も子供に、人がいるところでは何もしゃべるなと厳命した。私も一言も喋らない、頷く、悲しみをたたえて微笑む、涙を一筋流す。それだけだ。なに、簡単なことだよ。
ただひたすら、これからのことだけを考え、二人で話し合う。もちろん隠れてではない。密談を疑われるとややこしいことになるからね。ただ、事情はみんなももう知っているから邪魔ははいらない。
まず、新領の視察、そして城の建築が必要なんだ。前の城は破壊されつくされていて、金目のものも残っていない。築城のためのお金は国からもぎ取った。当たり前だ、国家防衛の最前線なんだから、しっかりしたものを作らなきゃいけない。間違いなく、この城よりかなり大きなものになる。近領の兵士も含めての籠城戦も想定しなきゃいけないからね。逆に言うと普段は余裕たっぷりの贅沢な作りになる。設計士は国が用意する。この辺りまでは手紙で参謀さまと話をつけていて、すでに王様の承認を得たという連絡がきている。
場所はどこにしようか...「防衛に有利で温泉に近い場所だよね?」と私。「温泉か...」と困った顔の夫。「うん、城から馬で1時間以内ね」と決めつける。まあ、その条件で候補地はいくつか見つけている。現場視察は必要だけど。夫もわかっているが、まあ、夫婦の会話だ、そこに深い意味はない。二人でゆっくりとそんな話を続けながら過ごした。本当に久しぶりだ、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは。




