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防衛戦

 戦局は膠着している。いや、悪い話じゃないよ。味方が寡兵であるのに対して、圧倒的に数で勝る敵だからね。ただ、相手が大人数を押し出せず、こちらにとって圧倒的に有利な地形である、第一防衛線をうまく保っている。現時点では、どちらからも大きな戦いが仕掛けられないから、兵力差が問題になっていないってだけだ。そして、前線からの早馬での知らせで、戦局図は更新している。近隣諸国や王都からの増援もこの領地を経由して前線に向かうことになるから、その度に責任者には状況を説明しなきゃいけないからね。というわけで、数日後の前線の戦力がどうなるかも推定可能だ。


 彼らを迎えるための炊き出しも大変なんけど、街の子供や老人がよく働いてくれている。お金はちゃんと払わせているよ、いらないと言われることが多いみたいだけど。領地を敵に蹂躙されるようなことになったら、お金なんて何の意味もないからね。領民から無償で物を徴収したり、働かせたりして、貧困や不満を生んでも将来の禍根にしかならないから。そのための税金だよ。それもちゃんと説明させている。念のためだ、しばらく増税が必要になるかもしれないからね。領民教育の好機はいかさなきゃ。


 最初の敗残負傷兵の受け入れ時には、ちょっと混乱があったが、それは仕方ない。うちのメイドたちも、戦場での負傷者への対処は未経験だったのだから。さすがに、最初は真っ青になり怖気付くさ。でもまあ合格点だったよ。きちんと皆んなを褒めてあげた。その後は、大きな戦いは回避できているから、ポツポツと負傷兵が運び込まれる程度で、問題は発生していない。まあ、身分の差で待遇を分けないことに対するクレームは最初にはあった。「身分によって働きに差があるのだから、常時に待遇の差があるのは当然です。しかし、今は貴方も負傷兵となり、戦闘に参加できないというのは皆と同じです。不満があるなら、とっとと治して戦闘で力の差を見せつけれるようになりなさい。」って傲然と言い放ったら大人しくなったよ。そのあとは不満は少なくとも私のところには届いていない。どうやら、彼が説得役を買って出てくれたようだ。


 増援も増え、もうそろそろ均衡点が突破でき、攻勢に出れるんじゃないかな...と考えている頃、この戦いの大将一行がやってきた。今までで最大の大部隊を率いて。というか、敵味方の総合戦力を把握しているのが私ってどういうことよ?戦況を説明し、敵の両側に夜襲をかける頃合いだと提案し、受け入れられた。膠着しているから、敵兵の士気も落ちている頃合いなんだよ。心理的にも防衛側の方が有利だからね。だから、いままでひたすら引き延ばしを図っていたの。その後、参謀を中心として一緒に想定される状況をいくつかシミレーション。


 第一防衛線後方の、開けた土地の両側に伏兵を配備。一旦、第一防衛線を持ちこたえられないふりをして撤退。進軍してきた敵に三方から夜襲をかける。まあ、古典的な戦法だよ。ただ、膠着が長引いた後だ、敵が理性的な判断を下せる可能性は低いと踏んだんだ。そもそも、もう攻勢に出ないと敵側の士気が持たないはずだ。私も出撃するよ。これは冒険じゃない、私の資産を守るための行動だ。そして、200名程度の回復兵が手元にあるからね。彼らからの要請でもあるんだ。特に私が煽った士官が、よほど悔しかったのか、私に自分の力を見せつけてやるって、やる気が半端ない。左手首から先を失っているのに。


 とはいえ、流石にまともにやり合う気は無い。伏兵のさらに前方に展開し、輜重隊を襲うつもりだよ。お気に入りの真っ赤な武具を身にまとって。斬り合いはしないというか、できない。私の武器は回復兵の戦闘能力とアルコールと火矢だよ。なんか、アルコールばっかりだな...私。


