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義父の死(前編)

 夕暮れ前に隣領に到着。領主の奥様に挨拶し、負傷兵の治療指揮に当たなきゃ。すでに、奥様に話は通していて、我が家のメイドたちや看護資材はすでにここに移動させている。流石に、前線までは非戦闘員を出せないからね。比較的安全と考えたここに待機させていた。


 血を浴びて、煤けた私をみた奥様は、思わず心底呆れた表情を浮かべたよ...うー恥ずかしい、淑女たるものが。淑女?いいんだよ、本人の自己申告なんだから。戦場では普通だけど、流石に貴族のお屋敷では浮いてしまう。というかメイドは泣きながら逃げ出した...なぜだ?というわけで着替えを勧められたけど、丁寧にお断りして負傷兵の元へ急ぐ。うん、ここでは恥ずかしくない。


 軽傷者は資材は提供するが自分または仲間同士で治療、1割程度の重傷者は見捨てた...仕方なかったんだ。まだ、意識があったものには詫びた、そして私を恨んで構わないと、涙ながらに告げ神の元への旅立ちを祈った。朝まで戦友の死を見てきたものたちだ、恨み言などなかったよ。なぜだか、私が近づくと軽傷者すら怯えるようになっけど...「死神」って違うわ。3日ほどで、助かるものは助かり、死を迎えるものは死んでいった。高度な治療ができるわけじゃない、だいたいそのぐらいで決まってくる。


 この領の負傷兵、動かせない負傷兵、そして必要と見込まれる資材を残し、我が城へ帰還。私となぜだかついてきた者たちとね。メイドと負傷兵が戻ってくるのは遅くなる、ゆっくりとしか移動できないから、私はそれに付き合うわけには行かない。うーん、従順な犬みたいで可愛いんだけど、この元負傷兵たちどうしよう?当面はいい、山ほど仕事はあるからね。


 さて、どうやって凱旋軍を迎えよう?1万人以上だよ!東京ドームがあるわけじゃない。この世界では困難にもほどがある。我が城ではとてもじゃないが収容できない。というかこの街では、野営するにしても1万人の兵士が寝る場所すら確保できない。経済規模が小さな隣領では絶対に無理な話だ。地図を前にしばらく悩んで別荘を使うことに決めた。急速に発展した領地だから、現在の経済規模の割に城は貧相だ。改築のは大事業になってしまうので無理。その代わり、3年前に新造した別荘は、現在の経済規模にふさわしく、広く豪勢なものになっている。


 そして、ここから徒歩でも3, 4時間程度だ、戦場からこの街を抜け、王都へ帰還するにあたって、ちょっと寄り道するぐらいの感じですむ。そして、温泉も競技場もある。兵士は競技場で野営させればなんとか収容できるはず。源泉は豊富だったので、周辺には数軒の庶民用の宿、無料で解放している温泉、足湯もある。全員の入浴はさすがに無理だが、お湯で体を洗うことぐらいはなんとかなる可能性が高い。いや、どうなるかは私にもわからない。成功するなんて言えない、失敗する可能性が最も低いという選択だ。すまないが、それが精一杯だよ、ノウハウなんて誰も持っていない。


 上位者は別荘で歓迎すればいい、ただし詰め込むことになるけど。凱旋軍はこの街を通っていくことになるから、メインストリートには歓迎の人たちを動員できる。まあ、この国を守ってくれたんだから、その程度のことは街の人たちも進んでやってくれるはずだ。我が家の体面と威光を保つにはこれしかない。いや全く自信はないんだが。ということで、隣領と夫に方針を伝える早馬を出す。そして、了承は取れていないが準備は進める。ともかく時間と人手が足りないんだ。街の人たちや商会も使えるだけ使うことにするよ。金はいい、もうヤケクソだ、つぎ込んでやる!全て領地の人々に還元されるのだから、問題はない。あとでバレないように絶対回収してやると自分に言い聞かせる。



 ああ、終わった...ともかく死ぬほど忙しかったよ。日本式の歓迎には程遠いものだったけど、温かいお湯だけでも兵士からは感謝された。隣領の領主からも感謝された気がする...いや、作業ごとにリーダー決めて任せていたんだけど、来るわ来るわ、相談や調整の依頼が。それらに忙殺されている間にも、次から次へとお偉方がやってきては話しかけられる。もう、誰がだれだかよくわからなくなった。ただし、あいつだけは覚えている。参謀の野郎だ。いや参謀さまがまとわりついてきたんだ。「あの時、こうすれば...」とか「こういう条件だったら...」って。「うっさい、後で王都でゆっくりお話ししましょう。」ついに切れてしまった。ということで私がどうしていたかは、いちいち覚えていない。夫や義父との会話もあやふやだ。そんな余裕はなかった。そつなくこなしたつもりだが、いまひとつ自信がない。