 計画通り、侵攻してきた敵戦闘部隊をやり過ごすと、輜重隊が想定の場所で駐屯した。暗闇が訪れる。そう今夜は新月。篝火かがりびを目標にそっと近づき、頃合いをみて「者共、かかれー!」で吶喊。うん、真っ先に駆け出したはずだけど、あっという間に抜かれたよ。味方の男どもの闘争本能を、思いっきり掻き立てたわけだから仕方ない。声も女の武器だよ?それを使って、開戦早々に前線から離脱せざるを得なくなり、じくじくとした思いを持ってた男たちに火をつけただけだ。女に先に進ませるわけにはいかないって。


 私が荷馬車にたどり着いた時には、そのあたりには抵抗する敵兵はすでにいなかった。アルコールを撒いて放火。単純作業を続けながら、敵輜重隊を横断し反対側に出る。その頃には、荷馬車から放たれる炎であたりは照らされていた。そして、私を照らす。暗闇を背にし、真っ赤な武具をまとった長髪の女を。「お、女兵士か?」ひるむ敵、一方味方の男どもは私に傷をつけるなと、私を守るように必死で戦う。私は火矢をあるだけ放つ。さらに燃え広がる荷馬車。もう、こうなれば一方的だよ。私が煽った士官は優秀だった。片手で剣を振り回しながらも、周りの状況をよく把握し、適切な指示を飛ばしている。近づいた時、「流石ですわ」と一言かけると、さらに奮起して大活躍だったよ。士は己を知るもののために死す...ってやつだね。


 敵は守るべき荷馬車を失い、戦う理由を喪失したわけだから、そりゃ荷馬車ほっぽり出して逃げ出すわよ。馬もパニックになって、まったく制御ができない状況だし。そもそも輜重隊は強兵じゃない、武装民間人っていった感じの敵の一番弱いところだからね。私?火矢を放ち終えたあとは、抵抗がなくなった輜重隊に突っ込んで、ひたすら放火した。ちょっと楽しくなってきたんだ。そして、満足したよ。やっぱり、闇夜の炎は美しい!で、救国の英雄ほうかまの一丁上がり...まあ、相手が戦闘部隊じゃないから脇役だけどね。敵の負傷兵の中には、よろよろ起き上がって私に刃を向けるものもいた。「勝敗は決しましたわよ。痛いでしょうから横になって救助を待ちなさい。」と優しく語りかけ、私の護衛兵に手を出さないように告げると、みんな従ったよ。まあ、敗戦の戦場、しかも敵領内で放り出されるわけだから、今戦って死ぬか、夜明け前までに出血で死ぬか程度の差しかないのだけど。頃合いをみて撤退、といっても待ち伏せしてた場所の後方の窪地に、隠れこんだだけだけど。そして、荷馬車ごと奪った食料や鍋で炊き出しの準備を進める。


 主力の方も3面攻撃作戦が成功したようで、続々と敗残兵が通り過ぎてゆく。いちいち相手はしない。もう勝敗は決しているからね。そして、退路が絶たれて死に物狂いになった、敵主力を相手に戦いを行えるほどの兵士じゃない、私の手元にあるのは。敵も炊き出しの煙を確認したとしても、撤退で精一杯だから、戦力不明なこちらに手出しする余裕はない。というわけで、暗黙のうちにお互いの利害が一致し、ここは安全だ。


 夜が明ける頃には、味方の掃討隊がやってきた。私の部隊の仕事はここまでだよ。炊き出しを彼らに提供して、私とともに戦った兵を労い、それぞれの部隊に合流するよう告げる。まあ、離れたがらない者共に無理強いはしないけど。