 そして戦争は、勝利に終わった。とは、いっても敵国を打ちのめしたわけではない。こちらの勝利条件は、領土防衛だったのだからそれに成功したということでの勝利だよ。商会から、敵国に1()0()0()()()()()()が現れて王に諫言したとか、子供を叱るときに「そんなことやっていると、夜に赤い魔女がやってきてお尻に火をつけられるよ。」っていうのがはやっているとか、ありえない噂を聞いたけど、きっと気のせいだよ。そしてこの国は、隣国から賠償金をがっぽり毟ったようだ。我が家にいくら分配されたかは、私は知らない。いいんだよ、商会ががっぽり儲けたからね。多くの資材を喪失した元敵国にも、結構売り込んだし。その配当だけで十分だったんだ。


 勇敢なワンちゃん達にはそれなりの仕事を世話した。まだ戦士としての能力が十分残っているものは兵士の欠員が発生していたし当家に、戦士の能力を失ったものは人手不足に陥ってしまった商会に。ただ、あの士官を始め12名ほどが私の手元に残ることを選択した。説得しきれなかったんだ...そして、説得することに疲れてしまった。なぜか、夫まで向こうに味方したんだよ。いい人ってほんと迷惑だよ!まあ、夫が簡単に強い庇護欲を持ってしまうことは、身を以て知っている。ええ、それを利用して結婚したのだから。で、今回は傷痍軍人に庇護欲を持ってしまったってことだ。眠たいのに、寝室でまで耳元でくどくど説得されては折れるしかなかった。完全に私の自業自得だ...まあ、給料を払うことぐらいは問題ないし、私個人の仕事にも人手はあったほうがいい。もちろん、みんな前の上司との間でけじめをつけさせた上でね。


 ただ、義父が寝込んだ。この世界での男はだいたい55歳程度で死ぬ。もちろん80歳ぐらいまで生きるものもいることはいるけど。その年齢にあたる義父が、長期間前線で兵を指揮したんだ。心労と過労で一気に老け込んだんだ。最後は、領地で迎えることを彼は選択した。私は、ここで義父に最後の恩返しをする、夫は王都で兄を補佐する。さすがに賑やかな王都好きの、義母と義姉も領地に戻って父を看取る。そうすることになった。私にとってやりにくいが仕方ない。不満はあるが、納得はしている。不満はあるけど。大事なことだからもう一度言うよ、不満はある。子供達と穏やかな領地で一緒に過ごせることが、せめてもの慰めだよ。


 不満がある...ていうのは、義母も義姉もこの世界で健康によいとされる - 私に言わせると怪しい代物、そして必ず不味かったり苦痛を与えたりする - をやたら、義父に摂らせたがるのだよ。どう考えても、義父の体調を悪化させているものもある。だけど、それがわからないんだよ、あの人たちには。いずれにしても、だんだん弱っていってるから、それがさらに悪い方向に傾いたとしても、義父が「少し元気が出たようだ」といっただけで喜んで、満足してしまう。そしてますます張り切る。それが愛想とも気づかないで。そして私は、それに口を挟めない。微笑みながら皆に合わせて「お父様、よかった」としか言えないんだ。まあ、そちらは少量だから、主食は私が食べたい物を聞いて調理しているよ。一品物、しかも煮込んで柔らかくした料理を、忙しい厨房に作らせるわけにはいかないからね。ただ、美味しい料理を食べて欲しいだけだ。


 そもそも、もし本当に()()()()()()()が、この世界にあったとしても、もう義父には意味がないんだよ。


 ちょっと、単純化してみよう。一年間に1,000人中2人が亡くなるっていうのをベースとしよう、これは日本では20才台の男性、40才台女性にあたる(集団1)。これに死亡率が2倍になり、それが持続する危険因子が加わると、過剰死が2人発生して、一年間に1,000人中4人が亡くなる。で、この過剰死を30%低下させる治療があったとする。すると、治療をしなかった場合と、した場合(+)の差は3年後で2名程度になる。効果は大きくないけど、まだ大事な人たちだ、治療する価値があればやるべきだろう。

挿絵(By みてみん)