 しばらくすると夫もやってきた。騎乗し横に並ぶ、軽く笑みを浮かべて。一瞬笑い返したものの、私に付き従う見知らぬ男どもに視線を向けてギョッとした顔になる。うん、結構付いてきたんだよ、私に。「負傷兵ですわ。彼らに守っていただいて、ちょっと闇夜に燃え盛る炎を楽しんでましたの。勇敢な方達ですわよ。」と簡単に説明すると、周りを見渡して「おまえ、これをやったのか...」ってがっくり肩を落とした。まあ、仕方ない。夫達は前線から後退し、伏兵による挟撃をきっかけに反転して攻撃に加わったわけだから、決戦に出遅れた形になったのは当然だ。討伐隊としても後方に位置している。うん、反転後はほとんど役に立っていない。お父さまもがっくりするのはやめてください。


 「いえ、今回の勝利の鍵は、わずかな兵で防衛線を維持したこと、そして、見せかけの撤退を導いた、お父さまとあなたのご活躍のおかげですわ。」うん、ちょっと元気になったようだ。


 「おお、妻君殿!貴女の作戦どおり完勝いたしましたぞ。御貢献には感謝の言葉もござらぬ。こちらの輜重隊襲撃作戦も予定通り成功ですな。いや、見事なものだ!」ちょっと、大将さま何を余計なことを...あー、夫もお父様も涙目になったじゃないですか。わたしも涙目だよ。


 いいヒトってほんと迷惑なんだよね。作戦を決定したのも、動かしたのもあんたなんだから、あんたの手柄にしていればいいんだよ!もし、失敗したとしても私は責任を取らないつもりだったんだから。


 夫と義父は掃討戦のためにさらに進む。私は一度別れて負傷兵を回収しながら、領地へ戻る。とはいえ、私の戦いが終わったわけじゃない。凱旋兵を領地に迎えるための準備をしなければいけないからね。あー、パーティやんなきゃダメだよな。面倒臭いんだよ、色々と。仕事はやればやるほど増えてくるんだ。


 とはいえ、私にとっては楽しい仕事だよ。料理は得意だからね。うちの領地の食事のレベルは王都を上回るよ。開発中のものも含めて売り込むチャンスだ。しかも軍の上部層に。観光にも適したところだよ。うん、元日本人として、温泉、味噌、醤油がなければ生きていけないからね。ちゃんと開発済みだ。


 主戦場に戻る。奇襲とはいえ、お互い1万を超える兵隊が戦争したんだ。やはり、負傷兵は手がつけられないほど多数出ていた。敵負傷兵?なるだけ苦しむ時間が短くて済むようにしてあげたよ。まあ、直接私が手を下したわけじゃないけど、それぐらいの優しさはあるよ。いや、敵地にとり残された負傷兵だよ、軽傷者なんていないからね、合理的かつ人道的な処置だよ。攻めてきたのが悪い!


 うん、味方分だけでも正直手に負えない。ともかく、ここじゃどうしようもないから、縛る程度で止血できるものは近くの兵に止血させる、程度の応急手当のみで後方へ輸送しよう。まあ、助からないものは、その途中で死ぬ。助かるものは、時間が多少かかっても助かるってだけだ。着く頃にはある程度対処可能な人数になっているはずだ。もちろん、一目で持たないと分かる負傷兵にも「もう大丈夫ですわ。横になっておやすみなさい。」と安心させる。負傷兵が死んだとしても、その時には私に「嘘つき」とは文句言えないからね。


 夫や義父が含まれていたらどうするかって?まあ、同じように対処するよ?というか、私が提案した作戦は、夫と義父の安全を最優先したものだよ?絶対口にはできないけど...これだけ有利な条件で死んだりするのであれば、その時が彼らの寿命だったってだけの話だ。私には、彼らの死を受け入れなければならない日が必ず来るからね。それが早いか、遅いかってだけの違いしかない。それは必然なんだよ。だから、私にとっては悩むようなことじゃない。それを避けるためには、私がその時が来る前に、彼らの前から消えるという選択肢しかない。ただ、私はそれを選択する気は全くない。彼らに死が訪れるその時まで、彼らの人生を見守ってやること、そしてそれを記憶することが、私にとっての彼らに対する愛情だよ。

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