 一方、死のリスクが10倍(50才半ばの男性と60才半ばの女性に相当)では3年後に17名の差、ただ、何れにしても100名ぐらいの人が死んでしまう。30倍(60才後半の男性と70才後半の女性に相当)では3年後に43名ぐらいの差がつくけど、治療しようがしまいが300名ぐらいの人は死んでしまう。さらに100倍(80才前半の男性と80才後半の女性)になると、効果は1年程度であとは変わらなくなる。200倍(90才前半の男女)になると、長期的にはほとんど意味を失う。


 要するに、死のリスクが高い人に対する治療の効果は、たとえそれが有効な物であっても非常に限定的になるっていうことだ。だから、もしこの世界に義父に良い治療が存在したとしても、この状況では私はそれを利用する気はない。この世界の50才半ばの男性って、日本の70才半ばの男性と同じだと考えればいい。そして、衰弱してしまっているんだ。臨床検査なんてできないけど、おそらく高血圧、肝障害、心不全、腎障害を合併しているように見える。だから食べれる限り、好きな料理を美味しく調理して食べさせてあげる。そして、食事が摂れなくなった日から数日後が義父の寿命になる。


 主として義母、儀姉によるストレスまみれの生活だが、たまったストレスは発散しているよ。義父に昼食を食べさせながら、夕食に何が食べたいか聞く。そして夕食を仕込んだ後、子供達と馬で別荘へ。誰が早いか競争したりしながら。せわしない中の往復2時間弱、温泉2時間のせめてもの息抜きだよ。いや、城にいると、あの参謀さまがうるさいんだよ。一旦は王都に戻ったんだけど、私が王都に帰ってこないことにしびれを切らして、城に居座ってしまったんだよ。この城は今の私にはマジで地獄です...


 私が隙を見せると、すかさず参謀さまから、もし隣国が攻めてきたら、どこでどういう風に守るか、また、攻勢にでるならどうするかについて根ほり葉ほり考えを聞かれる。あまりにしつこいので、子供達を交えながら相手をしたんだ。そしたら、長男に結構センスがあったんだよ。まあ、教育はそこいらの貴族の子とはレベル違いに施していたんだが、飲み込みが早く発想が柔軟なんだ。


 そして、義父が体調を崩す前に、子供達にはまだ生々しい傷跡が残る戦場や一時期占領された町がどうなったかを見学させていたからね。現場で地形を確認させた上で、地図に駒を落とし込んで、敵味方の動きを再現し、いろいろ解説してあげた。残酷な内容だが、せっかくの機会だ、子供たちも将来関わらざるを得なくなる可能性もあるからね。もちろん、娘達にも。占領下で女子供がどういう扱いを受けたかは知るべきだ。ひどい話だけど、皆しっかり受け入れてくれた。娘たちは、一通り薙刀と弓ぐらいは使えた。そのあとはさらに熱心に稽古するようになったよ。私が使った「女であることを利用して敵をたじろがせる」戦術はもう使えないことも。相手が知っていればたじろぐことはないからね。そういった1回しか使えないような心理戦も含めて学ばせ議論させた。そして、森や草原での新月の夜、満月の夜も野営して体験させた。私の護衛兵も交えて、彼らの実戦での話を聞きながら。おい、話を盛るな!特に、私について。もう敗残兵はいないだろうけど、野生生物はいるからね。護衛は必要だ、とはいえ余計な話はするな。


 子供達の中で、参謀向きなのは長男が図抜けていたんだ。ただ、人の心の機微はまだよくわかってないから、甘いところもあるのだけれど。ただし、彼は剣技には不向きだ。そちらは三男の方が向いている。長女は兵の差配については、「まあ」とか「それは可哀想ですわ」とかなんか当たり障りのないことを言っていたけど、私が参謀さまに敵味方の大衆に対する扇動について話を振ると、豹変したよ。裏の工作活動案が次から次へと提案される。彼女は陰謀向きだね。負けてなるものか、つい私もさらに黒い戦略で長女に対抗してしまった。まったく大人気ない...参謀さまは、長男を一番気に入ったようだし相性もいい、長女には完全に引いていた...私も長女相手以外は手抜きが出来るので都合がよかったのだが...それが思いもよらぬ未来を引き寄せるとは、この時には予想だにしてなかったよ。ほんと、呆れるぐらいバカだった。

あと2話(後編とエピローグ)で完結です。したがって、来週7月5日0時のアップロードが最終話になります。

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